『ガンダム』人類史上最大の虐殺を行ったのに…一年戦争時に「ジオン弾圧」がされなかった理由とは
マグミクス / 2024年10月7日 21時25分
■ヒットラーの尻尾どころではない…ジオン軍が出した多大な犠牲
『機動戦士ガンダム』で、「ジオン公国」は主人公陣営の敵対国家として描かれます。ジオン軍は一年戦争開戦時に、7つあるスペースコロニーの集団「サイド」の5つに無差別攻撃を行って住民を抹殺。そのコロニーを地球に落としたことで「総人口の半数」が死に至らしめられたとされています。
一年戦争開戦の29年前である、宇宙世紀0050年の時点で総人口は110億とされており、人口に大差がないのであれば、ジオン軍は55億人を殺害したことになります。
劇中でジオン公国の「デギン」公王は、この戦争を指導した「ギレン」総帥を「ヒットラーの尻尾」と揶揄(やゆ)します。「尻尾」と言われていますが、人類史上最大の犠牲者を出した、第二次世界大戦の犠牲者数が5500万人であり、第二次世界大戦全体の100倍の犠牲者が、わずか一週間で発生したことになりますので、尻尾どころではないと筆者は感じますが。ちなみに第二次世界大戦から79年経ちますが、現代のドイツは「ナチス的なもの」は禁忌とされており、政治家などが失言すると社会的に抹殺されるような状況です。
これに対し『ガンダム』では、一年戦争終結から3年を経た宇宙世紀0083年を描いた『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の時点でも、ジオン軍残党であるアクシズ艦隊と政治的取引が行われ「中立」を認めています。劇中ではジオン公国を戦争に走らせたザビ家主義を掲げた「デラーズフリート」が「星の屑作戦」を成功させ、コロニー落としを成立させていますので、そこでもさらなる犠牲者が出たと思われます。
そこまでされて、ようやく地球連邦政府は「ティターンズ」を立ち上げ、ジオン残党狩りに乗り出しますが、スペースノイドはそのティターンズに反発し、地球連邦軍のなかからも反ティターンズを掲げて武力闘争を行う「エゥーゴ」が出現します。
そして地球圏に帰還した「アクシズ」もザビ家の「ミネバ・ザビ」を指導者としていましたが、ティターンズでさえ対決姿勢というよりは「エゥーゴ打倒のために、アクシズを利用できないか」という姿勢を取るわけです。
「ニューディサイズ」など、例外はあるにせよ、ティターンズ自体がスペースノイド側に立つ「シロッコ」に牛耳られてしまう辺り、ジオン的価値観や、スペースノイドへの肩入れがそこまで禁忌とされていない印象を受けます。実際、アクシズが「ネオジオン」を名乗り、さらなるコロニー落としを成功させ、その後敗北に追い込まれて弱体化してすら、ジオン弾圧という世論は成立していません。
宇宙世紀0091年の『機動戦士ムーンガンダム』で、地球連邦はミネバと思われる人物を拘束します。地球連邦からすればテロリストの親玉であるはずですが、拘束を即座に発表し、大軍事力を向かわせて保護するなど、存在を政治的に利用しようという動きは少ないのです(この時のミネバが影武者だとしても、偽物だとネオジオン側が証明できるとは限らず、プロパガンダには使えるでしょう)。
これは宇宙世紀0093年の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でも、ジオニズムを思想的に支える「ジオン・ズム・ダイクン」の息子で、エゥーゴから反地球連邦の軍事行動をとり続けているシャア相手に、連邦政府が妥協しようという動きでも裏付けられています。要するに「ジオンの徹底弾圧は、地球連邦の世論ではない」ということになるのでしょう。なぜこうなるのでしょうか。
■大虐殺を行ったジオンはなぜ弾圧されないのか?
ジオン兵たちの姿が描かれる『機動戦士ガンダム ジオン兵列伝ぴあ』(ぴあ)
答えは「ジオン公国がしてきたこと」にあると推察します。宇宙世紀0050年でのサイド3(後のジオン公国)の人口は20億人。一年戦争中は1億5000万人ですから、地球連邦政府は「ザビ家の独裁に賛同しないサイド3の住民を他のサイドや地球に移住させる」敵対政策を取ったと考えられます。
そう言えるのは「親ジオン政権だったサイド6だけは、隣のサイド2が全滅しても攻撃されなかった」からです。サイド6はサイド3からの移民を拒否したのでしょう。
「崇高なジオンの精神に賛同せず、腐った連邦に尻尾を振ったサイド3の裏切り者」が逃げ込み、それを受け入れた先が他のサイドだからこそ、ジオンは同じスペースノイドを抹殺できたのでしょうし、そのコロニーを地球に落とせたと考えられるからです。
戦後に「大虐殺を遂行したジオンを徹底的に弾圧しろ」という世論が広がらないのも、こうした流れの先に一年戦争があったからだと考えられます。
穏健な政治的思想を持っていたであろう(大きな軍事力を持たず、かつジオン・ズム・ダイクンの提出した「コロニー自治権整備法案」にも賛同していない事実があります)、他のサイドが抹殺され、コロニー落としで地球にも多くの死傷者が出たということは、戦後は「親ジオン政権が成立するサイド6」と「グラナダなど、ジオンと一体化していた都市も多い月」、そして「戦争被害を直接受けていないサイド3」が、生き残った人類の中心ということです。
宇宙世紀0087年の『機動戦士Zガンダム』までに、破壊されたサイドは再建されていますが、その再建も生き残ったサイド6や月主導で行われたことは想像に難くありません。
つまり「一年戦争後の生存者」は「ジオン寄りの世論を元々持っていた人たち」が多数派なのです。特にサイド6では「スペースノイドの独立に理解を示しつつ、政治力でジオンからの攻撃は回避し、連邦政府にも中立を認めさせた」など、自国の正当性をアピールしたに違いありません。となるなら、ジオンなき後に、スペースノイド主導社会を作る中心はサイド6にあると考えても不思議はなく、ジオンを叩いたり、憎んだりする世論は主流ととはならなかったのでしょう。
一方の月面都市は、「アナハイム・エレクトロニクス」がネオジオンに兵器を売っていても表立って問題にできないほどの政治力、軍事力があり、そしてジオン的な思想の持主も多いことでしょう。
現在、アメリカの大統領選挙が行われていますが、極端な例えをすると「特定候補の支持者だけに大規模テロを仕掛けて大量虐殺した後で、選挙を行った」というような状況だということです。対立する政治的勢力がないのであれば、政権交代も発生せず、世論を無視した極端な政治的アクションも困難になることが想像できます。
つまり、一年戦争で「ジオンと対立する側の人口」ばかりを大量虐殺した結果「ジオン的な価値観」を攻撃する人が少数派となり、「スペースノイドの権利確保のためであれば、武力行使を伴う政治的意思の表示もやむを得ない」という価値観の人たちが多く残った。そして絶対民主制である地球連邦議会では、そうした者たちが世論に基づいて決定しているので、ジオンに対して断固とした政治的アクションは起こせない。それが『機動戦士ガンダム F91』など、後の時代の反地球連邦勢力にも踏襲されているということだと思えます。
「人類史上最大の虐殺」が穏健派を物理的な消滅させ、過激な方向にしか民主主義が機能しなくなっているのだと考えるなら、恐ろしい世界観だと感じる次第です。
(安藤昌季)
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