『ガンダム』小説版のシャアは「はかってない」…? なぜキレイなままいられたのか
マグミクス / 2025年1月19日 21時45分
■小説版では苦労人だったシャア
『機動戦士ガンダム』のキャラクターのなかで、人気の高いキャラといえば「シャア・アズナブル」でしょうか。放送当時はもちろん、その後に制作された続編でも主要キャラとして活躍していました。
時には作品ごとでシャアの性格や、キャラクター性に差異が生じることがあります。そう考えると最初に登場したシャア、TVアニメ版のシャアが一番本来の姿だといえるかもしれません。
しかし、それ以上に本来のシャアの姿だと思えるのが、富野喜幸(現、富野由悠季)監督自らがTV放送中に著した「小説版『機動戦士ガンダム』」かもしれません。もちろん、ほかのキャラクターにも同様のことがいえるでしょう。
なぜならば、小説版はスポンサーに忖度しないという意図で執筆され、キャラクターの心情も当時の富野監督の考えていた方向にもっとも近いものと考えられるからです。その点では、スポンサーのみならず、ほかのスタッフの意見にも左右されない富野監督の考えだけで構成された『機動戦士ガンダム』といえるかもしれません。
そうしたこともあり、「TVアニメ版とは大きく異なる物語」以上に注目すべき点は、キャラクターの心情です。TVアニメでは芝居によってキャラクターの行動の解釈が変わることもあるでしょう。ところが文字媒体の小説では、キャラクターの心情が事細かに解説されています。
この部分に注目して読んでいくと、個人的に小説版でもっともTVアニメ版と異なるのはシャアでした。
物語冒頭のシャアの立場を見ていくと、あきらかにTVアニメ版と違う部分に気づくことでしょう。小説版のシャアは、部下から信頼をほとんど得ていません。正確にいえば、年上の部下に囲まれて「若造」と思われています。
TVアニメ版では頼れる副官だった「ドレン」、搭乗する「ムサイ」の艦長「トラッム」からも疎まれていました。もちろん手腕は信用されていますが、それ以上に早すぎる出世をしたことから嫉妬の対象になっているというところでしょうか。
そのため、「サイド7」に侵入した「デニム」と「ジーン」の行動も違ったものになっています。命令無視をしたのはデニムの方で、ジーンはそれに従っただけでした。「ザビ家にとりいって昇進した若造」であるシャアに自分の技量を見せるため、功名心からデニムが先走ります。
このサイド7での戦いの後、シャアは士官学校で同期だった「ガルマ・ザビ」との共同戦線に身を投じました。ここでのシャアは、危険を承知で残弾の少ない「ザク」を駆りガルマの援護に出るなど、ガルマとの友情を口にしつつ、少しでも助けになりたいと考えています。
しかし、結果的にガルマはTVアニメ版と同じように、「ジオン公国に栄光あれ」の言葉とともに散っていきます。それを見たシャアは心底ショックを受けていました。つまり小説版のシャアは、ガルマを「はかって」いないのです。
小説版の描写を見ていくと、ザビ家への復讐心とは別に、ガルマとの友情は本物だったようでした。ガルマとの出会いが、ザビ家への復讐心を薄くしていたようです。
このザビ家への復讐心が薄くなったことで、小説版のシャアは亡き父「ジオン・ズム・ダイクン」の理想に重きを置くようになりました。つまり「ニュータイプ」による新しい世界作りです。
■シャアが変わった原因はララァだった
こちら「はかってる」シャアです。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 11』著:安彦良和/原案:矢立肇、富野由悠季/メカニックデザイン:大河原邦男 (KADOKAWA)
ニュータイプによる新しい世界、そのためにザビ家打倒が必要とシャアは考えます。その気持ちを理解するからこそ、「ギレン・ザビ」のスパイとして送り込まれた「シャリア・ブル」は、シャアに信頼を寄せました。
そのためシャリアは頼れる副官として、シャアを支えることになります。シャアもその気持ちに応えるため、仮面を外して素顔をさらしました。この展開はTVアニメ版とは真逆の関係といえるかもしれません。
これには、シャアがこの時点で「ララァ・スン」を失っていることも大きく関係しています。ララァに惹かれる部分はあっても、その死に引きずられるような状態ではなく、この部分がTVアニメ版と大きく違います。
このほかにも「キシリア・ザビ」の秘書である「マルガレーテ・リング・ブレア」に対して、シャアは「自分の子供を産んでほしい」と伝えるシーンもありました。過去に引きずられることなく未来を見据えるというのが小説版のシャアのようです。
また「ララァをめぐる確執」が薄いため、シャアは戦争末期に「アムロ・レイ」との共闘を模索しました。この気持ちはアムロをはじめとする「ペガサス・J(ジュニア)」(小説版の「ホワイトベース」)のクルーも同様で、ともに戦争の元凶であるギレンを討つことを考え始めます。
結果的に共闘は成立しますが、そのためにアムロの死というショッキングな展開がありました。ここでアムロが死んで精神体になることで残ったクルーたちを説得し、シャアとの共闘は果たされます。
共闘したペガサス・Jとキシリアの部隊はジオン公国の本拠地「サイド3」へ侵攻しました。そして追い詰めたギレンをキシリアが撃ち殺します。その直後、シャアは「では……」と自身の「リック・ドム」の手のひらを回転させ、その上にいた銃撃直後のキシリアを墜落死させました。いわゆる手のひら返しです。
この後、地球連邦軍とジオン公国のあいだで講和条約が締結され、戦争は終結しました。「デキン・ソド・ザビ」は退位し、「ダルシア・バハロ」首相のもとでジオンは共和制を復活させます。シャアは軍に残り、ペガサス・Jのクルーの半数はジオン国籍を得ました。
余談ですが、こちらの展開をベースとしたストーリーが、ゲーム「ギレンの野望」シリーズの「キャスバル編」などに見られます。
駆け足になりましたが、これが小説版のシャアの足跡でしょうか。権謀術数といったものを使わず、他者との信頼で行動するイメージがあります。その点では、安彦良和さんの描いたマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のシャアとは真逆かもしれません。
その人間関係に苦労するさまは、後に制作されたTVアニメ『機動戦士Zガンダム』の「クワトロ・バジーナ」を彷彿とさせる部分があります。そう考えると、富野監督が当初抱いていたシャアのイメージは、クワトロのように仲間との信頼を重視するイメージだったのかもしれません。。
宿敵だったペガサス・Jのクルーやアムロとの共闘、それらを考えると『Zガンダム』までの富野監督のシャアに対するイメージは小説版が近かったのでしょう。もしも劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の制作がなかったら、シャアはまた違う道を歩いていたのかもしれません。
もちろん、どんな道を進んでいたとしてもシャアは「ガンダム」シリーズの人気キャラクターとして、その地位を確立していたことでしょう。
(加々美利治)
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