『ガンダム』アムロの名前「嶺」の姓が広く知られる最大の理由 実はガンプラにあり?
マグミクス / 2024年7月1日 6時25分
![『ガンダム』アムロの名前「嶺」の姓が広く知られる最大の理由 実はガンプラにあり?](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_240734_0-small.jpg)
■ガンプラの説明文に謎の表記が……?
『機動戦士ガンダム』の主人公である「アムロ・レイ」は、山陰出身の日系人なのではないか、という説がありました。この説については、マグミクスの記事「これが真相か『アムロは鳥取出身』説 元サンライズの中の人に聞いてわかったこと」にて、『ガンダム』制作当時にサンライズ(現 バンダイナムコフィルムワークス)に在籍していた風間洋(河原よしえ)さんが「そのような設定はないはず」と否定しています。
アムロが「山陰出身の日系人」説の、根拠のひとつになっていたのが「アムロ・嶺」という姓名表記です。しかしながら2024年現在、公式では使われていません。なぜ、このような表記が広まったのでしょうか。
「アムロ・嶺」という表記がもっとも多くの人の目に触れたのは、大流行した「ガンプラ」でしょう。『ガンダム』放送終了後の1980年7月に発売された最初のガンプラ「1/144 ガンダム」のパッケージ側面に記載されたアムロの説明は、次のようなものでした。
「正式名称はRX-78モビルスーツで愛称がガンダム。これを操縦するのが電子工学に強い少年アムロ・嶺である……」
『ガンダム』の放送で「アムロ・レイ」という表記に慣れていたファンは、この表記に戸惑いました(「ガンダム」って愛称だっけ? という戸惑いもありましたが)。やがて爆発的なガンプラブームが起こり、「1/144 ガンダム」のキットも改良されていきます。同時に説明文もリニューアルされ、1981年2月に生産された分から「アムロ・嶺」の表記が削除されたことが確認されています。
さかのぼると、『ガンダム』放送当時に発売された関連書籍やムックなどにも「アムロ・嶺」と記されているケースがありました。
「アムロ・嶺」という表記は、富野喜幸(現・由悠季)監督が1979年1月に作成した「機動戦士ガンダム 設定書」に登場します。この設定書は『機動戦士ガンダム記録全集』などで閲覧することが可能です。1979年4月放送開始ということもあり、「15才男、主人公です」「女性コンプレックスを持ち、孤独癖があり、コンピューター・マニア」など、ほとんど完成形に近いものになっています。逆にいえば、放送直前まで「アムロ・嶺」という表記が残っていたことになります。
さらにさかのぼると、脚本家の星山博之さんが1978年夏頃にまとめた企画書「フリーダムファイター ガンボーイ」の主人公は、「本郷東」という日本人の少年になっていました。当時は「ロボットアニメの主人公は日本人」というのが鉄則だったからです。
ここから富野監督がさらに手を加えます。1978年11月にまとめられた「機動鋼人ガンボイ」企画書には、主人公の名前が「アムロ・峰(れい)」と表記されています。「峰」は「嶺」と同じく「みね」と読み、意味合いも同じですが、「峰」は常用漢字です。「アムロ・峰」については、日本人と白人の両親を持ち、「正義感が強く、繊細な感性の持ち主」と記されていました。この企画書は『機動戦士ガンダム』Blu-rayメモリアルボックスの封入特典になっています。
なお、放送当時のスポンサーである玩具会社のクローバーが『ガンダム』放映直前に配布していた玩具店向けの宣材では、「アムロ峰を中心に26人の少年達によって展開されるスペクタクル超大作!!」と説明されていました。これは「ガンボイ」の企画書を元に作成されたものだと推測されます。
■「安室 嶺」という「当て字」が生まれた理由
当時ロボットアニメの主人公は日本人であるのが当然という風潮だった。「機動戦士ガンダム アムロ・レイぴあ」(ぴあ)
1979年4月、『ガンダム』の放送が始まり、「アムロ・レイ」という表記が一般化していきます。ホワイトベースの乗組員たちの国籍についての設定はなくなり、アムロの「日本人と白人の両親を持つ」という設定もなくなりました。
アニメーションディレクターの安彦良和さんは、アムロが今までにないキャラクターだった特徴として、「外国人」と「ネクラ」だったことを挙げています。しかし、先にも述べたとおり、当時のロボットアニメの主人公は日本人であることが絶対条件でした。そこでスポンサーに突っ込まれてもいいように「安室 嶺」という当て字を考えていたと振り返っています(一迅社「Febri」2022年12月19日付)
アムロをはじめとする『ガンダム』の登場人物に、国籍などの設定がなかったのは最初に述べたとおりです。「ガンボイ」の企画書にアムロが日本人と白人の両親を持つ旨が書かれていたのは、企画の過渡期だったからかもしれませんし、スポンサー向けの言い訳だったのかもしれません。
一方、チーフ脚本家の星山博之さんは、「レイってのは零式艦上戦闘機の零なんだよ」と説明していました。「カイ・シデン」が戦闘機の「紫電改」から採られたのであれば、こちらの説明もうなずけます(『ガンダム者:ガンダムを創った男たち』著:Web現代「ガンダム者」取材班/講談社)。ただし、こちらは元々の語呂合わせの説明にすぎず、「アムロ・零」という表記が存在したわけではありません。
では、富野監督はどう考えていたのでしょうか。放送中に発売された『アニメージュ』1979年12月号には、富野監督がファンからの質問に応える「ファンからのここが聞きたい ガンダム67の質問」という企画が掲載されています。その中に「アムロ・レイ、アムロ・嶺、どちらですか!?」という質問がありました。富野監督は次のように答えています。
「本当は漢字の嶺です。でも、表音上はカタカナでやっています」
整理すると、メインスタッフの間では「アムロは外国人」という共通認識があり、表記も「アムロ・レイ」で統一されていましたが、富野監督は「ごろ合せで1か月かかって考えました」(「ガンダム67の質問」より)という「アムロ・嶺」の表記に愛着を持っていたのではないでしょうか。また、富野監督のこの発言が、1979年12月に『ガンダム』のプラモデル商品化権を獲得したバンダイの、「1/144 ガンダム」のパッケージの説明に影響を与えたとも考えられます。
『ガンダム』という作品は、富野監督の個性と考えが強く反映されていますが、同時にさまざまなスタッフとの集団作業で作られています。さまざまなスタッフの考えがせめぎ合い、「アムロ・嶺」という表記が「アムロ・レイ」に収斂していったのでしょう。現在は公式に「アムロ・レイ」という表記に一本化されています。
(大山くまお)
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