『四角いジャングル』劇画・映画・興行のメディアミックスを成立させた「昭和」の良さ
マグミクス / 2020年7月23日 19時10分
■物語が進むごとに、「主人公」の影が薄くなっていき…?
1980年2月27日、東京の蔵前国技館に1万1000人の観衆を集めで開催された、世紀の一戦『アントニオ猪木VSウィリー・ウイリアムス』。「格闘技世界一決定戦」と銘打たれ、プロレスと空手の威信をかけたこの一戦ですが、そこに至るまでの壮大な格闘ドラマを展開した作品が、1978年から1981年まで講談社の週刊少年マガジンで連載された『四角いジャングル』(作:梶原一騎 画:中城健)です。
今でこそ、Webサイトや紙媒体、イベントなどがリンクしたメディアミックスという手法が当たり前に行われる世の中になりましたが、この『四角いジャングル』は、プロレスの世界においてもそのハシリといえるものです。
連載当時、まだ開催前だった「猪木VSウィリー戦」へ向けて、オンタイムの週刊誌でさまざまなストーリーが紹介され、1978年には『四角いジャングル 格闘技世界一』、79年には『四角いジャングル・激突! 格闘技』、そして80年に『四角いジャングル・格闘技オリンピック』というドキュメンタリー映画が公開され、実際の興行と呼応するように物語が繰り広げられます。その内容も、数ある梶原一騎作品のなかで稀有なものかもしれません。
『四角いジャングル』が斬新だった点は、物語の前半と後半でストーリーの展開が大きく変わってしまうことです。現在もそうかもしれませんが、主人公が前半と後半で変わってしまう手法は、やはり斬新この上ないものです。
物語の前半は空手家の「赤星潮」が主人公となり、「行方不明になった兄を探しに渡米し、兄が他流試合で敗れた全米プロ空手(マーシャルアーツ)に復讐すべく、ボクシングやプロレスなど様々な格闘技のエッセンスを習得する」という成長ストーリーなのですが、単行本5巻から始まる第2部からは、冒頭で述べたとおり「猪木VSウィリー戦」へ向けたドキュメンタリー・タッチの話が展開します。
アントニオ猪木や、その参謀の新間寿、極真会館の大山倍達や後にUSA大山を設立する大山茂、“熊殺し”ウィリー・ウイリアムスや新格闘術の黒崎健時総帥に藤原敏男など(すべて敬称略)コク深い面々が現実とリンクする形で物語を彩っていくのですが、マンガの最初の主役である赤星潮は、時折、チョットだけ登場する通訳キャラに成り下がってしまいます。
■現実とのリンクが仇に? 圧倒的キャラ「ミスターX」の実際
メディアミックスとして展開されたドキュメンタリー映画『格闘技世界一-四角いジャングル-』
ちなみに赤星は、映画2作目『激突・格闘技』にも、明日を夢見る空手家として実写で登場しています(その正体は、梶原一騎の実弟にして映画の脚本を手掛け、極真空手の師範代でもあった作家の真樹日佐夫の弟子の高桑満弥です)。1981年に蔵前国技館に登場した『タイガーマスク』に先んじて、「マンガのキャラクターが実在する」という展開を見せるのですが、先に挙げた格闘技界の猛者たちのなかでは、第1部と同じように主役をつとめるのは荷が重いかもしれません。
そうしたなかで忘れられないキャラクターであり、『四角いジャングル』を象徴する人物が、覆面空手家の「ミスターX」ですが、これがとんだ食わせ物です。
劇画では80キロで走行するキャデラックを飛び越え、さらにはその後輪部分を軽々と持ち上げてしまう超人的な人物として描かれているのですが、実際に1979年の大阪府立体育館に登場した「X」は、「ただのデブ」だの「空手ダルマ」だの揶揄されるデクの坊。聞けば来日予定だった「本当の中身の人」が、ギャラの折り合いのトラブルで来日不能になり、急きょ立てられた代役らしいのですが、肝心の試合内容自体は酷評されるほどでもなかったように思います。
もちろん、ペチペチと音がするような「X」のボディブローや、足が上がらないキックなどは劇画の中のキャラと大違いなのですが、改めて映像を見るとそういう相手でも試合を何とか成立させてしまうアントニオ猪木の力量はサスガです。
その後の「X」に関しては劇画のなかでも「替え玉説」を展開し、大山茂師範とウィリーが「本物は暗に始末した」ことを匂わせるのですが、そんなインチキくさい結末を力技で成立させてしまうおおらかさも、当時メディアミックスを展開した『四角いジャングル』ならではのもの。今の時代、マスクマンの正体など検索すればいとも簡単に分かってしまいますが、そうしたものがファンタジーとして成立したのも、昭和の良さなのかもしれません。
(渡辺まこと)
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