京アニ制作『聲の形』が「金ロー」に登場 不完全な世界には、怒りよりも愛情を
マグミクス / 2020年7月31日 8時10分
■いじめをテーマにした繊細なドラマ
誰しも、胸の奥には誰かを傷つけてしまった苦い思い出があるのではないでしょうか。相手の気持ちを理解せずに、思慮の浅い言動をしてしまい、溝ができてしまった友達の顔が思い浮かびます。長編アニメーション『映画 聲の形』(2016年)は、そんな少年少女期のシビアな体験をテーマにした作品です。2020年7月31日(金)の「金曜ロードSHOW!」(日本テレビ系)で全国放映されます。
「週刊少年マガジン」で連載された大今良時氏の同名コミックを原作に、京都アニメーションが制作。「けいおん!」シリーズ(TBS系)でおなじみ、山田尚子監督と脚本家・吉田玲子さんとのタッグ作です。国内興収23億円の大ヒットとなり、世界各国で上映されています。
聴覚障害、いじめ、自死……。『聲の形』は簡単ではないテーマを扱っていますが、京都アニメーションらしく、登場キャラクターたちの揺れ動く内面が非常に繊細に描かれています。音楽や自然描写も美しく、まさに「京アニクオリティー」と呼ぶのにふさわしい珠玉作となっています。
■事件がきっかけで心を閉ざすようになった将也
物語の主人公となるのは、高校生の石田将也(いしだ・しょうや/CV:入野自由)。将也はいつもひとりぼっちで過ごしてきましたが、それは小学生の時に起きたある事件が原因でした。小6になった将也(少年時のCV:松岡茉優)のクラスに、耳が不自由な女の子、西宮硝子(にしみや・しょうこ/CV:早見沙織)が転入してきます。硝子が現れて以降、それまで安定していたクラス内のバランスが崩れたことから、将也は硝子をいじめるようになるのでした。
将也のいじめを他のクラスメイトたちは黙認していたのですが、将也が壊した硝子の補聴器が高額だったため、両家の親を巻き込んだ校内問題となります。クラスメイトや担任教師は将也ひとりに責任を押しつけ、さらには硝子の代わりに将也がいじめの標的となるのでした。
この事件がきっかけで、将也は中学でも高校でも友達をつくることができず、ぼっちライフを送るようになります。この先、生きていても楽しいことはない。そう考えた将也は、自死を決意します。死ぬ前に、硝子にもう一度会って、謝罪しよう。将也が硝子のもとを訪ねたことから、物語が動き始めます。そして、ふたりの再会が思いがけない波紋を広げていくのでした。
■×印で顔が覆われたクラスメイトたち
著:大今良時 原作コミックス『聲の形』第1巻(講談社)
将也は小6の時にいじめに遭ったのは、自分の責任だと感じています。自分は生きていても仕方のない人間だと思うようになり、周囲にいる人たちの顔を真っ直ぐに見ることができずにいます。原作と同様にアニメ版でも、高校生になった将也のクラスメイトたちの顔はみんな、×印で隠されています。自分の周囲の人たちの顔が×印で覆われていたら、まっとうにコミュニケーションすることができません。本来は元気な男の子だった将也ですが、小6のいじめ事件以降、かなりしんどい5年間を過ごしてきたことが分かります。
心を閉ざしてきた将也は、硝子と再会して謝るために、こっそりと手話を勉強しました。まだ拙い手話なので、内気な硝子との対話はなかなかうまくは進みません。それでも将也の手話を学び、硝子にもう一度会いたいという前向きな気持ちが、5年間の空白を埋めていくことになるのです。
硝子と再会できたことから、将也の心境に変化が生じます。それまで同じクラスにいながらも名前すら知らなかった永束友宏(ながつか・ともひろ/CV:小野賢章)と友達になり、少しずつ周囲の人たちの顔から×印が消えていくのです。
■いじめる側の論理もクローズアップ
いじめっ子が改心し、いじめていた子と仲直りするお話、とざっくり要約すると「きれいごと」だけの薄っぺらいものと思われるかもしれませんが、『聲の形』は「きれいごと」だけの物語では終わりません。クラス内の空気を乱す存在をハブる、いじめる側の論理についても、しっかりと触れています。
キーパーソンとなるのは、小6の時に将也と同じクラスにいた活発な女の子、植野直花(うえの・なおか/CV:金子有希)です。将也と一緒にいじめに加担していた植野は、高校生になった今でも硝子に対して距離を置こうとします。いつも、「ごめんなさい」と謝る硝子の卑屈な態度が好きになれずにいたのです。
物語の後半、将也、硝子、永束たちはみんなで遊園地へと出かけます。植野も一緒です。明らかに不穏な空気を漂わせながら、植野は硝子を誘ってふたりきりで観覧車に乗り込みます。誰もいない密室空間で、植野は思っている気持ちを硝子に正直に吐露します。女子同士の緊迫した観覧車シーンは、要チェックです。
■生きている人間は、みんな不完全な存在
将也、硝子、永束、それに植野……。『聲の形』の登場キャラクターたちはそれぞれ欠点を抱え、自分で自分のことを好きになれずにいます。でも、現実世界には欠点のない完璧な人間は、まずいません。
誰しもいろんな悩みを抱え、過ちをたびたび犯してしまうものです。生きている人間は、みんな不完全な存在だと言ってもいいのではないでしょうか。不完全な人間同士が、コミュニケーションを何度も重ねることで、ようやく成り立っているのが現状の世界です。そんな世界に向かって、怒りをぶつけると、元々が不完全な人間たちで構成されている世界は、あっけなくバラバラになってしまいます。
不完全な世界と不完全なコミュニケーションには、怒りよりも愛情を。そんな寛容さを身に付けられるようになりたいものです。
最後になりましたが、『映画 聲の形』のキャラクターデザインおよび総作画監督を務めた西屋太志さん、原画および絵コンテを担当した木上益治さんをはじめ、京都アニメーションの多くのスタッフが、2019年7月18日に起きた放火殺人事件で亡くなっています。改めて、事件で亡くなった方たちのご冥福をお祈りします。
(長野辰次)
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