前代未聞の漫画に挑む「ヤンジャン」編集者・李さん「リアル版バクマン。を楽しんで」
マグミクス / 2021年2月23日 15時10分
![前代未聞の漫画に挑む「ヤンジャン」編集者・李さん「リアル版バクマン。を楽しんで」](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_47621_0-small.jpg)
■作家の「武器」を考え抜いて生まれた、人気2作品
数々の話題作を生み出している集英社のマンガアプリ「少年ジャンプ+」が、次世代のスター漫画家の発掘を目的とした新漫画賞「MILLION TAG」(ミリオンタッグ)を発表し、挑戦者を募集しています。選考を経て選ばれた6人の連載候補作家と、集英社の編集者6人がそれぞれタッグを組んで優勝を目指し、作品の制作過程も動画配信されるという、前代未聞の企画です。
集英社から「MILLION TAG」に参加する編集者は、いずれもヒット作を次々と生み出し続けているスゴ腕の編集者たちです。彼らは普段の作品づくりや今回の「MILLION TAG」について何を考えているのでしょうか。今回は、連載候補者とタッグを組む編集者のひとり、「週刊ヤングジャンプ」編集部の李光朗さんにお話を聞きました。
李さんは、『久保さんは僕を許さない』(作・雪森寧々)、『疫神のカルテ』(作・樋口紀信)、『転生ゴブリンだけど質問ある?』(原作・三木なずな、マンガ・荒木宰)などの作品を担当しています。
* * *
──面白い作品を生み出すために、普段から担当作家とどのようなやりとりを心がけていますか?
李光朗さん(以下、敬称略) 作家さんによって、それぞれ「武器」となるものは違います。例えば、女の子の絵を魅力的に描ける人、目を引く演出力のある人、共感度の高い人間を描くのが上手な人、嫌なヤツを描くのが得意な人……。
そうした作家の個性に基づいて、どういう企画やジャンルが適正なのかを考えます。『久保さんは僕を許さない』の雪森寧々先生はまさに、ラブコメが持ち味と合致していて、作品の中でいいところがたくさん出ています。
『疫神のカルテ』の樋口紀信先生は、画力や演出力、セリフの力が突出していました。ですが、ダークファンタジーというだけだと、企画として少し曖昧になりがちなので、「医療」というテーマと絡ませたんです。樋口先生は取材力も高く、それが作品の面白さにも反映されています。
漫画家の強みを見極めた上で、作品や企画を面白くするためにどうすればいいかを考える。漫画家の強みを見つけ出すために、相手としっかり打ち合わせをするのが一番重要だと思います。
李さんの担当作品のひとつ『久保さんは僕を許さない』。クラスで目立たない”モブ男子“の主人公と、クラス一の美少女で、何かと主人公にちょっかいをかけてくる久保さんの物語 (C)雪森寧々/集英社
──多くの作品がひしめき合う「1対1ラブコメ」のジャンルで、『久保さんは僕を許さない』は見事にヒットしました。どのようにして生まれた企画だったのでしょうか?
雪森先生の強みは、「女の子の可愛さの質が高い」という点にあります。誰もが思い浮かべる理想の美少女を描く能力が非常に高いのです。作家が持つ唯一無二の武器をどう最大化させて、強い絵をどこにもっていくか……といった工夫を重ねました。「ラブコメ」というフォーマットや「学校」というシチュエーションはいたって一般的ですが、先生自身の持ち味が開花して、この作品にしかないピュアさや甘酸っぱさが表現されたことが、ヒットにつながったと思っています。
──では、『疫神のカルテ』は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
李 『疫神のカルテ』は、構想にとても時間がかかったのを覚えています。樋口先生は青年誌にぴったりな演出力や、立ち絵で魅了する画力、設定構築力、セリフ単体の説得力などを備えた、非常に高いレベルの作家さんです。しかし、いろいろ描けるがゆえに、作品が肥大化してしまうという懸念もありました。一般的なダークファンタジーという要素だけでは、なかなか企画が立ちづらい……どういうフォーマットにはめるのが一番いいのかを考えた末に、「患者を救う医師」の要素を加えました。
企画の構想に約2年、そこから連載開始までにさらに1年かかっているので、3年かかってようやく今の形を実現できたんです。
■「ぶっつけ本番」で箱根駅伝のたすきをもらう緊張感
李さんの担当作品のひとつ『疫神のカルテ』。SFアクションに「医療」の要素が盛り込まれている (C)樋口紀信/集英社
──「MILLION TAG」では、作家の方とどう向き合いたいと考えていますか?
李 まず、編集者として「期間が限られている」というのが非常に大きなポイントだと感じています。普段の仕事だと、「この作家さんは今年中に連載を目指そう」「この作家さんは年単位で時間をかけて、連載する体力、身に付けさせよう」など、作家さんの性質や実力に合わせてプロデュースを考えることが多いです。
しかし今回は、出会ってからわずか半年で適性や資質、ハマる企画を見極めなければいけないので、いつも以上の速度、精度が問われることになりますね。僕のなかでは、「ぶっつけ本番で箱根駅伝のたすきをもらう」というイメージを持っています。ペース配分を間違えると、まずいことになるだろうという緊張感があります。
──そんな新しいチャレンジとなる「MILLION TAG」に挑むことは、李さんにとってどんなメリットがありますか?
李 デジタル媒体をはじめとしてマンガを読める場所が増えたことにより、かつてのように紙の雑誌に掲載されるだけで十分な宣伝を果たせるという時代ではなくなっています。時には編集者が自ら広告塔となって、前に出ないといけないという意識も常にありました。「MILLION TAG」のような企画で注目を集めることで、担当作品が視聴者の方の目にとまったり、タイトルを知ってもらう機会が増える。さらに、私自身も今までにはない手段で「才能」と出会う可能性が広がることが、大きなメリットだと思います。
また、マンガ編集者の仕事を見てもらうことで、持ち込みをする作家さんにも安心感を持ってもらいたいですね。僕は「ヤングジャンプ」編集部を代表して参加するので、青年マンガ仕事がどのようなものなのかを知っていただけたら嬉しいです。
──逆に、挑戦者にとっては、どんなメリットがあるとお考えですか?
李 マンガ業界は好調に見えますが、ヒット作の裏で注目されることなく終わる作品もたくさんあります。デジタルコミックも増えているので、新刊の数は10年前よりはるかに増加しているのではないでしょうか。そんななかで、無名の作家の新連載を、「ここで読めるよ」「この棚に単行本があるよ」といかに認知してもらうか。これが非常に重要なんです。
「MILLION TAG」では制作過程から、多くの読者に注目される状態で作品をスタートできます。連載開始前から注目される作家や作品となれるチャンスがあるということ。そこにやりがいを感じていただけるのなら、ぜひ挑戦してもらいたいです。
■作家の思いをどう「出力」し、世の中の価値観と接続していくか?
李さんの担当作品のひとつ『転生ゴブリンだけど質問ある?』 (C)三木なずな・荒木宰/集英社
──マンガのヒット作を生み出すうえで、編集者の方々は「面白さを見出す」ことが非常に重要だと思います。普段からどんな点を意識して、仕事をされていますか?
李 これは難しい質問ですね(笑)。
僕は常に、マンガにおいて一番大切なのは「キャラクター」であると考えています。キャラクターそのものの面白さが、マンガの面白さの大事な部分を占めているかなと。実際に僕は、キャラクターを考えるときにYouTuberやタレントなど、今どんなタイプの人が世の中で受け入れられやすいのかをよくチェックします。
たとえば、お笑い芸人の人気ランキングを見ると、現在と20年前ではまったくタイプの違う人がランクインしていると思うんです。おそらく20年前は、ずけずけとハッキリものを言うタイプの人間が好まれていました。しかし、現在はタイプが変化していると思います。
作家が描けるもの、描きたいものを第一に考える。その上で、今の時代にどんなキャラクターが求められているのかを意識して、マンガに落とし込んでいくわけです。
──キャラクターの設定を考える上で、社会のトレンドにも着目するわけですね。
基本的に、作品は作家の内側にある思いが表出して構築されています。僕はそれをどう出力するかで、世の中の大きな部分と接続できるかを考えるんです。作家さんにとっては、メインキャラもサブキャラもすべて自分にとっての分身じゃないですか。そのなかで、メインキャラをどういう側面から切り出して表現するか。そこは相談しながら決めていきます。
──マンガ編集者の仕事について、どんな点に注目してほしいですか?
李 これまで、編集者が作家と打ち合わせをし、マンガの企画をブラッシュアップする光景は、あまり見せる機会がありませんでした。僕達はあくまでサラリーマンですが、一方で非常に属人性の高い職種でもあります。
そのため、編集者によって作家へのアプローチが全く異なります。会話のはじめかた、本題への入り方、作品に対する否定・肯定のしかたなど。他の企業ならあるはずの、マニュアルがほとんど存在しないがゆえに生まれるこの違いこそが、編集者のすごく面白いところだと思います。
「MILLIONTAG」はさまざまな編集者が参加するので、それぞれのスタイルの違いや、それぞれのアプローチからどんな作家が誕生するのかを楽しんでほしいです。
──李さん自身は、仕事のスタイルをどうやって身につけたんですか?
李 編集者は基本的に、入社時に先輩社員から担当作品を引き継ぎます。その際、どの先輩から引き継ぐかで編集者としての「根っこ」が固まる印象です。しかし、先輩社員がつきっきりというわけではなく、打ち合わせや持ち込みといったシーンも、一度先輩社員についてもらったらあとはひとりで行います。
そのあとは、自分でスタイルを模索したり、先輩からいろいろと話を聞いたり……たくさんの経験を吸収して身につけていくという感じです。
──そうやって培った経験が、「MILLION TAG」でどう作品に反映されるかがとても楽しみです。最後に、「MILLION TAG」から生まれる作品に注目する読者の皆様に、メッセージをお願いします。
「MILLION TAG」は、皆さんが手にとって読んでいるマンガの舞台裏をお見せできる、非常に斬新な企画です。作家と編集者というふたつの職種の人間が、二人三脚で打ち合わせをしながらマンガを作っていく様子や、作品を生み出すための作家の奮闘を、メイキングビデオを観るように楽しんでいただけると思います。
編集者は「黒子」なので、あまり前に出るべきではないという思いは正直あります。しかし、「編集者はただ原稿を受け取る仕事じゃないんだよ」ということは伝えていきたいです。作品に対するものすごい熱意を持ち、ゼロ→イチを創造する面白さがある仕事であると、伝わったら嬉しいですね。
「MILLION TAG」から生まれる作品は、大ヒットする可能性も秘めています。人気作品が生まれる瞬間のワクワク感を、リアル版『バクマン。』と思って楽しんでいただければ、マンガをもっと好きになっていただけるのではないでしょうか。
※「MILLION TAG」は、2021 年 3 月 21 日(日)まで挑戦者を募集しています。詳細情報は公式サイトに掲載。マグミクスでは、引き続き「MILLION TAG」に参加予定の編集者の声を紹介していきます。
(サトートモロー)
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