『シン・エヴァ』で伏線は回収された? 25年ごしで庵野監督が見つけた「回答」
マグミクス / 2021年3月15日 17時40分
■庵野監督が抱える創作熱と闇の深さ
25年間ずっと続いていたモヤモヤ感が、すっと晴れ渡っていくように感じました。2021年3月8日より公開が始まった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、シン・エヴァ)を見終えた、率直な感想です。「終劇」というエンドマークを見届け、とても前向きな気持ちで映画館を出ることができました。首都圏が緊急事態宣言下の平日ながら、初日だけで興収8億円突破の大ヒットスタートを切り、3月15日の発表では初日からの7日間累計で動員数219万4533人、興収33億3842万2400円を記録しています。
バブル崩壊から間もない1995年~96年、テレビ東京系で放映されたTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』 は、衝撃的な作品でした。キャッチーなキャラクター設定およびメカデザイン、伏線を張り巡らせたストーリー展開に魅了される一方、第25話と最終話の放送事故級の斬新すぎるクライマックスは、庵野秀明監督というクリエイターの心の危うい部分に触れてしまったような戸惑いも感じさせました。多くのファンが『エヴァ』をこじらせることになります。
1996年~97年に公開された旧劇場版でいったん物語は終わりを告げたものの、庵野監督の創作熱とそれに相反する心の闇の深さは、ファンの想像をはるかに越えていました。2007年から『エヴァ』は新劇場版としてリビルドされることに。しかし、『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)の公開後、庵野監督の心は壊れてしまいます。
本当に新劇場版は完結するのか。完結しないほうが営業的にはおいしいのでは。そんな声もささやかれました。でも、庵野監督は特撮映画『シン・ゴジラ』(2016年)で復活を遂げ、ファンの期待をいい意味で裏切るかのように、『シン・エヴァ』で鮮やかに物語を完結してみせたのです。納得のいく、2時間35分の上映でした。
物語前半の見どころ、そしてシリーズ全体を包括したテーマ性について触れたいと思います(以降、謎解きの核心部分には触れていませんが、いっさいのネタバレを避けたい方は観賞後にお読みください)。
■かつての14歳は、すでに大人になっていた
“永遠の14歳”碇シンジ(CV:緒方恵美)は、生きる希望を持てずにいました。ニアサードインパクトを起こしたのは自分だと知り、心を許せる親友だった渚カヲル(CV:石田彰)も失ってしまいました。やはり14歳の少女のままのアスカ(CV:宮村優子)に連れられ、とある集落へと向かいます。綾波レイ(CV:林原めぐみ)にそっくりな、アヤナミレイ(仮称)も一緒です。
ニアサードインパクトによって、世界は崩壊し、集落の人たちは終戦直後さながらの生活水準のなかで慎ましく暮らしていました。シンジたちを迎え入れたのは、小さな診療所で働く男の医者です。14年前、シンジと同じ14歳だった彼は結婚し、赤ちゃんもいます。集落に来てからも心を開こうとしないシンジでしたが、彼は優しく接します。ニアサードインパクト後の世界を生き延びるのはハンパない苦労の連続だったけれど、そんななかで「世界一の嫁さん」と結ばれたそうです。かつて14歳だった彼は、シンジに感謝の言葉を伝えます。
すべての物事には二面性があります。マイナス面しか見ていないと、いつまでも前に進むことはできません。医者はニアサードインパクトをきっかけに、少年から大人の男へと成長を遂げました。新しい家族と一緒に暮らし、集落の人たちから慕われている生活はとても幸せそうです。物語前半は、シンジと同じ14歳だった少年少女たちの大人になった姿が生活感たっぷりに描き出されます。
■大人への成長、そして日常生活の大切さ
集落での生活は、アヤナミレイ(仮称)にも大きな影響を与えます。アヤナミレイ(仮称)は「そっくりさん」と呼ばれ、集落で暮らすおばちゃんたちと一緒に田植えをすることに。そっくりさんは汗を流すことの楽しさ、日常生活を過ごすことの豊さを体感します。
プラグスーツを着たそっくりさんが農作業する姿はミスマッチ感がありますが、とても牧歌的で、観ていて心がポカポカします。宮崎駿監督の『未来少年コナン』(NHK総合)のハイハーバー編、高畑勲監督のジブリ映画『おもひでぽろぽろ』(1991年)などを彷彿させます。田んぼで泥だらけになるそっくりさんは、少しずつ表情が豊かになり、他者を思いやる感情も身につけます。そんなシーンを描くことで、庵野監督自身も心癒やされるものがあったのではないでしょうか。
大人への成長、そして日常生活の大切さ。これまでの『エヴァ』に、いや庵野作品には希薄だったキーワードが『シン・エヴァ』にはくっきりと描かれています。
■物語の後半、次々と回収される伏線の数々
TVシリーズ、旧劇場版のみならず、新劇場版にも多くの謎が盛り込まれていました。アスカはなぜ14歳の少女のままなのか、なぜ眼帯をしているのか。また、いつも古い歌謡曲を口ずさむマリ(CV:坂本真綾)は、初対面だったはずのシンジのことを「ワンコくん」と呼び、かなり年上の碇ゲンドウ(CV:立木文彦)を「ゲンドウくん」と呼んでいます。それらの理由が、物語後半ではっきりと明かされます。
物語のクライマックスとなるのは、シンジと父・ゲンドウとの親子の葛藤です。この問題を回収しないことには、決して『エヴァ』の物語は完結しません。いろんな人たちとの出会いと別れを重ねたシンジは、ついにゲンドウと向かい合います。
このクライマックスを見て、庵野監督は危うさを漂わせる鬼才クリエイターから、大人の映画監督へと成長を遂げたんだなぁと実感しました。結婚し、新しい会社を設立し、心の病気も経験し、でも多くの仲間たちに支えられ、見事に新劇場版を完結してみせました。人類補完計画とは、もしかすると庵野監督が真の大人へと成長するための壮大なプロジェクトだったのかもしれません。
TVシリーズの衝撃的だった最終回から四半世紀。バブル崩壊後の日本社会は「失われた20年」と呼ばれる低迷期が続き、大人になれない子供たちが増え続けました。でも、いつまでも社会や時代のせいに責任転嫁ばかりしていては、自分の物語は何も始まりません。庵野監督は苦闘しながらも、『エヴァ』の物語を完結させるのにふさわしい回答を見つけ出してみせました。自分も大人になることで、止まっていた時計を動かしてみよう。自分にとってのベストな回答を探してみよう。『シン・エヴァ』には、観た者をそんな前向きな気持ちにさせる力があります。
客席が明るくなるのと同時に心のなかで、こう呟いた人も多かったのではないでしょうか。「ありがとう、そしてさようなら、エヴァンゲリオン」と。
(長野辰次)
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