昭和特撮ファンも評価…Netflixでリブートが決定した『ガス人間第一号』が傑作とされる理由
マグミクス / 2024年10月27日 8時35分
■昭和特撮ファンから高く評価される一作
小栗旬さん、蒼井優さん主演によるNetflixシリーズ『ガス人間』という新作ドラマシリーズの製作が、2024年8月初旬に発表されました。エグゼクティブプロデューサーおよび脚本には、同じくNetflix配信のドラマ『寄生獣 ―ザ・グレイ―』などのヨン・サンホさんで、明らかにアジア市場・世界市場を見据えた製作体制で、企画・製作サイドの気合いのほどがうかがえます。
それはそれとして、この『ガス人間』なる妙なタイトルはなんなのでしょうか?
発表された内容によると、ドラマ『ガス人間』は、昔の東宝映画「変身人間シリーズ」の1本である『ガス人間第一号』という映画をリブートしたものとのこと。「変身人間」と聞いても、昭和特撮ファン以外の人(つまりほとんどの視聴者)にはわけが分からないはず。ドラマのスタッフ、キャストのメジャー感からすると、どうも不釣り合いな感じも……。
本稿では、新作Netflixシリーズ『ガス人間』の元ネタである昔の東宝SF特撮映画『ガス人間第一号』とはどんなものかを解説しつつ、さらに今回のリブート企画についても考察してみましょう。
まず、「変身人間シリーズ」について。「変身」と聞くと、主人公がヒーローにでも変身するのか? と現代人なら反射的に思ってしまうかもしれませんが、このシリーズはそういうものではありません。『美女と液体人間』(1958年)は人間が液状に、『電送人間』『ガス人間第一号』(ともに1960年)は電波とガス状に「変身」します(タイトルそのままですね……)。この「変身人間」が、犯罪サスペンス/スリラーのカギとなる、というのがシリーズ3本に共通するプロットとなります(SF特撮といっても宇宙人や怪獣は出ないわけです)。
実は、東宝の同種のSF特撮映画はけっこう数があって、どれがこのシリーズに入るかは諸説あったりしますが、現在一般的にいわれているラインナップは、上述の3本となっています。
このシリーズのなかでも、今回リブートされる『ガス人間第一号』は古来より昭和特撮ファンから高く評価されており、第1作目の『ゴジラ』(1954年)以降の東宝特撮全盛期を支えた田中友幸(製作)、本多猪四郎(監督)、円谷英二(特技監督)の黄金トリオによる傑作のひとつとされています。
なぜ、『ガス人間第一号』が傑作とされているのか? これについては、いくつかの理由があると考えられます。
■『ガス人間第一号』が傑作とされるワケ
東宝映画「変身人間シリーズ」の第1作目『美女と液体人間』。画像はDVDパッケージ(東宝)
まずひとつは、その物語運びです。「犯罪もの+SF特撮もの」という、本来は全然異なるジャンルを合体させた企画の性質上、「変身人間シリーズ」はどうしてもお話がちぐはぐなものになりがちなところがありました。
例えば、シリーズ第1作目の『美女と液体人間』では、物語前半において犯罪サスペンス仕立てで謎の事件の犯人を追っていると、途中で「変身人間」が犯人だと分かります。この時点で犯罪もののお話は終了して、後半からは円谷特撮を駆使したSFものの話にいきなり変わってしまいます。観客には、途中で主役が刑事から科学者(怪獣映画の博士と同じキャラ)に変わるように見えて、これはどうにも居心地が悪い。また、なにしろ犯人は「変身人間」であり、どんな完全犯罪でも可能であることが観客には分かっているので、犯罪もの部分の展開にはいまいち緊張感が欠ける傾向があります。
その点、『ガス人間第一号』では、こうした居心地の悪さがかなり解消されています。その理由は、物語の軸を、ガス人間(演:土屋嘉男)と、彼が恋する日本舞踊の家元の美女(演:八千草薫)の悲恋に置いたことによるものでしょう。
さらに、上記の主演ふたりのキャラクター造形が、ほかの2作と比べて格段に深くなっていることも、本来荒唐無稽な物語に説得力を持たせています。
「犯罪もの+SF特撮もの」という無茶ぶり気味な企画を、異形の者と美女の悲恋物語(要するに『キングコング』と同じ構図ですね)としてまとめることで、ギリギリ成立させた点が本作の最大の特徴といえるでしょう。
また、没落した日本舞踊の家元を演じる八千草薫の起用も作品の大きな要素です。八千草薫さんといえば、昭和から令和の近年まで、大御所女優として活躍した、日本映画・TV界のトップスターです。当時、特撮やSFといった作品は「ゲテモノ」扱いされることも多く、俳優のなかには変な色がつくのを嫌って、出演を避ける向きも多かったようです。そんな風潮のなかで、本作への八千草薫さんの出演は当時としてはかなり特別なことだったはずです。劇中での八千草薫さんの、はかなくも神秘的な美しさは尋常なものではなく、これだけでも見る価値あり、といいたいところです。
というふうに、劇中で荒唐無稽なことが起こるさだめの特撮映画としては相当「よくできた」作品なのですが、やはりガス人間のキャラクター設定にはどうしても「無茶な感じ」が残っています。人間がガスになったあと、自分の意思で動き回ったりしゃべったり(どこから声が出てるんだ?)、そしてまた元の人間体に戻るなど(劇中では描かれませんが、戻った時はやはり全裸?)、あらためて考えたら「どういう理屈になってるんだ?」とツッコミを入れたくなります。
しかし、こういう昭和的なおおらかな設定や奇天烈な部分は、きわめてシリアスな恋愛ドラマと、映画黄金期ならではの画面の重厚さによって絶妙なバランスでカバーされ、あとから考えたら変だと思うものの、少なくとも映画を見ている間はそれほど気になりません。やはり、東宝特撮映画のなかでは傑作のひとつであることは確かでしょう。
■リブート作で「ガス人間」はどう描かれる?
東宝映画「変身人間シリーズ」の第3作目『電送人間』。画像はDVDパッケージ(東宝)
このように微妙なバランスのもと、特異な傑作として成立している『ガス人間第一号』が、今回ドラマとしてリブートされるというわけですが、はたしてどうなるのか? というか、どうやってあのキャラクターを現代に再生させるのか? というのは気になります。
昔のSF作品などを現代的にリメイク/リブートする場合は、多くの場合、物語の設定の「解像度を上げる」、つまり、今の観客・視聴者が納得できるようなディテールを持たせる(または持っているように見せる)ことが要求されます。近年のゴジラ映画などを見ても、本来は荒唐無稽の極みである巨大怪獣バトルを成立させるべく、昔ならスルーされていたような細かな設定やディテール描写を入念に補強しているのがわかります。
その点、『ガス人間第一号』はかなり難しい題材なのではないか、と思われてなりません。なにしろ、キャラクター設定の基本である「人間が意思を持ったガスになって行動し、また人間体に戻る」というのだけでも、視覚効果はCGでどうにでもなるとしても、どう理屈をつけて見る側を納得させるのか、なかなか想像がつきません。透明人間やハエ男より数段難しいのは確かでしょう。素人考えでは、設定にナノテクロノロジーを持ち込む、あるいは前衛劇的に概念上の存在にする などがパッと思い浮かびますが、どれもちょっと難しいような気がします。
とはいえ、Netflixシリーズ『ガス人間』の基幹スタッフのヨン・サンホさんは、『寄生獣 ―ザ・グレイ―』でマンガ原作を換骨奪胎して、最先端のSFホラーアクションに仕上げた実績を持ちます。彼なら、常人には考え付かないような方法でガス人間を再生させてくれるかもしれません。難題をどうクリアするのか、期待して配信を待つことにしましょう。
(内田恵三)
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