アニメ作品の役を「お金で買う」の意味は? 声優選びをめぐる、危険でドライな実情
マグミクス / 2020年11月27日 19時10分
■「お金を出して役を買う」の半分は事実?
いつだったか、とあるゴシップ媒体に、「声優業界に進出した大手芸能事務所が、お金を出してアニメ作品の役を買っている」といった旨の記事が掲載され、いわゆるまとめサイトを通して拡散されたことがありました。それに対する反応はおおむね「金の力で汚いことしやがって」「これぞ声優業界の暗部」というものだったように記憶しています。
結論から言うと、この噂の半分は本当ですが半分は大きな誤解です。
アニメを作るには高額の資金が必要となるため、通常は製作委員会が組まれます。複数の会社が資金を持ち寄り、それぞれの会社が出資と引き換えに窓口権を手に入れるというものです。窓口権の考え方は、ざっくり説明すると次のようなものです。
例えば、A社というグッズ制作会社が製作委員会に出資して、「国内版権窓口」を独占的に手に入れたとします。すると、その作品のグッズを日本国内で売る(もしくは販売を統括する)権利はA社だけのものになり、A社は日本国内でのグッズ売上から窓口手数料を天引きすることができます。出資した作品がヒットすればするほど、出資比率に応じた作品全体の売上からの配分金に加え、グッズ売上による窓口手数料が発生するわけですから、A社の利益はより大きくなるという仕組みです。
難しすぎるでしょうか? であれば、もっとざっくりと、「お金を出す会社は作品の権利の一部を持てる」と考えてください。
この「お金を出す会社」に、声優の事務所や音楽レーベルが入ることがあります。彼らは出資と引き換えに、その作品に「自社の声優を出演させる権利」や「主題歌として自社の音楽を流す権利」を手に入れることになります。そうして指名される声優やアーティストは、重大な犯罪に手を染めた前歴があるといった余程のことがない限り、製作委員会に拒否されることはありません。
「お金を出して役を買っている」の真相は、要するにこれでしょう。形としては確かに買っていることになるかもしれませんが、ゴシップ媒体やまとめサイトで噂されるような裏金的なものでは決してなく、極めてドライなビジネスです。契約書を確認すれば、厳密な条件や金額がちゃんと記載されています。
では、そんなふうに「役を買ってもらった」声優やアーティストは、オーディションを勝ち抜いた人と比較して「楽をしている」「ズルをしている」と受け取って良いものでしょうか? そんなことはありません。
■「買われた役」をあてがわれた側の重圧と危険
「買われた役」をあてがわれる声優やアーティストは、事務所やレーベルが大きな期待を寄せている人に限られます。この「期待」というのは全く精神論的なものではなく、「投資した金額以上のお金を間違いなく稼いでくれますよね?」という意味での期待です。
仮に総製作費が3億円で、その10%の金額を出資することで「役を買う」とします。1クールの深夜アニメの場合、放映期間はおよそ3か月ですから、買った役をあてがった声優がその3か月の間に3000万円以上を稼いでくれないことには、赤字になってしまいます。
もし赤字になった場合、お金を出した側はどう考えて何と言うでしょう? 「今回はダメだったけど次は頑張れよ」と言ってくれるのだとしたら、神様のように優しい人です。「あいつはどうもダメだから、あきらめて他に当たろう」という結論を下されてもおかしくありません。お金や手間をかけるだけ無駄だったとして、二度とチャンスが与えられず飼い殺しにされる危険性も、相当高い確率であるわけです。
不適切な関係によって役をあてがってもらったと思われないよう、日常生活の振る舞いから発言に至るまで細心の注意を払う努力も求められます。アニメ業界も人間の集まりですから、どこの誰に不適切な関係が存在する……といった噂は常に飛び交っています。噂の真偽はともかく、実際にそんな関係が存在すると判断されただけで、声優やアーティスト本人だけでなく、所属事務所やレーベル自体がキャスティングの選択肢から除外されます。製作委員会で結んだ契約を台無しにされてしまう可能性があるからです。
これも単なる精神論ではなく、契約書に記載されたリスクです。製作委員会の契約書にも「解除」の条文はもちろんあります。お金を出したどの会社も、他の会社の行動によって損失をこうむったり著しく名誉を傷つけられたりしたら無条件で契約を解除して損害賠償を請求することができる……というものです。
不適切な関係によるスキャンダルがこれに抵触する可能性は充分にあります。出資金をドブに捨てることになるうえ、裁判まで起こされてしまうという意味です。そしてその裁判には、まず勝つことができないでしょう。
「買われた役」を背負った若い声優やアーティストが、見ていてちょっと可哀そうになるほど死にものぐるいになる姿を、何度も目にしたことがあります。オーディションを経ていようがいまいが、楽な道はないのです。
(おふとん犬)
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