なぜ今CGアニメ化? 生まれ変わった『がんばっていきまっしょい』の見事な「調整」
マグミクス / 2024年10月25日 20時40分
■「スポ根ではない」新しい青春アニメに
2024年10月25日より、アニメ映画『がんばっていきまっしょい』が劇場公開されます。同作は1998年に実写映画化、2005年にドラマ化もされた、敷村良子さんの小説が原作です。
今回のアニメ映画はそれぞれの過去作品に親しんだ人、豪華な声優陣のファンはもちろん、後述する理由で「無気力」を感じたことのあるすべての人に届いてほしいと心から願える、素晴らしい作品でした。
原作者の敷村良子さんは本作について「スポ根ではないスポーツを描いた新しい青春アニメ映画の誕生」、本作を手掛けた櫻木優平監督は「スポ根映画というよりは青春映画として、老若男女問わず広い層の方々に楽しんでいただきたいと思って作りました」と語っています。
まったくその通りで、本作はボート部およびスポーツを題材としながらも、いい意味で「根性」や「努力」が主軸ではない、かけがえのない青春模様を追った、すべての世代におすすめできる作品なのです。なぜ今になってCGアニメとして蘇ったのか、その意味も含めて解説します。
●3DCGの表現の素晴らしさと、その意義
本作の公開前に、ポスターや予告編から、3DCGのアニメであることへの不安の声を多く見かけました。しかし、本編ではすぐ慣れるどころか、役者のモーションキャプチャーをベースにしたボートを漕ぐ動きに感動させられます。また、ロケハンも十二分も行っておりしっかりしている愛媛県松山市の舞台の再現、多くのモブキャラクターも登場する祭りのシーン、美しく仕上げた水の表現など、それぞれの要素もハイクオリティーで、劇場の大スクリーンで映えるものでした。
何より、『ラブライブ!』のキャラクターデザインでも知られる西田亜沙子さんによるキャラそれぞれが、3DCGであることを忘れるほどに愛らしくて魅力的なのです。理由は後述しますが、「主人公の表情の乏しさ」も意図的なものですし、他は個性的かつ表情豊かで、観た人それぞれの「推し」もできるでしょう。ちょっと現実離れしたキャラ付けもありますが、「イモッチ(CV:長谷川育美)」というキャラには「お嬢様言葉でしゃべる」確かな理由があるなど、それぞれの奥行きにも注目してほしいです。
また、5人の女の子と、彼女たちを教える立場の男子「二宮隼人(CV:江口拓也)」の関係と距離感から『五等分の花嫁』を連想する方もいるでしょう。実際に『五等分の花嫁』のアニメ版を担当した大知慶一郎さんが共同脚本を手がけており、そのエッセンスも込められているのかもしれません。
なお、櫻木監督は自分の作風との相性や、CGで描くことは決まっていたため、「マンガのように既に手描きの絵のイメージが定着していない小説」「『これはCGじゃないと描けない』」と言える要素のあるもの(今回の場合は水上でボートを漕ぐ表現などがCG向き)」「原作自体が持つ知名度やタイトルのキャッチーさ」という要素から、『がんばっていきまっしょい』を候補にあげたと語っています。つまり、単純に人気の原作を選んだわけではなく、「3DCGアニメで描く意義」を鑑みているのです。
●そもそものアニメ化にした理由は「色」にもある
さらに、櫻木優平監督は『がんばっていきまっしょい』をアニメにしたそもそも理由について、テレビ愛媛のインタビューで「『熱血系スポコン部活アニメ』ではないジャンルの元祖として、作る意味のある作品だと思い選ばせていただきました。アニメでしかできない表現っていうのは『色』と思ってまして。印象として残っている色、幼少の暑い思い出みたいな色味をベースに原作の瑞々しさ、空気感を保つみたいな手法は取りましたね」と語っています。
さらに、時代設定がスマホも登場する現代に変更されるほか、後述する「調整」もありました。その理由について櫻木優平監督は「懐古的にせず新しい作品として作りたかった」「原作から離れすぎると全く別物になってしまうので、キャラの配置は原作をベースに設計しています」「原作者の敷村良子さんに依頼するときも、『新しいものにさせてください』とお願いしたのですが、敷村さんは快諾してくださいましたし、かなり自由にやらせてもらいました。常に前向きなコメントを返してくださったり、母校やボートの情報もご提供いただけて、とてもありがたかったです」と、裏話を明かしていました。
実写映画版は1970年代の空気感も再現した、ノスタルジックな映像もとても魅力的な作品です。対して今回のアニメ映画版は海と空の青、夕焼けのオレンジ、それぞれの色がとても映える映像になっていて、現実よりも美しく示すことができるアニメで描く意義があると思えましたし、同時に原作や実写版にあった瑞々しい青春模様は一致しています。原作から新しい物語に変えても、原作へのリスペクトを忘れない姿勢は、後述する「受け継がれた」要素からも読み取れるでしょう。
●主人公は「がんばる理由を見つけられなくなる」
今回のアニメ映画で原作から最も大きく変わったのは、主人公の「悦ネエ(CV:雨宮天)」がボート部に入るまでの経緯です。小説や実写映画版では新入生で自分から積極的にボート部を作ろうとする立場でしたが、今回のアニメ映画では2年生で何事にも一生懸命になれないでいる、冷めた印象へと調整されたキャラクターとなり、ボート部に入部するのも「人数が足らないから」でした。彼女の表情の乏しさは、その無気力さのためとも思えるのです。
その改変を不安に思う方もいるかもしれませんが、それこそが今回のアニメ映画でもっとも素晴らしいところだと思います。そもそものがんばる理由を見つけられなくなった理由は冒頭の表現とモノローグでタイトに示され、その後は部員集めやキャラ同士の掛け合いなど、観客にも劇中の彼女たちにとっても「楽しい」場面が続いています。やる気がなかったはずの悦ネエのボート部への向き合い方が変わっていく過程も、とても繊細かつ丁寧に描かれているのです。
しかし、とあるきっかけで、悦ネエはまたもがんばれなくなってしまいます。それは原作とは異なる、客観的には「それほど気に病まなくてもいいこと」が重なった結果であり、そこには悦ネエの優しさや責任感が感じられると同時に、結果的には無責任で、「一人相撲」を取っているとも言えるものでした。それらの一連の心理描写も「言葉に頼らない」演出で示されていることも含め、本作の素晴らしい点です。
もちろん、悦ネエががんばれない理由を見つけられないまま終わるわけがありません。詳細は秘密にしておきますが、その先に見つけた「答え」もまた言葉に頼らない表現をしたことに、思わず拍手をしてしまいたくなるほどの感動がありました。
また、ライバルとなる、ボート部強豪校のエース「寺尾梅子(CV:竹達彩奈)」の存在がとても重要なものになっています。彼女がどのように悦ネエの心理を変えるのかも、注目してみてください。
⚫︎受け継がれたことと、今の世の中で必要なこと
原作および実写映画版へのリスペクトを大いに感じるところ、「受け継がれている」こともあります。悦ネエがボート部に入るまでのモチベーションは正反対でも、根源となる心理そのものはシーンそれぞれで部分的に(あるいは完全に)過去作品と一致しています。例えば冒頭の海に浮かぶボートを見ている画はほぼ踏襲されていますし、他にも(詳細はネタバレになるので秘密にしておきますが)しっかり原作と実写映画版の重要なポイントを外さない作劇や画作りもされているのです。
それに付随して、キャラの配置は原作をベースにしつつも、新しい物語として構築され、若者が「無気力」だと単純に語られがちな今の世の中でこそ、必要なことが訴えられています。そういった、作り手の優しさにこそ、感謝と称賛の言葉を送りたいのです。ぜひ、多くの人に本作が届くことを、期待しています。
(ヒナタカ)
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