『進撃の巨人』最終回から読み解く エレンが求めた”自由”とは?
マグミクス / 2021年4月21日 16時50分
■預言者であり殉教者と化したエレン
「別冊少年マガジン」2021年5月号に掲載された最終話「あの丘の木に向かって」をもって11年7か月にわたる『進撃の巨人』の物語は幕を閉じました。細部に読者の解釈に任される箇所が残されてはいましたが、本筋においては「すべてがこうなる運命にあった」と納得できる美しい結末であったと思います。なかでも第90話「壁の向こう側」以降、いわゆる「マーレ篇」と最終章を牽引した主人公エレン・イェーガーの活躍は特筆すべきものでした。本稿では、そんなエレンの行動原理のひとつである“自由”について考えていきたいと思います。
※これより先『進撃の巨人』の物語と結末について、いわゆるネタバレをしていますので、最終回までの本編を未読の方はご注意願います。
パラディ島に住むユミルの民(エルディア人)以外の人類を巨人の集団に踏み潰させる“地鳴らし”の真の目的は、「進撃の巨人」であるエレンを討ち取らせて、かつての仲間たちを外の世界の英雄にするのが目的であったことが、最終話でエレン自身の口から語られました。
これまでの単独で大国マーレとの戦端を開き、敵側にいたジーク・イェーガーと共謀して調査兵団に反旗を翻すなどの不可解な行動はおろか、それ以前の人々の過酷な運命も、第90話「壁の向こう側」で王家の血を引くヒストリアに触れて、“道”を通じて過去と未来を見渡してしまったエレンが、自分を討ち取らせるため、そして巨人の力の源泉である始祖ユミルの解放に必要なある選択をミカサ・アッカーマンにさせるために導いたものだったのです。
いわば「マーレ篇」、最終章以降のエレンは神の啓示を得た預言者であると同時に、自分が見た運命を実現させるための殉教者だったわけです。何より自由を渇望していたはずのエレンが、定められた運命のためにその命を捧げるというのは、皮肉なようにも思えます。しかし、彼にとって自由とはいったいなんだったのでしょうか。
■アルミンの“夢”とエレンの“自由”のねじれた関係
幼少時、アルミンは海への憧れをエレンに語った 著:諫山創『進撃の巨人』第22巻(講談社)
本編でエレンが自由について語った箇所で、印象的な場面がふたつあります。ひとつは第73話「はじまりの街」で本を見せて語りかけるかつてのアルミンの姿を思い出しながら、エレンが語る場面です。「お前は楽しそうに夢を見ているのに俺には何もなかった」「そこで初めて知ったんだ」「俺は不自由なんだって」と。
もうひとつは第131話「地鳴らし」でマーレに上陸したエレンが、巨人たちの行進によって街も人も無残に踏み潰され、荒涼とした地になっていくさまを見て「これが自由だ」「ついに辿りついたぞ」「この景色に」と語る場面です。
前者で、なぜエレンは夢を持っていないことで、不自由を覚えたのでしょうか。夢と自由は対義語ではありません。妥当なのは、アルミンの壁の外にある未知の世界を見る夢を知ったことで、それが不可能なのは自分たちが壁に閉じ込められているこの状況のせいと自覚した、という考えでしょう。事実、後者の自由を実感する場面の直前でもエレンは「生まれた時からずっと」「オレの前には」「うっとうしい壁があった」と語り、この壁の向こうにあるであろう広い世界を見た者が世界で一番自由を手に入れた者だと考えていましたし、これまででも壁の外の未知の世界へ行くことは、エレンの夢として、自由の象徴として何度も示されてきました。
しかし同じ第131話のマーレに潜入した際の回想で、エレンは壁の向こうの世界が、自分が夢見たものと違っていて失望したと述べています。その夢見た世界とは「アルミンの本で見た世界」です。つまりエレンが夢見ていた自由とはアルミンが見せた世界で、彼自身が想像して心に抱いたものではなかったとも言えるのです。
もしかしたらエレンは、アルミンが持つ夢を見る力–いまここにはない未知の世界を考えることのできる想像力や好奇心に自由を感じ、それを欲していたのではないでしょうか。そして「マーレ篇」最終章以降、始祖の巨人の力によって、過去と未来を把握してしまったエレンは、未知の世界–夢を見ることさえできなくなります。
「アルミン…」「オレは…頭がめちゃくちゃになっちまった」「始祖の力がもたらす影響には過去も未来も無い…同時に存在する」「だから…」「仕方が無かったんだよ」(最終話「あの丘の木に向かって」より)
エレンができるのは、定められた結末に向かって現在を進めるため、障害となるものを駆逐するだけなのです。
■父・グリシャにささやかれた“自由”とは
エレンは「地鳴らし」を発動する 著:諫山創『進撃の巨人』第31巻(講談社)
先述の“地鳴らし”で自由を実感したように見えたエレンは、道でアルミンと対峙して、後に最終話で明かされる対話を始めます。その最中、かつて夢に見た未知の世界、炎の水を目の当たりにして興奮しているアルミンと、いち早く冷静さを取戻し、そんなアルミンを見つめているエレンの姿は、そうしたふたりの位置づけを象徴しているかのようでした。さらにエレンはその対話のなかで、こうも語っています。
「お前達に止められる結末がわかっていなくても」「オレはこの世のすべてを平らにしてたと思う」(中略)「…何でか」「わかんねぇけど…」「やりたかったんだ…」「どうしても…」
この時エレンは生まれてすぐに父グリシャに抱かれて「エレン…」「お前は自由だ…」とささやかれている光景を頭に思い浮かべています。
もしエレンがこの時、生まれたての何も意識できない赤ん坊が見る、自分も他者も存在しない世界を“自由”と認識していたのだとしたら……そう考えると、後にアルミンやミカサたち仲間というしがらみを得たエレンが、彼らを守るために“自由”と自らの命を犠牲にしたことにもわずかな希望が感じられます。
エレンが「お前なら…」「壁の向こう側に行ける」とアルミンに人類の未来を託したのは、自分が見た運命という閉ざされた壁の向こう側、自分が討ち取られた後のいまだ確定していない未来を探求する好奇心と、それを創り上げるための想像力を、アルミンなら持っていると信頼してのことだったのでしょう。
最後に、冒頭で「細部に読者の解釈に任される箇所が残されて」と書きましたが、それは『進撃の巨人』の物語が豊饒(ほうじょう)である証しでもあります。「別冊少年マガジン」最終話の後に掲載された編集部からのメッセージには「物語を通じて人と人が『言い表せない感情』を共有すること以上に価値のあることは無いように思います」と記されていますが、本稿で記したのも『進撃の巨人』から自分が受けた言葉では言い尽くせない感情や感動の一端でしかありませんし、作者である諌山創先生の意図する内容でさえないのかもしれません。それでも物語の世界に触れ、好奇心から想像の翼を広げることには価値があることだと思います。アルミンの好奇心と想像力が、やがて世界を救ったように。
(倉田雅弘)
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