1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. 面白ネタ

人生観が変わる『稲中』古谷実の傑作4選。『進撃の巨人』作者もイチオシの漫画とは?

マグミクス / 2020年11月30日 18時30分

人生観が変わる『稲中』古谷実の傑作4選。『進撃の巨人』作者もイチオシの漫画とは?

■「笑いの時代は終わりました…」衝撃の路線変更

 2020年第92回アカデミー賞において外国語映画として史上初の「作品賞」を受賞した『パラサイト 半地下の家族』。この偉業を成し遂げたポン・ジュノ監督は、日本のマンガ好きとしても知られています。監督がとりわけ影響を受けた漫画家に挙げているのが『行け!稲中卓球部』などで知られる古谷実氏です。

 デビュー作『稲中』がいきなり社会現象となり、華々しいキャリアをスタートさせて以降も、軒並みヒット作を連発。これまで発表してきた作品の多くは映像化され、その度に新しいファンを獲得し続けています。はたして、古谷実作品の何が私たちの心を惹きつけるのでしょうか。今回はそんな古谷実作品の中から『稲中』以降の4作品をピックアップ。内容を解説しながらその魅力の本質に迫ります。

●『僕といっしょ』(全4巻)

 古谷実氏の連載第2作目がこの『僕といっしょ』です。主人公の先坂すぐ夫は、『稲中』のメンバーと同じく14歳。母親の死をきっかけに小学3年生の弟・いく夫とともに養父から逃げ出し、あてもないまま上京するところから物語は始まります。

 スリ常習犯のイトキンや、進学校に嫌気が差して家出をした美少年カズキらと出会い、いつの間にやら人生に悩める女子高生・吉田あや子の家に居候することに……。前作『稲中』となんら変わらぬテンションで繰り出されるギャグと魅力的なキャラクターたちが織りなす混沌とした日常はまさに爆笑必至です。

 ただし、決定的に前作と違うことはリアリティの差。保護者のいない中学生たちが生きていくにはお金も住む場所も必要。とはいえ中学生を雇ってくれるところなどありません。明日の生活はどうする? 弟いく夫の将来はどうする? もしプロ野球選手になれなかったら(すぐ夫は指名打者だけでプロ野球選手になるという無謀な夢を持つ)?

 そんな死活問題への不安が時として顔を覗かせ、その不安を追い払うように彼らは暴れ回ります。どこまでもギャグとしてのハイテンションは保ちつつ、つま先がわずかながら現実についている、ハードコアな青春物語としても楽しめる傑作です。

●『ヒミズ』(全4巻)

『ヒミズ』第1巻(講談社)

「笑いの時代は終わりました…。これより、不道徳の時間を始めます。」

 単行本1巻の帯に載せられたこの文章からも分かる通り、これまでの古谷氏のイメージを大きく覆した作品です。これまで、2004年に舞台化、2007年には小説化、そして2012年には園子温監督によって映画化もされています。

 主人公は中学3年生の住田。実家は貸しボート屋を経営するも貧しく、風呂なしのプレハブ小屋で母親と生活しています。彼は「普通であること」を信条に掲げ、夢や希望を語る人間をどこか冷笑的な目線で眺める達観した人生観の持ち主。物語序盤ではそんな住田と親友の夜野、そして小説版では主人公になる恋人・茶沢との日常が静謐ながらどこか危ういタッチで描かれていくのですが……とある事件をきっかけに住田を取り巻く環境は一変。学校にも家にも帰らず「悪い奴を見つけて殺す」という“不道徳”なノルマを自らに課し放浪生活を始めます。

 誰よりも普通に憧れていたはずの住田が、誰よりも異常な生活を送ることになる……現実の不条理に直面した少年の心象風景を、残酷なまでに克明に描いていきます。誰もが茫然自失した衝撃のラストにも注目です。

 また、古谷実作品のテーマのひとつ「日常に埋没している狂気」も、この作品からクローズアップされていきます。住田の貸しボート屋に勤めることになった浮浪者の男性、幼馴染の少女に劣情を抱く高校生など、サブキャラクターの挿話も多彩です。

■『進撃の巨人』の作者が“生涯ベスト”と語った問題作

●『ヒメアノ~ル』(全6巻)

『ヒメアノ~ル』 第1巻(講談社)

 2016年に吉田恵輔監督により映画化された作品で、快楽殺人にスポットを当てた“問題作”として話題を呼びました。

 主人公・岡田は平凡な人生に焦燥感を抱く清掃員。彼が同僚の“ピュア中年”安藤さんが片思い中のカフェ店員・ゆかと恋仲になり、嫉妬に狂った安藤さんから嫌がらせを受ける……そんなほのぼのしたコメディパートと並行して、快楽殺人者である森田のエピソードが展開され、日常に埋没する狂気を立体的に描写します。

 この作品の凄まじいところは、なんといっても快楽殺人に“生まれてしまった”森田の苦悩を描いたところです(映画版では監督の意向で「いじめが原因で快楽殺人者になってしまった」という設定に変更)。同じく古谷実作品の『シガテラ』(全6巻)では主人公の荻野が「自分が異常性愛者でないのは運が良いだけなのかも」と感慨に耽るシーンがありますが、この『ヒメアノ~ル』ではそんな異常性愛者側の心理を前景化しています。

 自分が快楽殺人者であることに気づいた時の森田の深い絶望に同情を禁じ得ませんが、一方で「自分は今、連続殺人鬼に同情をしている」という事実に読者の倫理観は大きく揺さぶられます。また本作は『進撃の巨人』の作者である諫山創氏も自身のブログで「反社会性人格障害者の悲哀」を描いた作品として「生涯ベスト級の漫画」と絶賛しています。

●『ゲレクシス』(全2巻)

『ゲレクシス』第1巻(講談社)

 デビュー以降一貫して週刊「ヤングマガジン」に作品を連載してきた古谷氏が初めて「イブニング」で連載した作品です。

 バウムクーヘン屋の店主である大西たつみ(40)がある日、公園にたたずむ女性に初恋。ところが彼女はいきなり卵型に変身。さらに大西までも“ケツ”のような物体に変身してしまい……序盤から息継ぎなしのクレイジーワールドが展開される作品です。

『水曜日のダウンタウン』(TBS)のプロデューサーである藤井健太郎さんがTwitterで「古谷実の『ゲレクシス』2巻から読んで理解できる人マジで0人説。」と紹介していた通り、わずか2巻ながら「あらすじ」を紹介することが極めて難しい作品です。

 初期のハイテンションな作風を感じさせながらも、同時に孤独の中でもがく人間の悲哀も味わえる、ある意味では古谷実の世界観を丸ごと2巻に凝縮したような作品といえるでしょう。読了後、頭のネジが緩んでいること間違いなしです。

 ここで紹介した4作品はタイトルに併記した全巻数からも分かる通り、『稲中』以外の古谷実作品はすべて6巻以内で完結しています。どこまでも現実と地続きの狂気を、比較的短い物語の中で描き切る手腕はまさに天才的です。短いからこそ、何度でも読み返したくなる……気づけばどっぷりハマっている古谷実の世界、一度足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

(片野)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください