原作者激怒!? 日本テレビ版『ドラえもん』が封印された「本当の理由」を考える
マグミクス / 2024年10月11日 17時10分
■アヒル型ロボットがレギュラー? ジャイアンの母が故人?
藤子・F・不二雄先生(以下、F先生)原作のアニメ『ドラえもん』は、1979年からテレビ朝日系列で放送されて大ヒットを記録しました。2025年には、声優が水田わさびさんたちに交代してから20周年を迎え、さらなる盛り上がりが予想されています。
ところで、ファンにはよく知られている話題ですが、『ドラえもん』はテレビ朝日版の前に一度アニメ化されています。1973年に日本テレビ系列で放送されたもので、「ドラえもん」の声を富田耕生さん(後に野沢雅子さんに交代)、「のび太」の声を太田淑子さんが演じていました。
一番威張っているのが「ジャイアン」ではなく「スネ夫」だったり、原作のごくわずかな話数にしか登場しないアヒル型ロボット「ガチャ子」がレギュラー化していたり、のび太のママが優しかったり、「しずか」の家にお手伝いがいたり、ジャイアンの母親が故人になっていたりと、日本テレビ版は後のテレビ朝日版と異なる点が多く見られます。
日曜の夜7時からというゴールデンタイム枠を得るも、放送途中に社長の失踪が原因で制作会社の日本テレビ動画が解散してしまうなどのトラブルに見舞われ、放送は半年で終了してしまいました。
その後、何度か再放送されましたが、1979年以降は一度も再放送は行われておらず、ソフト化もされていません。現在は映像を観ることができない「封印」状態となっています。ドラえもん公式サイトでも日本テレビ版については触れられていません。F先生が作品の出来に激怒したから封印されたといわれていますが、果たして本当でしょうか?
●「原作とは似て非なるもの」「放送して欲しくない」
日本テレビ版『ドラえもん』の封印については、ジャーナリストの安藤健二氏が著書『封印作品の謎 TVアニメ・特撮編』(2016年、彩図社/初出『封印作品の憂鬱』2008年、洋泉社)で詳細な経緯を取材しています。
まず、F先生がどのような言葉を残したかをおさらいしてみましょう。F先生は日本テレビ版について、「本来のドラえもんの持ち味を出していない作品であり、作品のイメージとはかけ離れたものであった。(中略)作者としては気に入ってなかった」「以前やったのは非常に悔いが残る」などのコメントを残していたことが関係者を通じて明らかになっています。
なかでも決定的だったのは、テレビ朝日版の放送が始まった1979年に富山テレビ放送が日本テレビ版の再放送を始めたとき、「私が作った原作のイメージと全然違うし、放送して欲しくない」「原作とは似て非なるものだ」と表明したことです。日本テレビ版の再放送は即座に打ち切られ、これ以降は再放送が一度も行われていません。F先生のファンの間では「富山事件」として語り継がれています(発言はすべて前掲書より)。
やはりF先生が日本テレビ版に強い不満を抱いていたことは間違いないようです。日本テレビ版は後にフィルムが見つかっており、著作権さえクリアできれば何らかの形で放送、上映、配信などを行うことができるものの、原作者のF先生が「もう放送して欲しくない」と言った以上、封印せざるを得ないのでしょう。
では、なぜF先生はそこまで日本テレビ版を忌み嫌ったのでしょうか?
■日本テレビ版は「失敗作」じゃなかった?
ガチャ子のエピソードが収録された『藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん3』著:藤子・F・不二雄(小学館)
日本テレビ版が「失敗作」だったという評価に対しては、異を唱える人が少なくありません。安藤健二氏は実際に映像を観た感想として「予想以上に面白かった。シュールな味わいもあるし、細かい作りこみも感じた」「頭で考えたり道具に頼るのではなく、思いつきと行動で何とかしようとする体育会系のノリが新鮮だった」(表記ママ)と前掲書で述べています。
同じく映像を観た産経新聞の記者は、「ストーリーや作画はしっかりした印象だった。(中略)70年代のアニメと承知して見れば、それほど違和感はない」(表記ママ)と感想を記していました(MSN産経ニュース「【幻のドラえもん】(上)テレ朝版アニメの前に「日テレ版」があった」2009年1月10日)。
2006年に有志による日本テレビ版の鑑賞会が開かれた際、集まったF先生ファンのあいだからも好評の声がいくつも上がり、「失敗作」という声は出ませんでした。当時の制作スタッフだった真佐美ジュン氏によると、非常に丁寧な作りでリテイクも多かったそうです。また、スケジュールが圧迫されたこともなかったといいます。
日本テレビ版を特集した同人誌『neo Utopia』43号によると、第1クールはテンポのゆったりした下町人情もの、ドラえもんの声優が交代した第2クールはスラップスティックなドタバタコメディになっていました。チーフディレクターの上梨満雄氏は同誌のインタビューの中で「前半の方が好きでした」と語っています。
ドラえもんがのび太の保護者のように振る舞うテレビ朝日版と異なり、日本テレビ版のドラえもんは失敗が多く、のび太と対等の仲間として描かれていました。ドラえもんが主体となってトラブルを巻き起こすエピソードもあります。これは1969年に連載が始まった初期の原作と共通しているテイストです(ただし、1974年から刊行が始まった単行本では、F先生の意向でこのようなエピソードがほぼ割愛されています)。
また、日本テレビ版では原作どおりに始まっても途中からオリジナルの展開になるエピソードが多く見られます。これは当時の原作が低年齢向けだったためページ数が少なく、アニメに必要な尺にするために補う必要があったからです。
真佐美氏の証言によると、文芸担当の徳丸正夫氏がパイプ役となり、脚本、絵コンテ、キャラクター設定や色指定などについてF先生のチェックを受けていたそうです。
■日本テレビ版と原作の最大の相違点
映画版は2025年で45周年。その最新44作目のタイトルは『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』で2025年3月7日公開 (C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
日本テレビ版と原作で大きく異なるのは、のび太の解釈です。
映像を見た安藤健二氏は「のび太は確かに運動能力は低いし成績も良くないが、性格的には活発で元気な少年だった。ジャイアンやスネ夫と口げんかをしたり、ドラえもんを怒鳴りつけたりと、原作以上に威勢が良かった」と記していました。原作とテレビ朝日版でよく知られる何をやってもダメで気弱なのび太像とは大きく印象が異なっています。
のび太役の声優は太田淑子さんが務めていました。太田さんはF先生原作の『新オバケのQ太郎』で快活な「正太」役を演じており、のび太役のオーディションはなかったそうです。太田さんの跳ねるような声による元気で活発なのび太は容易に想像できます。その後、テレビ朝日版ではやはり活発なセワシを演じました。
日本テレビ版で脚本を務めた鈴木良武氏は『封印作品の謎』でのインタビューで、のび太の性格を自分たちで改変したと明かしています。
「のび太の性格があまりにも、ドラえもん頼りだったものだから、僕らは『のび太の性格をもう少し自主性を持った少年にしようか』という方向で始めた番組だったんです」
スタッフ一同は放送前の打ち合わせで「活発で元気なのび太」という方向性で行くことに決めていました。F先生からのクレームはありませんでしたが、鈴木氏は「藤本先生(筆者注:F先生)としては原作の思い通りになってないと感じていたんでしょうね」と振り返っています。
●深い思い入れのある「ダメで気弱なのび太」
ドラえもんがドタバタしているのも、ガチャ子が登場するのも原作どおりでした。しかし、活発で元気なのび太は原作からかけ離れています。「何をやってもダメなのび太がドラえもんを頼り、ひみつ道具を出してもらうが、結局トラブルを起こしてしまう」……これがある時期からの『ドラえもん』の基本的な骨格です。日本テレビ版はその意味で、F先生が言うように「原作のイメージと全然違う」ものになっていました。
「子どもの頃、僕は“のび太”でした」というF先生の有名な言葉があります。小学校の入学式でおもらしをして笑いものになり、かけっこも鉄棒も飛び箱も大の苦手、いじめられっ子で劣等感のかたまりだったF先生は、のび太に深い思い入れがありました。
F先生入魂の作品だったのに打ち切られてしまったこと、再起を期したテレビ朝日版の邪魔になったこと、社長失踪など日本テレビ動画の不祥事など、「封印」に関してはさまざまな要因が考えられますが、やはりF先生は作品の根幹を変えられてしまったことに忸怩(じくじ)たる思いがあったのではないでしょうか。
とはいえ、今となっては元気で活発なのび太とオヤジ声で話すドラえもんも観てみたい気がします。いつか封印が解かれることを期待して待ちたいと思います。
(大山くまお)
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