【ネタバレ】ほぼ原作通りの映画『ルックバック』が独自に描いた「その先」とは
マグミクス / 2024年6月30日 20時25分
■アシスタントへのリスペクトもあった
※この記事では原作マンガおよび映画『ルックバック』のネタバレに触れております。ご注意の上お読みください。
2024年6月28日より公開中の劇場アニメ『ルックバック』(原作:藤本タツキ)は、原作そのままの絵が躍動感たっぷりに動くアニメのクオリティ、ふたりの主人公の声を務めた河合優実さんと吉田美月喜さんの表現力のほか、「エンドロール」の演出にも絶賛が集まってます。
エンドロールが強制的にスキップされない、他の観客と一緒に「同じ場所を見続ける」環境が用意された、「映画館」で見てほしい理由もそこにあるのです。
●タイトルの意味を「一日中」描いた
雑誌「SWITCH」7月号のインタビューでは、原作者の藤本先生が『ルックバック』のタイトルには「背中を見る」「過去を振り返る」の他に「背景を見てほしい」という意味があったことを踏まえつつ、監督を務めた押山清高さんへの尊敬と信頼、そして「描いている背中だけをずっと見せることで単調さを表したかった」ことを語っています。
マンガを描くことは、確かに「ずっと机に向かって淡々と描く」地味な作業でしょう。原作マンガでも、作業中の主人公「藤野」を後ろから見たコマがいくつもありました。そして、実際に、このエンドロールでは、主人公の藤野の背中を映してばかりで、彼女はほとんど動いていません。
しかし、その外の風景は「朝から夜」へと時間が移り変わりました。原作のラストでは藤野の作業場の窓から見える景色は、まだ昼間のように見えます。主題歌「Light song」が重なり、藤野が「一日中」ひたすらに机に向かい続ける光景は、とても美しく感じました。原作ではラスト1ページ、一枚絵で示された「マンガを描き続けることを決意した藤野」を、時間の流れのある映像作品で描いたことに、まず意義があるといえるでしょう。
また、藤本先生は前述のインタビューで、「『チェンソーマン』や『ファイアパンチ』でアシスタントに入ってくれた人たちが描いた背景が本当に上手かったから、皆へのリスペクトも込めたい」思いも語っていました。その美しい背景をアニメで描き起こしたことはもちろん、時間の移り変わりをもって表現したのは、そのリスペクトという言葉でも足りない、愛情とさえ感じられます。
また、作中で美大に進学する前のもうひとりの主人公「京本」は、藤野のマンガの背景を描いていたアシスタントの立場でもありました。前述した通り、エンドロールの時間が移り変わる背景は、藤本先生からのアシスタントへのリスペクトが込められていると同時に、劇中の藤野から京本への(または京本から藤野への)愛情も示していると思うのです。
■クレジットの順番にも要注目
映画『ルックバック』場面カット (C)藤本タツキ/集英社 (C)2024「ルックバック」製作委員会
●より強固にした、言葉で語らない「答え」
ここで改めて書いておくと、映画『ルックバック』は原作からの改変はなく、もうひとりの主人公「京本」の身に起きる悲劇や、それに対する「If」の世界の描写もしっかり再現されています。
そういったシーンを経たクライマックスで、藤野は「だいたい漫画ってさあ…私、描くのはまったく好きじゃないんだよね」「楽しくないし、メンドくさいだけだし、超地味だし」「一日中ず~っと絵描いてても全然完成しないんだよ?」と原作通りのセリフを、京本に話していました。それはラストの、まさに地味な作業を続けている藤野の背中と一致しているのです。
その藤本の言葉に対する、京本の「じゃあ藤野ちゃんはなんで描いてるの?」という質問の答えは、言葉では語られていません。しかし、個人的にはこれからの藤本は「京本のため」にも、その「鎮魂」の意味も込めて、作品を描き続けるのだと、受け取りました。「一日中」の時間でそのラストを演出したエンドロールは、(観る人によって異なるでしょうが)その答えをより「強固」にしたともいえるでしょう。
また、こちらも「SWITCH」7月号のインタビューで、押山監督は「藤野はずっと机に向かって絵を描いている。ともするとアニメ映えしない画面になってしまう」懸念があった一方、「僕自身も絵描きなので、絵描きの話にはすごく共感する部分もあった」ことや「長編ではない上映尺(実際の上映時間は58分)で話を進めていたので、自分たちが得意とする少人数でアニメを作る手法にハマる思惑があった」ことも語っています。
脚本のほかに、キャラクターデザイン、絵コンテと作画監督と多くの部分をひとりで担当した押山監督は、劇場版パンフレットで「漫画にできるだけ寄り添った作品」にするため、アニメーターの原画をクリンナップせずにそのまま使用し、あえて均一な線、絵柄にしないことを心掛けていたことも語っていました。
押山監督をはじめとするスタッフの工夫、膨大な作業があった上で、原作の物語を1時間に満たない上映時間で濃密に描いたことも、本作の大きな意義でしょう。「原作通り、アニメ映えしないはずの地味な背中をずっと映しているはずなのに、アニメで描いた意義を感じられる」という、価値観が逆転したような特徴と感動があることも、またとてつもないことだと思うのです。
押山監督は、「アヌシー国際アニメーション映画祭 2024」のインターナショナルプレミアで、『ルックバック』について「あらゆるクリエイターへの賛歌になればと思いを込めて制作しました」とコメントしています。
そして、本作のエンドロールでの、(通常のアニメ作品ではボイスキャストが先に表示されるところを)原作者の藤本タツキ先生、押山清高さん、原画、動画、仕上げ、美術監督など、スタッフの名前が先に出る「クレジットの順番」にも、漫画家やアニメーターらクリエイターへの敬意が込められていたといえます。ぜひ劇場で最後まで席を立たずに見ていただきたいです。
(ヒナタカ)
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