開館が待ち遠しい! 復元「トキワ荘」 マンガの聖地には青春の「光と影」があった
マグミクス / 2020年3月30日 19時10分
■同じアパートから有名漫画家が次々と輩出したワケ
お金はないけど、夢があった。そして、仲間たちがいた。藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら人気漫画家たちが新人時代を過ごした木造アパート「トキワ荘」は、漫画の聖地として知られています。東京都豊島区にあった「トキワ荘」は1981年に取り壊されていますが、2020年春に「トキワ荘マンガミュージアム」内の施設として復元されます。すでに外観は完成しており、豊島区が開館日を発表するのを待っている状態です。
多くの人が不思議に思うのは、なぜ同じアパートから次々と有名漫画家たちが輩出されたのかということではないでしょうか?
その謎を解くキーパーソンとなるのが、寺田ヒロオさんです。『背番号0』『スポーツマン金太郎』などのスポーツマンガで人気を得た寺田さんは、「トキワ荘」に集まった若手漫画家たちの「兄貴分」的存在でした。1953年、当時すでに売れっ子漫画家だった手塚治虫さんが入居していた「トキワ荘」に、寺田さんは引っ越します。ここから「トキワ荘」伝説が始まります。
寺田さんはマンガ少年たちの愛読誌「漫画少年」の読者投稿欄の撰者を務めていたことから、全国各地のアマチュア漫画家たちとのつながりがありました。寺田さんから才能を認められた若者が上京して、「トキワ荘」で暮らし始めることになります。富山からは藤子不二雄こと、藤本弘さんと安孫子素雄さん、宮城からは石ノ森章太郎さん、旧「満州」生まれで各地を転々としてきた赤塚不二夫さんらが集うことなりました。
短期間ですが少女漫画の水野英子さんも暮らし、つのだじろうさんは新宿の自宅からバイクで「トキワ荘」に通いました。
■マンガの「成功者」輩出の一方で……
2020年5月29日(金)よりデジタルリマスター版が劇場公開される映画『トキワ荘の青春』(1996年)では、本木雅弘さん演じる寺田ヒロオの部屋に漫画家たちが集まり、焼酎をサイダーで割った「チューダー」で宴会を開く様子が楽しげに描かれています。若き才能が集まった、ブレインストーミングの場ともなったようです。
面倒見のよい寺田さんは、まだ作風が定まっていなかった赤塚さんを励ましたり、金欠状態だった石ノ森さんにお金を貸したりしています。人格者だった寺田さんがいなければ、途中で挫折して、“まんが道”から脱落したメンバーもいたかもしれません。
やがて1960年代になると漫画界は月刊誌から週刊誌が中心となり、読者アンケートが重視され、刺激的な内容の作品がもてはやされるようになります。寺田さんは結婚を機に「トキワ荘」を出ましたが、明るく健全な作風は漫画界の流れと合わなくなっていきます。
寺田さんは1980年代には新作漫画を描くことをやめてしまい、ひとり酒を飲むようになり、1992年に自宅で亡くなりました。享年61歳。寺田さんの死を、安孫子さんは「緩慢な自殺だった」と語っています。自分の理想とするマンガとは異なるものを、寺田さんは筆を曲げてまで描くことはできなかったのです。
「トキワ荘」には『オバケのQ太郎』の小池さんのモデルとなった鈴木伸一さんもいましたが、漫画には見切りをつけ、アニメーションの世界へと移ります。鈴木さんの部屋には、貸し本漫画で活躍した森安なおやさんも同居していましたが、家賃はほとんど払うことなく「トキワ荘」を出ていき、漫画界の第一線から離れることになります。
成功者がいれば、そうでない人たちもいました。青春の光と影が差す場所、それが「トキワ荘」だったのです。
■他にも複数あった、漫画家たちの集う「場」
辰巳ヨシヒロ氏の自伝的長編『劇画漂流』(上巻、青林工藝舎)
ドキュメンタリーアニメ『TATSUMI』(2011年)も、大変興味深い内容です。劇画の考案者である漫画家・辰巳ヨシヒロさんの生涯をアニメーション化したもので、辰巳さんの自伝的漫画『劇画漂流』をあわせて読むと、「トキワ荘」とは異なる“まんが道”があったことが分かります。大阪生まれの辰巳さんは同郷のさいとう・たかをさん、松本雅彦さんと合宿生活を体験後、東京に出て国分寺の同じアパートで暮らすことになります。
辰巳さんが中心となり、1959年に「劇画工房」を結成。「トキワ荘」のメンバーが子どもたちをメインターゲットにしたのに対し、大人が楽しめる劇画の普及に努めました。だが、残念なことに足並みが揃わず、「劇画工房」自体は大きな実績を残せないまま解体します。
萩尾望都さん、竹宮恵子さんといえば少女漫画界の大巨匠ですが、新人時代は東京都練馬区の貸家で共同生活を送り、「大泉サロン」と呼ばれました。山岸涼子さんら同世代の女性漫画家も集まったそうです。
おそらく他にも、若手漫画家や漫画家志望者たちが集う拠点はいくつもあったのではないでしょうか。やがて自然淘汰され、成功者を生んだ「トキワ荘」「劇画工房」「大泉サロン」などの名前だけが残ったようです。
■「トキワ荘」伝説が愛される理由
建物が復元され、開館を待つ状態の「トキワ荘マンガミュージアム」(筆者撮影)
最後に、大根仁監督の映画『バクマン。』(2015年)を紹介したいと思います。「週刊少年ジャンプ」で連載された人気コミックの実写化で、高校生の漫画家コンビである真城最高(佐藤健)と高木秋人(神木隆之介)が「少年ジャンプ」での連載デビューを目指す物語です。映画のクライマックス、体調を壊した真城の窮地を救うため、「少年ジャンプ」で連載枠を競った同期デビューのライバルたちが集まります。
これは原作にはない、映画用のオリジナルストーリーです。このエピソードの元ネタとなっているのは、『あしたのジョー』などの人気漫画で有名な、ちばてつやさんの実体験です。20歳の頃のちばさんは締め切り直前に右腕を負傷してしまいます。このとき、編集者に頼まれた「トキワ荘」のメンバーは、ちばさんの画風を真似て代筆したのです。
それまで「トキワ荘」のメンバーはちばさんとは面識がなかったのですが、「困ったときはお互いさま」と徹夜明けの体で引き受けたそうです。映画『バクマン。』は、この逸話を取り入れています。
共同作業に慣れていたので、アシスタントの導入に抵抗がなかった。TVアニメ化の波にうまく乗った……。「トキワ荘」のメンバーが成功した要因はいろいろと考えられます。また、「トキワ荘」の伝説が愛される理由は、メンバーの朗らかな人柄も大きかったのではないでしょうか。お金はないけど、夢があった。そして、仲間たちがいた。多くの人が思い描く「青春」のイメージが、「トキワ荘」と重なり合います。
●映画『トキワ荘の青春』デジタルリマスター版
2020年5月29日(金)よりテアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
監督/市川準 脚本/市川準、鈴木秀幸、森川幸治 出演/本木雅弘、大森嘉之、古田新太、生瀬勝久、鈴木卓爾、阿部サダヲ、さとうこうじ、翁華栄、松梨智子、北村想、土屋良太、柳ユーレイ、安部聡子、原一男、向井潤一、広岡由里子、内田春菊、きたろう、時任三郎、桃井かおり
配給/カルチュア・パブリッシャーズ
ティザーページ
(c)1995/2020 Culture Entertainment Co.,Ltd.
(長野辰次)
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