マンガ『死んだ彼氏の脳味噌の話』のQuqu先生、普遍的テーマ「愛」の一歩先を描く
マグミクス / 2020年9月1日 17時10分
■好きでいる「理由」がなくなっても愛せるかどうか?
恋人と付き合っているのは、相手が自分を喜ばせてくれて、自分が好きな要素を持っているから。子供をかわいいと思うのは、自分にとって嬉しい行動をしてくれる良い子だから。そういった「○○だから」の部分が対象から無くなった時、自分はどうするのか……皆さんは考えたことはありますか?
マンガ『死んだ彼氏の脳味噌の話』(KADOKAWA)は、”本当の愛とはなにか”を近未来の不思議な技術を通して描いた作品。SNSで大きな反響を集めた7つの短編マンガに26ページの描き下ろしエピソードを加えた短編集として発売されています。作者のQuqu先生に聞きました。
* * *
――『死んだ彼氏の脳味噌の話』は、「愛」というテーマが主軸となり、それぞれの物語のつながりが感じられます。一連のエピソードをどのように発想されたのでしょうか?
Ququ先生(以下、敬称略) 今回の短編集では、どの話も一貫して「愛することができるか」という「愛の可能性」がテーマになっています。
「愛の可能性」は、自分自身の永遠のテーマでもあり、Twitterで発表可能な20ページ程度の短編で、幅広い層の方に刺さる物語を考えた結果、たどりついたテーマでもありました。
各話の構想にあたっては、「愛することができるか」という問いから産まれる不安が発生するような関係性、場面を考え、SF的に誇張する……という作り方をしていましたが、「確かにそういう葛藤が生まれうる」というリアルさを損なわないようにするのが大変でした。
――作中にはSF要素を感じさせる「架空の技術」がいくつか登場しますが、どれもユニークな機能ばかりです。それらの「技術」について、着想のもとになったものはありましたか?
Ququ 作品によって発想の仕方はまちまちでした。「愛の可能性」を一貫したテーマにすることは決めていたので、そういった問いを発生させるような技術はどのようなものか……と考えることで生まれた製品もあり、「よいこくん」はその典型です。「良い子じゃなくなっても愛せるのか」という問いを直接的に生成する仕掛けになっています。
「元カレと三角関係」は、恋人同士を描こうという発想から始まり、自分を好きなはずの彼女が、自分と合わないタイプの元カレと自分を比較することがあるならそれはどんな場面か……と考えたところ、元カレが瀕死というアイデアが出てきて、もともと知っていたALS患者の方向けの分身ロボットから技術の着想を得ました。
「ケイタ」はまた違って、昔のペットロボットのサポートが終わるという記事から最初の着想を得たものです。完全に既存の製品からスタートしてテーマにつなげた話でした。
■物語の核心に迫る、「技術」の作り手たちのエピソード
「架空の技術」は登場人物たちを一時は助けるが、やがて彼女らはそれぞれの答えを見つけて行動を起こしていく。『死んだ彼氏の脳味噌の話』より
――人間の心とテクノロジーの関係について、どのようにお考えでしょうか?
Ququ 技術を使う側として考えた時、テクノロジーは何ができて何ができないかを規定するという意味で、その時々の制約条件という側面があると思います。そして、成すのが難しいこと=「有り難いこと」が尊いことだとすると、テクノロジーのあり方は、我々が「何を尊いと感じるか」という価値観に影響を与えるものと言うこともできます。その意味では、心は一定程度テクノロジーに規定されると考えています。
一方で、どれだけテクノロジーが発達しようと、人間が人間の心を持つ限り「有り難い」ことはあります。その代表が愛すること、痛みを伴う場面でも他人を思いやることだと考えており、その思いがテーマ設定にもつながっています。
登場人物たちは技術によってどのような環境に放り込まれようとも、人間関係を前に進めるために最後には自分の意思で行動していきます。私のそういう考えがそこに反映されているのかもしれません。
――単行本に書き下ろされた「結成」と最終話「世界は愛に溢れている」は「技術」を生み出した会社のエピソードで、ここを読むことで物語全体の背景や真相がわかる仕掛けになっています。同社の技術者・ショウコは人を愛することを知らない大人として描かれていますが、どのような人物像をイメージされたのでしょうか?
Ququ ショウコは、自分の技術なら成功できると確信している自信家で、問題意識より功名心や自分の夢が先んじてしまっており、また顧客の意見どころか仲間の意見にも耳を貸そうとしません。
ベンチャー企業を立ち上げて起業する失敗の典型として、顧客のニーズを無視して求められていないものを作ってしまうことが挙げられますが、動機も手段も「自分のことだけ」になって失敗してしまう起業家……そんな人物をイメージして描きました。
――最後の結末をハッピーエンドと受け取るかどうかも読者に委ねられるような、余韻の残る物語でした。同作をまだ知らない読者や、記事を読んで興味を持ってくれた読者に向けて、ひとことメッセージをお願いします。
実は、描き下ろしの物語だけは、他の短編の「愛せるか」という問いを包括したうえで、次の問いに進める話になっています。終わり方については複数案あり、編集担当者をはじめいろんな方の意見をいただきながら今の形になったのですが、結果としてとても良い終わり方になったと思っています。
「愛」という普遍的なテーマを扱った物語としては、今描けることは全部描き、さらに一歩踏み込んだという感じです。初の単行本で大げさですが、遺作になってもいいかなと思える本になりました。
登場人物が直面する問いは、SF的に誇張されつつも、誰もが直面し得る問いとして描いています。登場人物の誰かは、あなたの鏡かもしれません。技術的な「もしも」だけではなく、人間関係として「もしも自分がこの状況だったら…」と想像していただき、いつもの人間関係から新しい何かを見つける機会になればとても嬉しいです。
(井上椋太)
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