高畑勲監督の『赤毛のアン』BSで放送。日常を楽しさに変える「想像力」の翼
マグミクス / 2021年4月3日 18時10分
■近藤喜文、宮崎駿も参加した不朽の名作アニメ
日常アニメを得意とした高畑勲監督の劇場公開作『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』(2010年)が、2021年4月4日(日)の夜7時からBS12で放映されます。本作は1979年に「世界名作劇場」(フジテレビ系)の枠で全50話が放送されたTVアニメ『赤毛のアン』から、第1話~第6話を再編集したものです。
カナダの女流作家ルーシー・モード・モンゴメリの小説『赤毛のアン』を原作に、TVアニメ『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』(フジテレビ系)で高い評価を得た高畑監督がカナダへの取材旅行を行ったうえで、至高の日常アニメへと仕立てています。
キャラクターデザイン&作画監督は、のちにスタジオジブリ作品『耳をすませば』(1995年)で監督デビューを果たす近藤喜文氏が担当。劇場アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)の監督に名乗り出る宮崎駿氏は現場を途中で離れますが、シリーズ序盤は場面設定&画面構成で参加していました。
原作が発表されたのは1908年。想像力豊かな少女アン・シャーリーが「世界一美しい島」プリンス・エドワード島で暮らし始める物語は、時代をこえて私たちを魅了するものがあります。
■出会った人たちの眠れる感情を呼び起こす少女
幼い頃に両親を失い、施設で育った11歳の少女アン(CV:山田栄子)が、プリンス・エドワード島にやってきたのは手違いからでした。マシュウ(CV:槐柳二)とマリラ(CV:北原文枝)は、ともに独身の兄妹です。マシュウが60代になり、農作業を手伝える男の子を養子に迎えることにしました。
ところが行き違いがあって、駅に現れたのは真っ赤な髪が印象的な少女アンだったのです。馬車で迎えにきたマシュウは驚きますが、自宅であるグリーンゲーブルズへ連れ帰るまでの間に快活なアンのことをすっかり気に入ってしまうのです。
しっかり者のマリラは、アンをひと晩だけ泊めて、翌日には施設へ送り返そうとします。ところが代わりにアンを引き取ると申し出た老婦人があまりにも偏屈そうだったので、アンを手放すことを躊躇します。
子供の頃にTVシリーズを観ていたときは、「アンのことがかわいそうになったんだな」と思っていたのですが、大人になってこのシーンを改めて見直すと、ちょっと違った見方になりました。
結婚せず、人づきあいが苦手な兄マシュウの世話を焼いてきたマリラは、あまり感情を表に出すタイプではありません。でも、マリラは11歳の孤独な少女アンと出会ったことで、初めて「母性愛」に目覚めたのではないでしょうか。この身寄りのない女の子を守ってあげられるのは、自分たち兄妹しかいない。マリラのなかに、今まで感じたことのない温かい感情が芽生えていきます。
■マシュウとマリラが見つけた大切なもの
「アーヤと魔女 (ロマンアルバム) 」(徳間書店)
「楽しもうと決心すれば、たいてい いつでも楽しくできるものよ」
それがアン・シャーリーのモットーです。マシュウとマリラに出会うまで家庭の温かさを知らずに育ったアンですが、想像の翼を広げることで自分が置かれている状況を全力で楽しもうとしてきました。髪の色にもコンプレックスを抱いていますが、想像力の豊さが悩みさえも凌駕してしまいます。
アンはグリーンゲーブルズへと向かうリンゴの並木道を「喜びの白い道」、途中にある池は「きらめきの湖」、グリーンゲーブルズで咲き誇る桜の木を「雪の女王」と名付け、愛おしみます。マシュウたちの目には当たり前のものに映っていた光景が、アンの想像力によって輝かしい日常へと変わっていくのです。「そうさのう」が口癖の温厚なマシュウにとっても、厳格な性格のマリラにとっても、アンは掛け替えのない存在となっていきます。
マシュウとマリラ、アンは血縁では結ばれていません。年齢もかなり離れています。また、マシュウとマリラは夫婦ではなく、兄妹です。決して裕福でもありません。世間一般の家庭とは異なるかもしれませんが、マシュウとマリラはアンという愛情を注ぐ対象を見つけたことで、幸せな日々を手に入れることになります。“世界一幸せな家族”の始まりの物語を描いたのが、『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』なのです。
■次世代へ受け継がれた「日常アニメ」の系譜
日常生活のなかに潜む豊かさを描き続けた高畑監督は、大ヒットアニメ『この世界の片隅に』(2016年)で知られる片渕須直監督をはじめ、多くの人々に影響を与えました。宮崎駿氏の息子・宮崎吾朗監督もそのひとりではないでしょうか。2021年4月29日(木)より劇場公開される3DCGアニメ『アーヤと魔女』は、アンと同じように施設で育った少女アーヤ・ツールを主人公にしたファンタジックな物語です。
施設での生活になじんでいたアーヤは、怪しい魔女の家に引き取られます。表向きは魔女に従うふりをしながらも、アーヤは汚れきった魔女の家を自分にとって居心地のよい空間へと変えていきます。アンは想像力で、アーヤは果敢なチャレンジ精神で日常生活を快適なものにしていきます。『ゲド戦記』(2006年)など父・宮崎駿氏から強い影響を受けていることを感じさせる宮崎吾朗監督ですが、『アーヤと魔女』は高畑監督が築いてきた日常アニメの系譜を受け継いだ作品のように感じます。
4月から始まった新しい環境での新しい生活を、ドキドキしながら迎えた人もいるかもしれません。億劫なときは、ぜひアンの言葉を思い出してください。
「楽しもうと決心すれば、たいてい いつでも楽しくできるものよ」
(長野辰次)
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