『AKIRA』単行本の追加エピソードに「どういう意味?」 浮かぶ“マンガの神様”の影
マグミクス / 2024年9月16日 21時55分
■「大友克洋全集」で『AKIRA』の刊行開始!
去る2024年8月30日、ついに「大友克洋全集」でマンガ『AKIRA』の刊行が始まりました。『AKIRA』といえば1982年に連載を開始し、読者はもちろん漫画家さんにも強烈な衝撃を与えて数多くのフォロワーを生み出した、日本マンガ史においての金字塔とも言える作品です。
単行本も、1984年の第1巻発売以降、全6巻すべてがいまだに現行商品として販売されていますが、今回の大友克洋全集版はできうる限り連載当時と同じ形で収録するそうです。『AKIRA』が、単行本化の際に加筆や修正、削除や入れ替えなど相当に手を加えているのは有名ですが、そのなかで一番大きな変更は連載完結から3年後、単行本の最終6巻で最終回に追加された30ページ以上にわたるエピローグでしょう。
ともすれば結末の印象が真逆になりかねない内容のエピローグなのですが、巻末の謝辞で掲載誌の「週刊ヤングマガジン」編集部と講談社の面々、スタッフ、読者と並んで挙げられたある漫画家さんの名から、いろいろと推察できることがあります。
その漫画家は「手塚治虫」。『AKIRA』が、横山光輝さんの『鉄人28号』をモチーフのひとつにしているのは有名ですが、ここでなぜ? 今回は手塚治虫をキーワードに、『AKIRA』のエピローグに込められた意図を考えたいと思います。
※本稿はマンガ『AKIRA』のネタバレを含みます。予めご了承下さい。
まずはご存じの方も多いでしょうが、マンガ『AKIRA』のあらすじを説明します。物語は、1982年に関東地方で「新型爆弾」が炸裂する場面から始まります。第三次世界大戦を経て、ようやく世界が復興を始めた2019年、新首都「ネオ東京」でバイクに興じる職業訓練校の生徒「金田」を中心とするチームは、旧市街の高速道路を暴走中に不思議な能力を持つ少年「タカシ」と遭遇します。
タカシの能力で負傷し、軍によって連れ去られた仲間「島鉄雄」の行方を探すうちに、金田は能力を持つ子供たち「ナンバーズ」と先の大戦の引き金となった謎の存在「アキラ」をめぐる、「ケイ」たち反政府ゲリラと政府の争いに巻き込まれていきます。
一方、軍の研究所でナンバーズ同様の「力」を得た鉄雄は、金田への対抗心も加わり冷凍封印されていた少年アキラを解放。ネオ東京で、軍と反政府ゲリラとアキラを崇める教団によるアキラ争奪戦が繰り広げられるなか、タカシの死をきっかけにアキラはかつて東京を壊滅させた「力」を再び覚醒させて、ネオ東京を崩壊させてしまいました。
そして廃墟と化して無政府状態となったネオ東京で、鉄雄はアキラを「大覚」と崇める「大東京帝国」を立ち上げ、退廃的で非道な行為に溺れていきます。そんな鉄雄を止めるため、金田とケイたちは彼らの拠点であるオリンピックスタジアムへと乗り込み、最後の対決を迎えるのです。
大東京帝国民とケイたち、そしてアキラ抹殺のために潜入していたアメリカ海兵隊の乱戦の果て、鉄雄と対峙した金田は、「力」が暴走して人としての形を失った彼のなかに取り込まれてしまいます。
鉄雄の「力」の被害が地球規模にまで及びそうになった時、アキラとナンバーズの子供たちは「力」で創造した新たな宇宙へと鉄雄を連れていきました。ケイの「力」を借りて寸前で鉄雄のなかから帰ってきた金田は、彼女とともに鉄雄もアキラもいなくなった廃墟のネオ東京に昇る朝日を見つめるのでした。
……と、連載時の『AKIRA』は、ここで終了します。
『AKIRA』の世界観は、終戦後から連載当時までの東京を土台にしていると言われています。連載開始時の1982年に終戦の1945年からの年月(=37年)を足した2019年を舞台にしているのは偶然ではないでしょう。
ネオ東京は、戦災で焼け野原になりながらも強かに復興し、高度成長期や学生運動の騒乱、バブル経済を経た東京の戦後史を凝縮した姿です。古いものを取り壊し、その上に新たなものを作り上げていく、日々更新されていく街並み。破壊と再生を繰り返しながら発展してきた東京が秘めたバイタリティとカオス。『AKIRA』の世界には、それらがあふれています。終盤の鉄雄のメタモルフォーゼも、周囲へ膨張しながら発展していく東京のメタファーのようにも感じます。
そして、この連載版の結末は、三度目の新生のための破壊が終わり、まっさらになったネオ東京での金田たちの再出発を予感させるものでした。
そして3年後に刊行された最終巻6巻「PART6金田」では、その後の金田たちの姿が描かれたのです。
■追加された「エピローグ」とは?
大友全集版『AKIRA』第1集(講談社)
単行本で追加されたエピローグでは、鉄雄とアキラの覚醒によって、再び被災したネオ東京に国連の監査団が訪れます。そこに武装した金田やケイたちが現れ、「大東京帝国AKIRA」の幕を背後に「俺たちの国から出ていけ」と叫びます。そして「アキラはまだ俺たちの中に生きているぞ!」と言い残して、バイクで去っていくのです。
さらにその金田とケイのバイクの横に、鉄雄や死んだはずの仲間まで現れ、崩壊したビルの向こうに超高層ビルがそびえたつ幻想が広がり、『AKIRA』の物語は終わりを迎えます。
単行本で初めて読んだ時は困惑しました。「金田たちは大東京帝国と戦っていたのでは?」「最後の巨大なビル街は……?」、そして何より「アキラはまだ生きているぞ?」とは、どういう意味なのか。
この最終巻発売から、わずか2か月後の1993年5月、NHK-FMの『日曜喫茶室』に出演した大友克洋さんは、興味深いことを語っています。子供の頃は『鉄腕アトム』など多くの手塚治虫作品を読み、影響を受けた。しかし自身がマンガを描き始めた70年代は、古い文化を一掃して新しいものを作ろうというニューウェーブの風潮が強く、自分も『鉄腕アトム』のようなマンガから離れて、マンガより写実的で現実に即した劇画を描き始めたと。
ところが80年代に入り、手塚治虫さんのようによりイマジネーションに満ちた世界を描きたいと思うようになり、『Fire Ball』『童夢』といったSFマンガを手掛けます(ちなみに『Fire Ball』にはATOMという人工知能が登場します)。そして、その先にあったのが『AKIRA』でした。
2年後のNHKで放送した『手塚治虫の遺産 アトムとAKIRA~大友克洋が語る手塚治虫~』では、巻末の謝辞で手塚治虫さんの名を挙げたことについて、大友克洋さんは「大それた動機はない」とことわった上で「漫画家」であれば「SPECIAL THANKSと言ったら手塚先生も入るんじゃないか」と思って書いたと、その心情を明かしています。
これらを踏まえた上で『AKIRA』のエピローグを読むと、金田が「大東京帝国AKIRA」の旗を掲げる姿は、70年代のニューウェーブのようにただ昔の文化を否定するのではなく、次の段階に進むために先人が残してくれた礎(いしずえ)に立つ、という宣言にも思えます。
さらに『日曜喫茶室』で大友克洋さんは、『AKIRA』の原動力となったイマジネーションについて、劇画のような殺伐としたものではなく「手塚さんが未来の街を描いたように」世界を作りたかったと説明しています。その後で「まあ、僕が描くと廃墟になっちゃうんですけれど」と続きますが、鉄雄ともういない仲間に先導されるように走った金田とケイの目前に現れる巨大ビル群は、手塚治虫さんが初期SFでよく描いていた摩天楼にも重なります。
『AKIRA』という大作を完結させて、創作の意欲をどのように維持すればいいのかを考えていた大友克洋さんは、手塚治虫さんの初期SF三部作と言われている『来たるべき世界』『メトロポリス』『ロストワールド』を読み、「このなかに全部あるんじゃないか」とショックを受けたと、『手塚治虫の遺産』で語っています。
おそらく手塚治虫さんは、初期SF三部作を描いている時、今までにない新しいものを作っている楽しみを感じていたのではないか、そしてその楽しみが、手塚治虫さんが一生マンガを描き続ける原動力になったのではないかと。
『来たるべき世界』『メトロポリス』『ロストワールド』のSF三部作での興奮を原動力として『鉄腕アトム』など多くの作品を手塚治虫さんが描き、それらに興奮した大友克洋さんが『Fire Ball』『童夢』『AKIRA』を描き、さらにそれに興奮した多くの漫画家が、それぞれの作品を生み出していきます。
最後の「アキラはまだ生きているぞ」とは、こういったことなのでしょう。
大友克洋さん自身、2001年に高層ビル「ジグラット」を舞台とした手塚治虫原作の長編アニメ映画『メトロポリス』の脚本を手掛けますが、『AKIRA』のラストの超高層ビルの幻影は、こうした想像力の継承を先取りしたものだったのかもしれません。
(倉田雅弘)
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