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書店から消えた名作マンガの数奇な軌跡 矢作俊彦&大友克洋の『気分はもう戦争』

マグミクス / 2024年9月29日 21時25分

書店から消えた名作マンガの数奇な軌跡 矢作俊彦&大友克洋の『気分はもう戦争』

■若い人は知らない? 大友克洋さん作画の名作マンガ

 先日、とある漫画家さんが、高校生に「水木しげるさんを知っているか」と尋ねたところ、全員が知っていたのに対して、大友克洋さんを知っている人はいなくて驚いた、とSNSに投稿して話題になりました。

 確かに漫画家としては寡作ですし、『ゲゲゲの鬼太郎』のように世代を超えてメディア化される作品もないので、若い世代の知名度は低いかもしれません。しかしマンガ界に大きな影響を与えた80年代の大友克洋さんの活躍を、リアルタイムで見てきた身としては隔世の感を禁じえません。

そんな80年代当時、『童夢』や『AKIRA』と並ぶほど人気があった大友克洋さんの作品が、矢作俊彦さん原作による『気分はもう戦争』です。 5年前、38年ぶりの完全新作短編『気分はもう戦争3(だったかも知れない)』が発表されて話題になったので、若い人でもタイトルを聞いたことはあるかもしれません。

しかし大友克洋全集に収録されている『童夢』や『AKIRA』と異なり、この「気分はもう戦争」シリーズは、2024年9月現在、入手困難な状況にあるのはご存じでしょうか。そして同シリーズに続編や、小説版があったことも。 いまだ根強いファンがいる(と信じたい)「気分はもう戦争」シリーズの数奇な軌跡について語りたいと思います。

※本稿ではマンガ『気分はもう戦争』『気分はもう戦争2.1』『気分はもう戦争3(だったかも知れない)』、小説『気分はもう戦争』の内容に触れています。ご了承下さい。

『気分はもう戦争』の連載は1980年3月、双葉社の「週刊漫画アクション」で始まりました。物語の舞台は1980年4月。中国領域にソ連軍が侵攻したことで中ソ戦争が勃発。アフガニスタンで義勇兵として戦っていた日本人「ハチマキ」と「めがね」、アメリカ人「ボウイ」の3人が「どこで死ぬかぐれーは手前の趣味を通してェ」と、中ソ戦争に参戦するためユーラシア大陸を横断する旅をするのを縦軸として、戦争に翻弄される日本人を描いた読切形式の短編を挟んで展開していきます。

「たまには戦争だってしたいんだ、ぼくたちは!」と、いま読むと不謹慎ともとられる宣言で始まる本作は、80年代の軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)を是とした空気への風刺と、徹底的に戦争を茶化してやろうという反骨精神があふれ、ペーソスに満ちた人間ドラマが展開するブラックコメディの傑作です。

 後に三島由紀夫賞や日本冒険小説協会大賞を受賞する、ハードボイルドと諧謔を併せ持った矢作俊彦さんが織りなす物語は、大友克洋さんの乾いた画風ともマッチして、連載当初から話題を呼びました。1982年に発売された単行本は、同年の第13回星雲賞コミック部門を受賞。2000年代になっても増刷がかかり続け、累計部数は40万部を突破するロングセラーコミックとなりました。

 そして前作から20年近くが経過した2000年12月。矢作俊彦さんは発表の場を角川書店(現:KADOKAWA)の「月刊少年エース」に移し、作画に藤原カムイさんを迎えて『気分はもう戦争2.1』の連載を始めます。

 今回の舞台は200X年の日本。日米安保条約の破棄を通告した日本で、在日米軍が不穏な動きを見せるなか、市ヶ谷防衛庁のアンテナが倒壊、都市部のビルが爆破されるなど、戦争さながらの事件が次々と起こっていきます。

 前回の主人公であるハチマキとめがね、ボウイも登場します。特に国会議員となっためがねが、韓国・釜山での宴席での帰りに漂着した対馬で、北朝鮮軍と自衛隊、サバイバルゲームチームの乱戦に巻き込まれる姿は、本作の見どころのひとつです。

 本作は全7話で連載が中断したと伝えられていますが、終盤には偽女子高生タレントと、彼女を戦場に向かわせて番組を作ろうとするTVディレクター、理屈っぽい中年「スズキさん」という、短い出番ながら非常に印象的な新キャラクターたちも登場し、いよいよ本格的な戦争の始まりを予感させる場面で幕引きとなっただけに、続きが読めないのが残念でなりません。

 それでも最終回掲載からおよそ半年後の2002年、B5判の大型サイズで同作の単行本が角川書店から発売されました。ちなみに本作の連載に伴い、2000年には前作の大友克洋版『気分はもう戦争』もB5判の新装版として角川書店から発売されています。

 双葉社と角川書店で合わせて計3種類の単行本が気軽に読むことができた、この時代は「気分はもう戦争」シリーズのファンにとって、1982年以来、20年ぶりの幸せな時期だったといえるでしょう。

■「気分はもう戦争」シリーズのファンを襲った衝撃

作画に藤原カムイさんを迎えた『気分はもう戦争2.1』(KADOKAWA)

 ところが藤原カムイ版が終了して4年が経過した2006年。思いがけない衝撃がファンを襲います。

「矢作俊彦【暫定】オフィシャルサイト」が立ち上げられて、そこで矢作俊彦さんによる完全新作の小説『気分はもう戦争』第1章が発表されたのです。

 200X年6月4日、福岡空港に国籍不明機(アンノウン)が着陸。中国海軍を名乗る謎のパイロットが降り立ち、スターバックスのキャラメルマキアートを要求する冒頭に、あの『気分はもう戦争』が帰ってきたと、ファンは喜びの声をあげました。

 しかし第1章の公開からおよそ1か月後、第2章(後半)が掲載されて以降、「諸般の事情」から「矢作俊彦【暫定】オフィシャルサイト」Topページは「工事中」となり、小説へのリンクが断たれてしまいます。

 当時、SNSでファンの間で流れたうわさによれば、当時、矢作俊彦さんがプロデュースする予定で『気分はもう戦争』の映画化が進行しており、この小説は、それに連動した企画だったのではないかと。

 しかし、その後映画化の情報が公式に発表されることはなく、同サイトも小説の第3章は発表されないまま現在に至ります。

これで『気分はもう戦争』も終わりかと、多くのファンが思った2010年。今度はなんと角川書店の小説の刊行予定に『気分はもう戦争』がラインナップされます。 この小説『気分はもう戦争』と、矢作俊彦【暫定】オフィシャルサイトで発表されたもののつながりは分かりませんが、目ざとくその情報を見つけたファンは、新作が読めるかもという一縷(いちる)の希望にすがり待ち続けました。

しかし、刊行予定は延期に延期を繰り返し、気が付けば2012年。やはり今度もダメだったのでは諦めかけた頃、意外なところから新情報が舞い込みます。 1月に発売された大友克洋さんの画集『OTOMO KATSHUHIRO ARTWORK KABA2』に、迷彩服に甲冑姿、中世騎士風など時代をこえた世界各国の兵士の姿がひしめく小説『気分はもう戦争』と題されたイラストが掲載されました。なんと小説の発売より先にカバーイラストが世に出たのです。

 さすがにここまで来れば頓挫はなかろうと、ファンは胸をなで下ろしましたが、そう簡単にはいかないのが『気分はもう戦争』です。7月に入り作者である矢作俊彦さんはX(旧:Twitter)のアカウント上で、元担当編集だった出版社社員とのいさかいを明らかにします。

そして「大友君、表紙を描いていただいたのにすまない」「宣言する。このままなら、もう角川からは一切本は出さない」との投稿が……。 結果として小説版『気分はもう戦争』は未だに発売されず、KADOKAWA公式サイトでは矢作俊彦さん関係の作品は書誌データこそ残っているものの、購入可能な書店へのリンクが断たれた品切れ重版未定の状態となっています。

 こうした紆余曲折を経て2019年。最初の『気分はもう戦争』が連載された「週刊漫画アクション」に、38年ぶりの原作・矢作俊彦、マンガ・大友克洋による完全新作短編『気分はもう戦争3(だったかも知れない)』が掲載されました。

 本作で時代は20XX年。沖縄自治県で自衛軍相手の人材派遣業に勤しむハチマキ、中華東北共和国で開発コンサルタントを務めるめがね。アフリカのヤンバサネグロ共和国のベースボール監督に就任しているボウイと、何やらヤバイことが起こった後の世界で、初老を迎えた第一作の主人公たちの姿が描かれていました。

 同作は2016年の「漫画アクション」50周年記念作品として企画されたものの、大友克洋さんが「ペンが使えなくて」、3年遅れての発表になったそうです。しかし、これまで長い年月を耐え忍んできた『気分はもう戦争』ファンにとって、そのくらいの遅れはもはや誤差の範囲内。掲載誌を複数購入する人も多数現れました。

 さて、こうした数奇な経緯を辿ってきた「気分はもう戦争」シリーズですが、最初の単行本である双葉社の大友克洋版も、いつしか品切れ重版未定となっています。

そして短編『気分はもう戦争3(だったかも知れない)』が掲載された「漫画アクション」を含めて電子書籍化もされていないため、刊行されていない小説版は元より、すべての既刊が書店で新刊として入手することはできず、読むには古本を探すしかないのです (大友克洋版は、現在刊行中の大友克洋全集に収録されるとは思いますが、まだ刊行ラインナップにタイトルがあがっていないのでいまだ予断を許しません)

と、まあ気軽にお薦めはできない状況ではありますが、わずか3冊の単行本と1作の短編、未完のWeb小説で40年近くファンを魅了し続ける唯一無二の作品だけに、もしこの文章を読んで「気分はもう戦争」シリーズに興味を持った高校生や未読の方がいたら、長年のファンとして幸甚の極みです。

(倉田雅弘)

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