高畑勲監督の発言にビックリ? セリフなしの海外ジブリ映画『レッドタートル』はなぜ作られた
マグミクス / 2024年10月6日 20時25分
■高畑勲監督や宮崎駿監督とは「逆」ともいえる魅力も
スタジオジブリの長編作品のなかで、唯一海外で制作されたのが2016年公開の『レッドタートル ある島の物語』でした。それだけではなく、後述する制作過程や内容も含めて、ジブリでもっとも異色の作品なのです。公開当時の興行成績は芳しくなく、現在も知名度は低いままですが、それではもったいない、本作の魅力についても振り返ります。
●高畑勲監督も「すべてに感心した」監督の初の長編映画に
『レッドタートル』のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督は、短編アニメ作家として長年のキャリアを持ち、2000年公開の『父と娘』(旧邦題『岸辺のふたり』)が第73回アカデミー賞にて短編アニメ賞を受賞していました。
書籍『スタジオジブリ物語』(集英社新書)によると、スタジオジブリ側からマイケル監督へ映画制作のメールが送られたのは2006年11月の時、鈴木敏夫プロデューサーの「それまでマイケルは短編の名手だった。たった8分間の作品でひとりの女性の人生を見事に描き切った『父と娘』。この映画を見て、僕はマイケルの長編が見たくなった」という思いによるものです。
高畑勲監督もマイケル監督の『お坊さんと魚』に「ひと目惚れ」しており、しかも『父と娘』はTV放送を録画し繰り返し見て「この作品のすべてに感心した」とのことでした。マイケル監督はジブリ作品の大ファンだったこともあり、メールでの打診は「あまりに光栄なことで数か月信じられない」ほどだったそうです。
●発端から10年後にやっと出来上がった労作
しかし、制作が完全に決まって実作業に入ったのは、2013年7月のことでした。それほどまでに時間がかかっていたのは、極めてアーティスティックな長編手描きアニメ映画ということもあってか、資金調達と契約のために多くの時間が割かれていたからです。
結果的に、ジブリ作品を世界の広いエリア(北米・仏・極東以外のほぼ全世界)で配給していたフランスの映画会社「ワイルドバンチ」と、他にも複数の会社が共同制作を手がけました。そして、『レッドタートル』が公開されたのは2016年で、なんと発端となるメールが送られてから約10年の年月がかかっていたのです。
●かなり後の段階まで存在していたセリフがなくなった理由
その『レッドタートル』の最大の特徴といっていいのが、セリフなしの「サイレント劇」ということでしょう。実は、本編には少数ながらセリフがあったのですが、最終的にセリフがすべてなくなったそうです。その決断の後押しとなったのは、高畑勲監督や鈴木敏夫プロデューサーのアドバイスでした。そのときのことを、マイケル監督はこう語っています。
「ほぼ完成したものを高畑勲監督に見せると、もっと思い切ってセリフを全部削るようアドバイスをいただきました。アニメーションの完成度に非常に満足していたので、私も同じことを考えていました。その後、鈴木敏夫プロデューサーにも相談したところ『セリフがない方が絵に集中できるからなくしていいと思う』と言ってくれましたので、セリフなしでいくことにしました」
実際に映画本編を見ると、セリフなしのサイレント劇にした理由を確かに感じさせます。「男が無人島に流れ着く」というシンプルなシチュエーションながら、不可解な事象が起こり続ける様と、自然の情景をたっぷり感じさせる画、さらに落ち着いた音楽は、受け手の想像力を大いに喚起させるからです。
なるほどこれならセリフは必要ないのだと納得できましたし、本作に限らず、アニメには実写ではできない、イマジネーションあふれる表現でこそ、訴えられるものがあるのだと思い知りました。
●受け手の思考を信じている作品
鈴木敏夫プロデューサーは、マイケル監督に高畑勲監督や宮崎駿監督とは「逆」ともいえる魅力を感じていたそうです。それは高畑監督や宮崎監督がひとつの画面のなかでアニメの情報量を多くしていくのに対し、マイケル監督の場合はそれを「そぎ落としていく」からでした。それは、以下の鈴木氏の言葉にも表れています。
「僕の中に理想があったんです。絵さえ上手だったら音はいらない。音楽も効果音も、そしてセリフも。説明しなくていいことを説明するようになっているというのが最近の日本映画の傾向で、昔の日本映画を見れば説明なんてないんです。だから自分で考えろですよね。自分で考えることによって楽しくなるんだから」
確かに、本作の説明を排除し、受け手の思考を「信じている」ような趣は、小津安二郎監督作品などの、古き良き実写の日本映画の趣も感じさせました。
なお、マイケル監督は本作に込めた意図を「人間性を含めた自然への深い敬意、そして平和を思う感性と生命の無限さへの畏敬の念を伝えたい」と語っており、ミニマルな舞台の物語ながら、確かにその通りの壮大さと奥深さを感じます。
筆者個人は、無人島でたったひとりでサバイバルをする男を描くさまと、終盤の驚きの展開から、本作を「孤独」を主題とした作品として読み解くことができました。もちろん、観る人によってさまざまな解釈があるでしょう。ぜひ、それぞれの感性にしたがって、作品を読み解いてみることをおすすめします。
●アート系作品らしい興行規模と内容に
さらに、『レッドタートル』が他のスタジオジブリ作品と異なるのは、当時の公開規模にもあります。大衆向けの娯楽作品ではないため、公開館数は約150と他のジブリ作品よりもかなり小規模だったのです。
アート色の強い作品としてはむしろ多いともいえる規模ですが、残念ながら国内での興行成績はほとんど伸びることはありませんでした。2018年と2019年の日本テレビ系「映画天国」での深夜帯での放送以外、地上波放送もされていないため、おそらく、さらに観ている人が少ないスタジオジブリ作品でしょう。
その『レッドタートル』の本編も、確かに劇的な展開は少なく、落ち着いた画と音楽に「浸る」タイプの作品であり、小さいお子さんが観て楽しめる作品ではないのも事実です。
しかしながら、本作は高畑勲監督と鈴木敏夫プロデューサーが長編映画化を熱望したことも納得できるほど、アニメの「美学」のような趣を、観客の想像力と思考を信じている内容から感じられる、海外との共同制作でしか成し得ない趣がある、確かな意義のある作品です。
劇場公開当時の2016年は、国産のアニメ映画『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』などが大ヒットおよび高い評価を得ており、より影が薄くなってしまったところもありますが、再評価されることを願っています。
『レッドタートルある島の物語』コピーライト表記:(C)2016 Studio Ghibli – Wild Bunch – Why Not Productions – Arte France Cinema – CN4 Productions – Belvision – Nippon Television Network – Dentsu – Hakuhodo DYMP – Walt Disney Japan – Mitsubishi – Toho
※本文を一部修正しました(10月7日15時14分)
(ヒナタカ)
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