生成AIにクリエイター危機感 一方で「クリーンなら使いたい」の声も 共存への道は?
マグミクス / 2024年4月16日 18時10分
■クリエイターの懸念をいかに解消するのか
爆発的な速度で進化する生成AIは、アニメ業界にも大きな影響を与えることが予想されます。クリエイター側からは、著作権の問題や仕事を奪われるのではという懸念がある一方で、国内のAI開発業者は手をこまねいていては、海外のビッグテックに全て乗っ取られ、「日本のアニメ産業が一夜で崩壊してもおかしくない」という危機感を抱いています。
また、AIにはアニメ業界の人材不足を解消できるとの期待もあり、どうすれば懸念を払しょくしたうえでAIを良い方向に活用できるのかを考える必要があります。
マグミクスでは、「アニメと生成AI」というテーマで、倫理的なAIの開発を目指すアニメチェーン合同会社と、クリエイターの権利を守る活動を行うNAFCA(一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟)に取材。
前編では、「(権利的に)クリーンなAIでないと実践で使えない」という現場の声や、「過去研究した成果を現場で引き継げない」アニメ業界の構造問題があることに加えて、クリエイターの中にも新たなツールとしてのAIに期待する声もあることを伝えました。
今回の後編では、アニメチェーンが現在のAI開発とクリエイター側の懸念をいかに解消できるのかを探ります。
■生成AIの著作権的な問題
AI開発・学習、生成までのフロー図。図版引用:文化庁 著作権課「令和5年度 著作権セミナー AIと著作権」,p.27より
生成AIの著作権問題は、やや複雑に入り組んでいます。まず、AIによって既存のキャラクターを出力するようなものは単純に著作権侵害となります。大前提として、他者の作った既存のキャラクターを勝手に用いれば、手描きであっても著作権侵害であり、AIが利用されているかどうかという問題ではありません。
画像や動画を生成するAIを作るには、大きく分けて3つの工程があります。
1.基盤AIを作るための「学習」段階
2.特定の絵柄などを出力できるようにする「ファインチューニング」段階
3.実際に画像や動画を出力する「生成」段階
現在、最も大きな議論となっているのは、「1.学習」と「2.ファインチューニング」段階での学習素材の取扱いです。現在は著作権的に、学習のためだけならば権利者の許諾なく利用してよいとされており、法的には著作権的侵害ではありません。
しかし、生成AIの進化は恐ろしく早いこともあり、これを放置すれば、いずれはクリエイターの権利を侵害するのではという懸念がくすぶっており、改正の必要を訴える人もいます。
実際にNAFCAは、文化庁「AIと著作権に関する考え方について(素案)」にパブリックコメントを提出、AI開発のために学習の自由を認めることは重要としつつ、無秩序に既存の作品が学習されることに対しての懸念を伝えています。
(参照:パブリックコメント「『AIと著作権に関する考え方について(素案)』に関する意見」 | NAFCA 一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟 https://nafca.jp/public-comment04/)
■アニメチェーンはクリーンで倫理的なAI開発を目指す
アニメチェーンのメンバーでAIHUB株式会社CTO・新井モノ氏
これに対して、アニメチェーンはどう応えるのかというと、前編でも触れたとおり、著作権に抵触しなければOKという考え方ではなく、学習データも許諾を得て提供してもらってAIを開発するという道を目指しています。
つまり、法律にだけ配慮するのではなく、クリエイターの心理的な面にも配慮して「倫理的な」AIを作ろうとしているということです。
アニメチェーンのメンバーでAIHUB株式会社CTO・新井モノ氏は、「中国やアメリカのビッグテックは配慮なしにどんどん学習していますが、我々は心情的な面も充分に配慮します」と語ります。
前編でもお伝えした通り、クリエイター側にも「(権利などが)クリーンなら使いたい」という声がありますし、AIという新たな技術を全て否定しているわけではありません。許諾されたものだけを学習したAIなら、充分にクリーンといえるでしょう。
その許諾を得るために、アニメチェーンは1社ずつアニメ会社を訪問して、倫理的なAI作りについて説明を行っているそうです。
そして、その学習データを提供してくれた権利者の方たちには、ブロックチェーン技術を利用して、利益に還元するといいます。具体的には学習データをブロックチェーンでどの素材が学習に使われたのかを全て履歴化し、売上のマージンからデータ提供者に還元するというプランです。
Turingum株式会社顧問で、アニメチェーンのメンバーでもある三瀬修平氏は、「ブロックチェーンと聞くとNFTのようなものを想像されると思いますが、アニメチェーンはそういうものとは違います。どのデータがどのように学習に使われたのかを記録・保存することができ、最終的なアウトプットにどの程度貢献したかを自動的に計算するシステムを使って、売上の数パーセントをデータ提供者に効率的に還元するモデルを作りたいと思います」と話します。
Turingum株式会社顧問でアニメチェーンのメンバー・三瀬修平氏
実際、アニメスタジオはこうしたアニメチェーンの説明を聞いてどう思っているのでしょうか。
「ビッグテックの影響か、許諾をもらいに行くと最初は拒否反応を示される場合もありますが、きちんと説明させていただければ、みなさん、おおむねいい取り組みだと言ってくださいます」(三瀬氏)
現在は、色々な会社を回ってパートナーとなってくれる会社を増やしている段階で、大手を含むいくつかのアニメ会社からも感触のいい反応があるとのことです。
■いちいち許諾を取っていて、ビッグテックに勝てるのか?
しかし、ここで大きな疑問が生じます。資金力のあるビッグテックは許諾なしにどんどん学習データを集めて、急スピードで開発を進めているのに、ひとつひとつ会社から許諾を得るような方法で、本当にビッグテックに対抗可能なのでしょうか。
新井氏は「許諾を得たデータのみで充分に質の高いものは作れるので対抗できる」と明言します。
「AIは元々オープンソースとアカデミックな論文で発展しています。我々もオープンソースの技術を用いて開発するつもりで、日々それは発展しています。かつては50億ほどの学習データが必要と言われていましたが、今なら2500万から3000万くらいで質の高い基盤AIが作れるようになっています。なので、アニメ作品300本ほどの許諾があれば、それぐらいの枚数が集まるはずです」(新井氏)
■AIはアニメ中間素材のアーカイブに貢献できる?
NAFCA理事、アニメ演出家のヤマトナオミチ氏
しかも、アニメチェーンはネットにアップされている完成品だけではなく、原画などの中間データも学習に組み込みたいのだそうです。そうすることで、アニメの制作工程をより深く理解した基盤AIが作れるようになる可能性が高まるというのです。
それはビッグテックが持っていないデータを学習に用いるということであり、ひとつのアドバンテージになりそうです。
NAFCA理事でアニメ演出家のヤマトナオミチ氏は、ひとつの提案として、AIをアニメの中間素材のアーカイブに活用してほしいと語ります。
日々制作されるアニメにおいて、完成映像を作るために、原画や絵コンテなど、膨大な中間成果物が生まれていますが、それらは基本的には日の目を見ることなく、破棄されることもあります。
「昨年も有名なアニメーターの方が亡くなり、そうした方たちの原画などが収集しきれないという状態になっていて、保管にもコストがかかります。AIを使ってそうした方たちの仕事を保存することができれば、活用してほしいという思いがあります」(ヤマト氏)
そうした中間成果物を保存し残していきたいアニメ業界の課題に対して、アニメチェーンのシステムは貢献できる可能性はあるのでしょうか。
これに対して、アニメチェーン側は「アニメチェーン協議会を通してアニメ業界の標準ワークフロー、アセットの確立や管理とAIによる高度化は検討しており、アーカイブされていく予定です」という回答で、中間素材のアーカイブ化についても一定の貢献はできそうです。
それに、アニメチェーンの還元システムならば、これまでは保管するだけでコストが発生していた中間素材からお金を産む仕組みを作れる可能性もあります。これはアニメ制作者にとってはメリットになり得るかもしれません。
■AIを使って個性ある表現はできるのか?
しかし、まだ懸念は残ります。例えば、日々SNSなどに挙げられているAI画像には個性がない、似たような画像ばかりと言われることがあります。それについては、生成AI制作過程の「ファインチューニング」の段階で、アニメ会社ごとに個性をつけることで解決可能だとのことです。
新井氏は「各アニメ会社が追加で学習させることで、基盤のモデルが同じものでも個性あるツールとして運用可能」と語ります。
さらに、各スタジオが個別のツールとして使えるものにするためには、追加学習用の絵を描くことも必要なので、新たな雇用が生まれることも考えられると新井氏はいいます。また、一般的に生成AIというと、「呪文」と呼ばれるようなテキストプロンプトを打って、動画や画像を作ることを想像しますが、テキストで狙い通りの絵を出すことはそもそも困難なので、AIツールに対して絵を描いて指示するような運用が好ましく、絵を描く人の価値はなくならないと考えているそうです。
ヤマト氏も「人をAIで置き換えるのではなく、人が使う新しい道具として使えるAI、クリエイターをサポートするAIになるのであれば、有効に使えるのではないか」と話しており、アニメチェーンとNAFCAが考える「AI」は、基本的には同じ方向を向いていると言ってよいでしょう。
■まだ今なら「団結」すれば間に合う
左から三瀬修平氏、新井モノ氏
三瀬氏は「今から団結すれば、まだビッグテックに対抗可能」といい、その重要性を力説します。
「我々はより民主的かつオープンなアプローチで行きたい。今後、ビッグテックもすごくいいツールを出してくるかもしれませんが、その利用マージンを法外なものにさせないためには、対抗馬を作ることが重要だと考えています」(三瀬氏)
新井氏も「僕らもアニメファンなので、日本のアニメやマンガがこれからも存続・発展していくために、建設的な意見を出していきたい。そういう姿勢も含めてオープンにやっていきたいし、信頼してもらえるように頑張ります」と語ります。
現状ではクリエイター側にもAIに対する反発は少なくありません。まだ見ぬ未知のツールに対して、不安を覚えるのは人として当然ですが、両者の取材を通じて、共通の想いと課題を抱えていることは確認でき、上手く話し合うことができれば、国内のAI開発者とクリエイターが協力しえある道もあるのではないかとも感じました。
アニメ業界の課題を解消し、健全な発展を促すためにこそAIを活用すべき……そのためには、業界がスピード感をもって「オープンで丁寧な意見交換の機会」を設け、議論を進めていく必要があるのではないでしょうか。
(杉本穂高)
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