『コクリコ坂から』に潜む歴史の闇 宮崎吾朗監督が抱える、逃れられない呪いとは?
マグミクス / 2020年8月20日 19時10分
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■ファンタジーではないジブリアニメ
スタジオジブリの人気劇場アニメ『コクリコ坂から』(2011年)が、4年ぶりに地上波で全国放映されます。放送枠は2020年8月21日(金)の「金曜ロードSHOW!」(日本テレビ系)です。宮崎吾朗監督のデビュー2作目となる本作は、興収44.6億円のヒットを記録。宮崎吾朗監督の父親である宮崎駿氏は、企画・脚本を担当しています。
建設業界出身、アニメーター経験のなかった宮崎吾朗監督に対して、デビュー作『ゲド戦記』(2006年)では「二世監督」という厳しい声も出ましたが、興収76.9億円という結果を残しました。『コクリコ坂から』はスタジオジブリらしさを感じさせつつ、それまでのジブリにはなかった新しさも吹き込まれた作品となっています。
宮崎駿作品はSFやファンタジーものが多かったのですが、『コクリコ坂から』は高校生の男女を主人公にした青春・恋愛ものです。学生運動が華やかだった1960年代を舞台にしているため、現代から見れば一種のファンタジーのように思える世界ですが、ジャンル的には非ファンタジー作品となっています。
■少女マンガ原作ならではの驚きの展開
主人公となるのは、横浜で暮らす高校2年生の海(CV:長澤まさみ)。船乗りだった父親は、海が幼い頃に亡くなっています。母親は大学助教授をしており、家にはほとんどいません。海は下宿生たちのために朝ご飯の準備や洗濯をするなど、寮母のように忙しく働いています。いかにもスタジオジブリらしい、明るく健気なヒロインです。
そんな海は、高校に昔からある文化系の部室棟「カルチェラタン」の存続運動をめぐって、学生新聞を発行する高校3年生の俊(CV:岡田准一)と知り合い、お互いに惹かれるものを感じるのでした。海の自宅で開かれるパーティーに俊も参加し、いいムードになるふたりです。ところが、海が亡くなった父親の写真を見せたところ、俊は顔をこわばらせるのでした。
急によそよそしくなった俊の態度に、海は戸惑います。少女マンガ原作(原案:佐山哲郎、作画:高橋千鶴)ならではの驚きの展開に加え、海の自宅の下宿人たち、カルチェラタンを守ろうとする同級生たち、さらに出版社を経営する徳丸理事長(CV:香川照之)など、個性豊かなキャラクターたちがドヤドヤと登場する、賑やかなドラマとなっています。
■宮崎駿氏が脚本に忍ばせた“歴史の闇”
デビュー作『ゲド戦記』は無我夢中で作った宮崎吾朗監督ですが、2作目となる『コクリコ坂から』は多彩な登場キャラクターたちをひとりずつ丁寧に造形していることが伝わってきます。俊と海の恋物語を盛り上げるための脇役ではなく、それぞれが高度経済成長期に自分の夢やこだわりに向かって突き進んでいることが感じられます。宮崎駿作品でおなじみの久石譲音楽ではなく、ジャズ音楽を多用している点も新鮮さを与えています。
一方、「さすが宮崎駿だな」と思わせたのは、脚本にこっそりと盛り込んだ“歴史の闇”です。海の父親は、朝鮮戦争(1950年~1953年)で亡くなっています。米国とソ連との代理戦争として勃発した朝鮮戦争ですが、実は日本も朝鮮半島で起きたこの戦争に加担していたのです。太平洋戦争に負けた日本は平和憲法で戦争の放棄を誓ったことから、朝鮮戦争の最前線での戦闘には関わっていなかったものの、海上の機雷撤去や物資の支援などで米軍側に協力していました。
少なくない日本人が、朝鮮戦争で亡くなっています。LST(揚陸艦)の船長をしていた海の父親も、そのひとりだったのです。日本は表向き、朝鮮戦争には参加していないことになっていたので、この事実は一般的にはあまり知られていません。でも、朝鮮戦争がきっかけで、敗戦から間もなかった日本は景気が上向きになり、高度経済成長を迎えることになったのです。海や俊たちが青春を謳歌している影には、戦争という歴史の闇が大きく広がっていたのです。
宮崎吾朗監督の真面目で実直な性格は作品からも伝わってきますが、父・宮崎駿氏のような映画作家としての裏技、物語の重層性も体得できるようになれば、さらに成長するのではないでしょうか。
■尊敬と嫌悪、という矛盾する複雑な感情
他の映画監督たちと違い、宮崎吾朗監督はデビューした時から否応なく明確なテーマを持つことになりました。それは偉大な「父親」という存在をどう乗り越えるかという問題です。これは宮崎吾朗監督が抱える永遠のテーマであり、宮崎駿氏が多くの作品のなかで触れてきた、逃れられない「呪い」だともいえるでしょう。
宮崎吾朗監督は、父・宮崎駿氏のことを「映画監督としては尊敬している」ものの、仕事漬けで自宅にほとんどいなかったことから「父親としては失格」と矛盾した感情を抱いているようです。2011年に放映されたドキュメンタリー番組『ふたり コクリコ坂・父と子の300日戦争』(NHK総合)でも、宮崎吾朗監督は父・宮崎駿氏の存在を過剰に意識し、スタジオでもなるべく距離を置こうとしている姿をカメラは映し出していました。でも、父性的存在に対する尊敬と嫌悪という矛盾する感情こそ、作家らしい重要なテーマのように思えます。
海と俊は自分たちではどうしようもない生い立ちの問題に悩みますが、やがてふたりはそんな難問にも真っ直ぐに向き合うことを決意します。現時点では、『コクリコ坂から』は宮崎吾朗監督のベスト作品といえるでしょう。でも、いつか『コクリコ坂から』を上回る作品を見せてくれることを、宮崎吾朗監督には期待したいと思います。
(長野辰次)
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