1995年の『エヴァ』がもたらした衝撃 時代と同調した「放送事故」級の最終回
マグミクス / 2020年5月15日 16時10分
■25年を経ても魅力的な『エヴァ』の世界
庵野秀明監督の名前をいちやく有名にした、SFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、エヴァ)。1995年にTVシリーズとして放映が始まった『エヴァ』は、世紀を跨いでも人気が衰えることはありません。汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンに搭乗する碇シンジ、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーたち14歳の少年少女は今も多くの人を魅了し続けています。
2020年6月に劇場公開される予定だったシリーズ最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、新型コロナウイルスの影響で公開延期となりましたが、制作会社カラーの公式YouTubeチャンネルでは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007年)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)が現在無料配信中です。また、 NHK BSプレミアムでは5月16日(土)22時30分から『全エヴァンゲリオン大投票』が生放送されます。
四半世紀にわたって人々を熱中させてきた『エヴァ』が初放映された1995年、平成7年は、どんな年だったのでしょうか。『エヴァ』が誕生した社会背景を振り返ります。
■平均視聴率は7.1%だったTV放映
1995年は日本社会が大きく変動した1年でした。1月17日の早朝、阪神・淡路大震災が発生。6400人以上もの犠牲者を出し、道路・鉄道・水道・電気・ガス・電話などのライフラインはずたずたに寸断されました。村山富市社会党委員長が前年から内閣総理大臣を務める連立政権下で起きた、関東大震災以来となる大災害でした。
復興がなかなか進まないなか、さらに3月20日に地下鉄サリン事件が東京で起きます。化学兵器を使った「オウム真理教」による無差別テロは、日本だけでなく世界中を震撼させました。すでにバブル経済は弾けていましたが、このふたつの衝撃波によってバブルの余韻は完全に吹き飛びました。
「がんばろうKOBE」を合言葉に、イチロー選手のいるオリックス・ブルーウェーブがリーグ優勝を遂げたのもこの年です。東京ドームでは10月9日に新日本プロレスとUWFインターナショナルの全面対抗戦が行なわれました。マイクロソフトから「Windows95」が発売されたのは、同年11月です。近藤喜文監督の『耳をすませば』、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』もこの年に劇場公開されていますが、『GHOST IN THE SHELL』の人気に火が点いたのは翌年米国でビデオチャート1位を記録してからでした。
そんな折、『新世紀エヴァンゲリオン』のTV放映が、テレビ東京系で10月4日から始まりました。オリジナルビデオ作品『トップをねらえ!』(1988年)やTVアニメ『ふしぎの海のナディア』(NHK総合)で知名度を上げていた庵野監督のオリジナル新作でした。平日の夕方放送ということもあり、半年におよんだ放送の平均視聴率は7.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低調でしたが、ビデオ録画や深夜の再放送により人気が爆発することになります。
■波紋を呼んだTVシリーズの最終話
『劇場版 新世紀エヴァンゲリオン Air/まごころを君に』DVD(キングレコード)
父親との軋轢に悩むシンジ(CV:緒方恵美)、眼帯姿が印象的な綾波レイ(CV:林原めぐみ)、「あんた、バカぁ?」が口癖のアスカ(CV:宮村優子)、シンジの保護者となる葛城ミサト(CV:三石琴乃)……。貞本義行氏の描くキャラクターたちは、いずれも欠点を抱えていましたが、それゆえに人間的魅力を感じさせました。また、エヴァを襲う使徒の正体や「人類補完計画」をめぐる謎めいたストーリー設定に、視聴者はハマらずにはいられませんでした。
そして、大きな波紋を呼んだのがシリーズ終盤を迎えた第25話「終わる世界」、最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」です。それまで緻密なSFアニメとして進行していた『エヴァ』が、ラスト2話でシンジを中心にした「集団カウンセリング」を思わせる予想外な展開となったのです。静止画、文字とナレーション、さらには絵コンテ、線描されたヒョロヒョロのシンジ、細かく字が書き込まれた台本までもが画面上にさらけ出されました。「放送事故か?」と叫びたくなるようなシーンの連続でした。
使徒や「人類補完計画」の謎は明かされることなく、心の世界で葛藤を繰り返したシンジが「僕はここにいてもいいんだ」と自己肯定し、みんながシンジを祝福するシーンでTVシリーズは完結したのです。
■時代とシンクロする庵野監督
あまりにも多くの伏線が未回収のままだったため、TVシリーズとは異なる形の第25話と最終話を描いた『劇場版 新世紀エヴァンゲリオン Air/まごころを君に』が1997年に公開されます。賛否両論となったTV版の結末ですが、改めて見直すとシンジの心の世界を編集テクニックでうまく表現し、また制作スケジュールに追われる庵野監督自身の内面を生々しく反映していたことも感じさせます。
経済破綻、マスコミで連日報道される大震災の惨状、カルト教団による無差別テロ……。それまで当たり前と思っていた日常風景はあっけなく消滅し、1990年代後半の日本には終末感が漂っていました。そんな社会状況と、ひっ迫した『エヴァ』の制作事情、庵野監督の心理状態がシンクロしたことで、TV版『エヴァ』の伝説の最終回は生まれたのではないでしょうか。
新世紀を迎え、世界はさらに混沌化し、それまでの社会常識はますます通用しなくなっていきます。庵野監督は2011年に起きた福島第一原発事故をモチーフに、実写映画『シン・ゴジラ』(2016年)を撮り上げます。メルトダウンした原子炉のメタファーとして破壊神ゴジラは暴れ回り、首都・東京と旧世代の政治家たちを壊滅に追い込みました。シリーズ完結編となる『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ですが、『エヴァ』が誕生した1995年以降の「失われた時代」を、庵野監督がどう総括して描くのかにも注目したいと思います。
(長野辰次)
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