あの名曲に原曲があった! ニール・セダカが『Zガンダム』に曲を提供した理由とは?
マグミクス / 2024年6月29日 6時25分
■80年代アニメソングの大きな潮流とは?
2018年にNHKが実施した一般投票企画「全ガンダム大投票40th」の「ガンダムソングの部」で第1位に輝いたのは、『機動戦士Zガンダム』(1985年)のオープニング曲だった森口博子さんによる「水の星へ愛をこめて」でした。同じく『Zガンダム』オープニング曲である、鮎川麻弥さんが歌唱した「Z・刻をこえて」は第9位、ランク外でしたが鮎川麻弥さんによるエンディング曲の「星空のBelieve」も高い人気を誇っています。
これら3つの曲には、ある共通点があります。それはニール・セダカ氏が作曲した曲ということです。「Z・刻を超えて」と「星空のBelieve」には、それぞれ原曲もあります。
ニール・セダカ氏は、1950年代末から1960年代にかけて大流行したした、アメリカのシンガーソングライターです。「カレンダー・ガール」「悲しき16才」「恋の片道切符」などの曲は日本でも大ヒットを記録したので、現在60歳以上の人なら必ず一度は耳にしたことがあるでしょう。
そのようなニール・セダカ氏が、80年代の日本のアニメに曲を提供することになったのには理由がありました。『Zガンダム』の富野由悠季監督がニール・セダカ氏のファンだったのは間違いないでしょう。しかし、それだけではこのようなコラボレーションは実現しません。そこにはアニメソングをめぐる大きな潮流が関係していました。
富野監督は、アニメの主題歌を担当するのが童謡や唱歌を手がけていた「学芸部」であることに、かねてから不満を抱いていました。もっとポップスのような曲をアニメの主題歌にしたいという思いをずっと持っていたのです。
そうしたなか、1981年から1982年にかけ公開された劇場版『機動戦士ガンダム』3部作が大ヒットとなり、元ブルー・コメッツでポップスのヒット曲を数多く手がけた井上大輔さんの作曲によるテーマソング「哀 戦士」と「めぐりあい」もヒットします。こうして、富野監督の思惑が実現する機運が高まっていきました。
この頃から各レコード会社は、「アニメとポピュラー音楽の組み合わせ」がヒットを生むことに気づくようになり、ポップスの世界で活躍する作詞家、作曲家にアニメソングを発注するようになります。富野監督の『戦闘メカ ザブングル』(1982年)ではポップス界で活躍していた作曲家の馬飼野康二さん、『重戦機エルガイム』(1984年)では中森明菜さんやチェッカーズを手がける売れっ子作詞家の売野雅勇さんと、日本を代表するポップスの作曲家である筒美京平さんが主題歌を担当しました。
そして『機動戦士Zガンダム』の制作に入った富野監督は、主題歌の作曲家に「インターナショナルな人」を要望し、自身もファンだったニール・セダカ氏に白羽の矢が立ちます。筒美京平さんという超大物をさらに超える作曲家といえば、もはや世界に目を向けるしかなかったのでしょう。バブル期に入っていたため、予算も潤沢だったと推測されます。
さっそく富野監督は渡米してニール・セダカ氏への交渉を行いました。その頃、多忙だったニール・セダカ氏は、過去に発表した曲を『Zガンダム』に提供します。1972年の「Better Days Are Coming」と1976年の「Bad and Beautiful」です。前者が「Z・刻を超えて」、後者が「星空のBelieve」の原曲にあたります。
■なぜニール・セダカはこの曲を選んだのか?
「水の星へ愛をこめて」ほか「哀戦士」「BEYOND THE TIME」等を収めるカバーアルバム。「GUNDAM SONG COVERS」森口博子(キングレコード) (C)創通・サンライズ
「Better Days Are Coming」は、ビートルズなどの登場によって低迷したニール・セダカ氏がイギリスに拠点を移して発表したアルバムの中の1曲で、後にロックバンド10ccを結成するメンバーが演奏を務めています。このアルバムは高い評価を得て、彼の復活への足がかりとなりました。パーカッションが印象的なノリのいい曲で、熱さを帯びた「Z・刻を超えて」によく合っています。
「Bad and Beautiful」は、1970年代半ばにアメリカで大復活を遂げた第二の全盛期に発表された曲で、とても繊細で美しいメロディーとサウンドが印象的な曲です。グッとアップテンポにアレンジされ「星空のBelieve」となりました。
どちらの曲もシングル曲でもカップリング曲でもなく、カバーされることが多かったニール・セダカ氏の曲でありながら誰にもカバーされていませんでした。つまりニール・セダカ氏は、自信があって、なおかつあまり知られていない曲を選んで提供したことがわかります。世界で愛されたシンガーソングライターは、日本からやってきたアニメ監督にも真摯に向き合っていたのです。
その後、富野監督はキングレコードのディレクターだった大場龍夫さんとともに再び渡米し、ニール・セダカ氏と『Zガンダム』のビデオを見ながら2時間半に及ぶミーティングを行います。今度は未発表のストックから曲が提供され、売野雅勇さんが歌詞をつけて後期オープニング曲の「水の星へ愛をこめて」が誕生しました。大場さんは自らスカウトした森口博子さんにこの曲を託し、今も愛される名曲となりました。なお、森口さんがオーディションなどで愛唱していた「ボーイ・ハント」は、ニール・セダカ氏の代表曲です。
ポップス界の超大物が海を超えて日本のアニメに楽曲を提供したのは、ポップスの作詞家、作曲家に曲を発注するようになった80年代のアニメソングをめぐる大きな潮流が深く関係していました。そして富野監督の熱意と、それに応えたニール・セダカ氏の人柄と抜群のポップセンスがアニメソングの名曲を生んだのです。
(大山くまお)
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