劇場版『Zガンダム』がBS放映。『シン・エヴァ』に先駆けた「旧作と異なる結末」
マグミクス / 2021年4月11日 9時40分
■悲劇的な結末が衝撃だったTVシリーズ
森口博子さんが歌うオープニング曲「水の星へ愛をこめて」も大ヒットした、TVアニメ『機動戦士Zガンダム』(テレビ朝日系)は、ファンにとっては忘れられない作品です。ニュータイプのパイロットとしてZガンダムを操縦していた主人公カミーユ・ビダン(CV:飛田展男)は、過酷な戦いの果てに最終回で精神崩壊してしまうという衝撃的な物語でした。
TVアニメの主人公の心が壊れてしまうという異例の結末には、富野由悠季監督の当時の心理状態も大きく関係したようです。1985年~1986年に放映された『機動戦士Zガンダム』を、20年の歳月を経て、富野監督自身が新しい物語として編み直したのが劇場版『機動戦士Zガンダム A New Translation』三部作です。
第1部「星を継ぐ者」(2005年)、第2部「恋人たち」(2005年)、第3部「星の鼓動は愛」(2006年)は、4月11日(日)、18日(日)、25日(日)と3週連続でBS12にて夜7時から放映されます。
劇場版は、TVシリーズとは物語の結末が異なることが大きな特徴となっています。なぜ劇場版は、結末が変わったのでしょうか。富野監督と『Zガンダム』との関係性を考えてみたいと思います。
■混沌化する時代を先取りした富野監督の慧眼
大ブームを巻き起こした『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日系)の続編『機動戦士Zガンダム』が放映された1985年~1986年は、日本社会がバブル景気へと向かう華やかな時代でした。
前作では宿敵だった“赤い彗星”ことジオン軍のシャア・アズナブル(CV:池田秀一)と地球連邦軍のアムロ・レイ(CV:古谷徹)は、『Zガンダム』で一時的に共闘することになります。しかも、シャアはクワトロ・バジーナという偽名を使い、仮面ではなくサングラス姿で登場。金ピカに塗装されたモビルスーツ「百式」で出撃します。画面からはバブル感が漂います。
前作は「ジオン公国 vs. 地球連邦」という分かりやすい対立構造でしたが、それから7年後の宇宙を描いた『Zガンダム』はいっきに複雑化します。ジオン軍との戦いに勝利した地球連邦軍内のエリート集団が「ティターンズ」として先鋭化したため、反対勢力「エゥーゴ」が戦いを挑むという内部抗争の物語となるのです。
シャアとカミーユは、「エゥーゴ」の一員として戦います。さらにシリーズ後半、劇場版第2部「恋人たち」の終盤からはジオン軍の残党であるハマーン(CV:榊原良子)率いる「アクシズ」が戦闘に加わり、三つ巴バトルへと展開します。
ベルリンの壁が崩壊し、米国とソ連との冷戦が終結したのが1989年。冷戦が終わり、ようやく平和な時代が訪れたかのように思えました。しかし、軍事バランスが崩れたことで中東では紛争が続発し、さらにテロ事件が世界各地で相次ぎます。『Zガンダム』はまるで混沌化する時代を先取りしたかのような、不透明な世界観となっています。富野監督の先見性には、驚くばかりです。
■自分の能力を過信しすぎたカミーユ
『機動戦士Zガンダム A New Translation』の第2部「恋人たち」Blu-ray(バンダイビジュアル)
TVシリーズ『Zガンダム』を制作していた際の富野監督は、かなりの葛藤を抱えていたようです。初放送こそ低視聴率のために途中打ち切りとなった『機動戦士ガンダム』ですが、再放送で人気が沸騰し、TVシリーズを編集した劇場版三部作が大成功。ガンプラブームも巻き起こります。『機動戦士ガンダム』が大ヒットしたことで、富野監督はそれまでのような雇われ監督ではなく、作家性を評価された監督としてやっていけることに期待したそうです。
しかし、富野監督が新たに手掛けた企画は、『機動戦士ガンダム』ほどの大ヒットには至りませんでした。鬱屈した感情を抱えながら、『ガンダム』の続編『Zガンダム』が制作されます。ニュータイプとしての自分の能力を過信するカミーユは、「ティターンズ」の指揮官シロッコ(CV:島田敏)との最終戦を終え、精神崩壊を招きます。拡張する自身の能力に、カミーユの心は対応できなかったのです。
お金さえあれば、なんでもできる。拝金主義に陥った当時の日本の浮かれた社会状況やアニメを取り巻く環境へのアンチテーゼとして、TVシリーズ『Zガンダム』は悲劇的な結末を迎えたのです。
その後、富野監督は1990年代中頃に本当に鬱を患ってしまいます。富野監督のエッセイ『ターンエーの癒し』(角川春樹事務所)を読むと、かなり追い詰められた精神状態だったことが分かります。
そんな富野監督の内面に落ち着きをもたらしたのが、スポンサーの意向を気にせずに済んだ1998年放送の『ブレンパワード』(wowow)であり、過去のガンダムシリーズをすべて「黒歴史」として総括した1999年~2000年放送の『∀ガンダム』(フジテレビ系)の制作でした。そして、元気さを取り戻した富野監督が新訳「Zガンダム」として再編したのが、劇場版『Zガンダム』三部作だったのです。
■「エヴァ」の呪縛に陥った庵野監督との類似点
劇場版『Zガンダム』の完結編「星の鼓動は愛」は、TVシリーズとは異なるエンディングとなっています。TVシリーズ放映時とは違い、富野監督の心理状態が前向きになっていたことに加え、バブルの崩壊以降、ずっと低迷したままの日本社会を今度は逆に明るくしたいという想いもあったようです。常に時代の先を行くあたりは、富野監督らしいと言えそうです。
こうして富野監督と『Zガンダム』との関係性を振り返ってみると、庵野秀明監督と『新世紀エヴァンゲリオン』との関係性に近いものを感じさせます。富野監督が「ガンダム」の呪縛に悩まされたように、庵野監督も「エヴァ」の呪縛に囚われ、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)の制作後に鬱を患っています。社会現象級の大ヒットを飛ばしたクリエイターが感じる圧は、並大抵のものではないようです。
9年ぶりに公開された庵野監督の新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(現在公開中)は、これまでの「エヴァ」シリーズを包括したようなエンディングが大きな話題を呼んでいます。ファンだけでなく、庵野監督自身もあのエンディングを選択したことで、「エヴァ」の呪縛から解き放たれたのではないでしょうか。
最後にもう一度、『Zガンダム』について。TVシリーズと劇場版は上映時間の違いはありますが、ストーリーそのものは大きくは変わってはいません。カミーユをめぐる敵も味方も次々と倒れ、戦場の過酷さも変わりありません。でもTVシリーズと違い、劇場版は明るいエンディングとなっています。作り手の意識次第によって、本人の心の持ち方次第で、世界は大きく変わっていく。富野監督はそんなメッセージを、劇場版『Zガンダム』に込めたのではないでしょうか。
(長野辰次)
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