今夜の金ロー『思い出のマーニー』 従来の「ジブリ」とは異なるヒロイン像
マグミクス / 2020年4月3日 16時50分
■宮崎監督の影響下から離れた作品
多感な思春期の少女が体験する、不思議な出会いを描いたスタジオジブリ制作の長編アニメーション『思い出のマーニー』(2014年)が、2020年4月3日(金)21時から「金曜ロードSHOW!」(日本テレビ系)で放映されます。本作は『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)で監督デビューした米林宏昌監督の2作目の監督作です。『借りぐらしのアリエッティ』は宮崎駿監督が脚本を手掛けたこともあり、宮崎監督の影響が強く出ていました。その点、『思い出のマーニー』は米林監督が脚本から参加し(丹羽圭子、安藤雅司共同脚本)、独自のカラーを打ち出した作品となっています。
宮崎作品に登場する女性キャラクターたちの多くは明るくてポジティブな性格なのに対し、『思い出のマーニー』の主人公・杏奈(CV:高月彩良)は周囲と距離を置く、あまり明るいタイプの少女ではありません。幼い頃に両親を失ったというつらい過去を持っている杏奈ですが、杏奈を引き取ってくれた優しい養母の頼子(CV:松嶋菜々子)のことを「おばちゃん」と呼ぶようになるなど、思春期を迎えてますます心を閉ざすようになっていました。
喘息療養のため、札幌で暮らしていた杏奈は頼子の親戚がいる田舎町で夏休みを過ごすことになります。ぽっちゃり体型の女の子・信子のことを「太っちょ豚!」とディスるなど、かなりのトラブルメーカーぶりを見せる杏奈。そのくせ、寂しがりやでもあります。杏奈の面倒くさい性格は、従来のスタジオジブリのヒロイン像とはずいぶん異なります。
■心の動きはアクロバティック
そんな杏奈が「湿っち屋敷」で美少女・マーニー(CV:有村架純)と遭遇したことから、物語は大きく動き始めます。月光に照らされたマーニーは金髪がキラキラと輝き、瞳は青く澄んでいます。杏奈の前に現れたマーニーは夢のなかの幻影でしょうか、それとも地元で噂となっているおばけなのでしょうか。謎めいたマーニーですが、不思議と杏奈は彼女にだけは心を開くことができたのです。杏奈とマーニーのふたりだけの秘密の時間が過ぎていきます。
宮崎監督のような、「えっ!?」と驚くようなアニメーションならではのアクロバティックなアクションシーンは、『思い出のマーニー』にはありません。少女同士の内省的な物語です。ですが、米林監督はずっとひとりぼっちだと思い込んでいた杏奈が、マーニーと友達になることで閉ざしていた感情を解放していく様子をとても丁寧に描いていきます。心の動きは、とてもアクロバティックです。宮崎監督とは、異なる資質の持ち主であることが分かります。
■マーニーは孤独な子供に寄り添う存在
『思い出のマーニー サントラ音楽集』(徳間ジャパンコミュニケーションズ)
杏奈はマーニーと一緒に過ごすことで、恵まれた生活を送っているように見える彼女の意外な一面を知るようになります。パーティーでは美しいドレスで着飾り、優雅なダンスを披露してみせるマーニーですが、実は彼女も杏奈と同様の「さびしんぼう」だったのです。両親は屋敷を留守にすることが多く、その穴埋めにパーティーを開いたり、ドレスを用意したりしていたのです。マーニーは「普通の生活」を望んでいました。マーニーが愛情に飢えていることに気づき、杏奈はより深いつながりを感じるようになるのです。
それにしても美少女マーニーは、何者なのでしょうか。映画では最後にマーニーの秘密が明かされることになりますが、誰しも少年少女時代には空想上の友達、イマジナリーフレンドを持っていたのではないでしょうか。心のなかに理想の友達を創り出し、想像の世界で一緒に冒険した経験をした人も少なくないと思います。『思い出のマーニー』を観ていると、子供の頃に夢中になって遊んでいたイマジナリーフレンドのことが思い出されます。現実世界に実在する友達ではないものの、寂しかった少年少女時代の孤独感を和らげてくれた大切な存在です。
『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクリンは、空想上の親友キティーに毎日手紙を送るという形で日記を書き続けました。親友キティーが心の支えとなり、ナチスドイツによるユダヤ人狩りの恐怖にアンネは耐えたのです。大林宣彦監督が故郷・尾道を舞台にして撮影したファンタジー映画『さびしんぼう』(1985年)も、一種のイマジナリーフレンドを扱ったものです。マーニーがイマジナリーフレンドなのかどうかは、映画を最後までご覧になって確かめてください。
■米林監督も勇気をもらった?
米林監督は『思い出のマーニー』を完成させ、スタジオジブリから独立することを決意します。2014年12月をもって、スタジオジブリ自体も制作部門を休止。米林監督は『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』でタッグを組んだ西村義明プロデューサーと「スタジオポノック」を設立することになります。
それまでのスタジオジブリとはカラーの異なる『思い出のマーニー』を作り上げたことが自信となり、米林監督は外の世界へと歩いていく勇気を得たのではないでしょうか。スタジオジブリ出身であることから、「ポスト宮崎駿」のひとりに挙げられることのある米林監督ですが、『思い出のマーニー』のようなジブリっぽくない独自路線をぜひ今後も進んで欲しいと思います。
みんな忘れてしまっているだけで、実は誰もがマーニー的な存在に支えられ、今も見守られているのかもしれません。
(長野辰次)
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