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「原作者が激怒」はなぜ? ジブリ『ゲド戦記』は何が問題だったのか

マグミクス / 2024年6月15日 8時10分

「原作者が激怒」はなぜ? ジブリ『ゲド戦記』は何が問題だったのか

■宮崎駿監督がアニメ化を熱望した名作ファンタジー

 先日配信したマグミクスの「『すべて違ってる』『悔しかった』 何が起きた?「原作者が激怒」したアニメ」という記事で、「原作者が苦言を呈したアニメ」について取り上げたところ、記事に多くのコメントが寄せられました。そのなかでも多かったのが、2006年にスタジオジブリが制作した、宮崎吾朗監督のアニメ映画『ゲド戦記』に関する反応です。

「原作者激怒、記憶に鮮明なのは『ゲド戦記』」
「『宮崎駿が監督すると聞いていた』と怒られたそう」
「『ゲド戦記』は原作者が激怒するのも理解できた…」

 などの声が上がっていました。はたして、実際はどんなことが起こっていたのでしょうか?

 アーシュラ・K・ル=グウィン氏による小説『ゲド戦記』は、ファンタジー作品の古典として『指輪物語』や『オズの魔法使い』などと並び称される作品です。魔法や竜が存在する異世界を舞台に、若き魔法使い「ゲド」の成長が描かれます。刊行に30年以上の月日を費やした、全6巻の長編です。

 宮崎駿監督も『ゲド戦記』の愛読者でした。『風の谷のナウシカ』を映画化する以前、版元を通じて映画化を打診しましたが、このときは断られてしまいます。その後、宮崎監督はスタジオジブリを設立し、『となりのトトロ』『もののけ姫』などを続けて発表。『千と千尋の神隠し』ではベルリン国際映画祭で金熊賞、アカデミー賞長編アニメ賞を受賞し、世界的な巨匠として評価を受けるようになりました。

 そして2003年の秋、ル=グウィン氏側から「ジブリでアニメ化してもらいたい」と、提案がありました。宮崎監督の長年の宿願であったためジブリ内は沸き立ちますが、ちょうど『ハウルの動く城』制作の真っ最中で身動きが取れず、宮崎監督自身も監督を断っています。

 企画は難航し、監督候補とされていたアニメーターも降板してしまいましたが、『ゲド戦記』は2006年に公開することが決定していました。後がなくなった鈴木敏夫プロデューサーは宮崎駿監督の息子、宮崎吾朗さんを監督に推挙します。こうして、宮崎吾朗監督が誕生したのです。

 しかし、ル=グウィン氏が望んでいたのは宮崎駿監督による映画化だったので、すぐには了承されませんでした。そこで宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサーがアメリカに渡り、ル=グウィン氏と面会します。長時間にわたる交渉は難航しましたが、最終的にル=グウィン氏は「あなたの息子、吾朗さんにすべてを預けます」と言い、宮崎駿監督は感激の涙を流したそうです。

 ここから宮崎吾朗監督による作業が急ピッチで進んでいきます。原作になかった「父殺し」というアイデアを盛り込んだのは、鈴木プロデューサーです。「父さえいなければ、生きられると思った。」というキャッチコピーとともに、06年7月に公開された映画は興収76.9億円を記録して、この年の邦画1位になりました。

■原作者が発表した怒りのメッセージ

『影との戦い ゲド戦記』文庫版1巻(岩波書店)

 2006年8月アメリカでル=グウィン氏のために試写会が開かれます。宮崎吾朗監督と対面して感想を求められたル=グウィン氏は、「It is not my book. It is your film. It is a good film. (これは私の本ではない。あなたの映画であり、良い映画です)」と答えたそうです(「ゲド戦記監督日誌」2006年8月7日)。

 そして同月、ル=グウィン氏は日本のファンからの質問に答える形で、公式ホームページに映画『ゲド戦記』についての感想を記しました。

「本の著者に『どうしてあの映画は……』と質問してもむだです。著者も『どうして?』と思っているのですから」というまえがきから始まる文章は、かなり辛辣なものです。

 まず、これまでの経過について、ル=グウィン氏は、交渉時には宮崎駿監督が責任を持つと言っていたのに実際には制作にまったくタッチしていないこと、「引退するつもり」だから息子にこの作品を作らせたいと述べていたのに結局引退しないで次回作を制作していたことに、怒りと失望を露わにしています。

 作品自体については「全体としては、美しい映画です」と認めながら、『トトロ』のような細密な正確さも『千と千尋』のような豊かなディテールもないとして、登場人物たちによる暴力も原作の精神に大きく背くものだと指摘しています。

 さらにストーリーの統一性と一貫性のなさ、作品の掲げるメッセージに疑問を呈し、全体的な説教臭さ、「父殺し」の意味不明さ、さらには悪役「クモ」を倒して終わることによって物語が解決してしまう単純さを批判していました。

 ル=グウィン氏は、原作と映画は異なるものだと承知しつつも、「同じ題名を冠した、40年にわたって刊行の続いている本を原作にしたと称するからには、その登場人物や物語全体に対して、ある程度の忠実さを期待するのは当然ではないでしょうか」「本だけでなく、読者をも軽視するこのやり方は、疑問に思います」と記しています。

 その後、ル=グウィン氏は2018年に逝去しました。鈴木敏夫プロデューサーの著書『天才の思考 宮崎駿と高畑勲』(文春新書/2019年)や責任編集した『スタジオジブリ物語』(集英社新書/2023年)にも『ゲド戦記』の項がありますが、交渉については詳述されているものの、ル=グウィン氏による反応については触れられていません。

(大山くまお)

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