『スラムダンク』安西先生に宿り続ける「鬼」とは? 歳を重ねた指導者としての柔軟さ
マグミクス / 2021年4月28日 11時50分
■安西先生の「時間」を動かした、桜木の秘めたる才能
バスケットボールマンガの金字塔、『SLAM DUNK』の登場人物で思い起こすキャラは人それぞれでしょう。しかし選手以外でとなると、だいたいの人は安西先生を思い出すのではないでしょうか?
安西先生の人気の高さは一般的にも有名で、2014年に「安西先生タプタプカウンター」なる機械が全国ツアーする予定だったのに、予想以上の人がつめかけてしまったためにツアー途中でタプタプされ過ぎて壊れてしまったという事件がありました。
筆者も、作品のなかで安西先生は好きなキャラですが、年を重ねた今だからこそ、当時とは違った視点で好きになった部分があります。
安西先生は本作の中心となる湘北高校バスケ部の監督。おだやかな顔つきと行動から「白髪仏(ホワイトヘアードブッダ)」というあだ名がついています。しかし、かつて有名大学の監督だった時代は「白髪鬼(ホワイトヘアードデビル)」と呼ばれ、厳しい指導方針で有名でした。
この大学時代に、指導方針の行き違いから才能豊かだった谷沢という選手が大学を飛び出し、アメリカに渡ったものの成長できずに事故死してしまうという悲劇が起こります。谷沢を日本一の選手にしてバスケ界を去ろうと考えていた安西先生は絶望して大学を去ったものの、バスケへの未練を捨てきれず湘北バスケ部の監督になりました。劇中のセリフからは週1回、様子を見に来る程度の指導だったようです。
そんな安西先生がふたたび本格的な指導をするようになったきっかけ、それが素人ながら才能の塊のような桜木花道の存在にありました。作中では試合中の監督としての采配以外は、桜木の練習しか指導していない印象すら与えるほどの熱の入れ方です。
才能と言えば流川楓という天才プレイヤーもいるのですが、ほとんど指導している様子は見られません。流川の場合、何も言わなくても才能を伸ばしていく。そう感じたからでしょう。逆に桜木は短期間で教えたことを吸収するから、安西先生としては教えがいがある選手。谷沢で果たせなかった自分の夢を託せる逸材として感じ取ったのかもしれません。
つまり、桜木の存在が、安西先生の止まっていた時間を動かした。そう言えるでしょう。
一方の流川も安西先生には一目置いていました。事前にアメリカ留学を告げたこと。それを反対されても安西先生の言葉に従い、これからの指導について頭を下げて頼むなど、普段ぶっきらぼうな流川には珍しい態度です。
三井寿と宮城リョータは安西先生を慕って湘北に入学したと言われていましたが、流川は近かったという理由で安西先生には言及していません。とすると、半年も経たない時間の中で安西先生の指導力を信頼するに足る何かを見つけたのかもしれません。
流川が安西先生の指導力に信頼を寄せる理由。それは、素人の桜木が見る見るうちに成長したからかもしれません。そして、同時に桜木だけでなく自分にもっと指導してほしいと感じていたとしたら……? そう考えると、流川の桜木に対する態度は嫉妬半分だったのかもしれません。
■「白髪仏」になった安西先生が身につけたテクニックとは?
筆者が安西先生の何に注目したかというと、あの年齢になっても指導法を柔軟に変えることができたことです。
前述した白髪鬼時代はスパルタ教育で、谷沢から「ヤクザ」と陰口を言われていた安西先生でしたが、湘北では白髪仏と言われるくらい好々爺のイメージになりました。しかし、桜木に個別合宿で2万本のシュート練習という課題を与えるなど、イメージがソフトになっただけで指導法はスパルタだと言えます。
練習方法は変えず、相手のやる気を誘う方法。それこそが、安西先生が過去の反省から学んで手に入れた「コミュニケーション力」でした。
振り返れば谷沢との一件も、安西先生がもう少し言葉で説明すれば大事には至らなかった可能性があります。つまり谷沢の悲劇が、安西先生にコミュニケーション不足を痛感させ、自分のこれまでの考え方を改めさせたのではないでしょうか。
このコミュニケーション力は、その後の展開でも様々な影響を与えていますが、一番大きかったのはインターハイ2回戦で王者である山王との試合直前に、湘北選手個別に奮起を促す言葉をかけていたことだと思います。選手をベストのテンションまで持っていく。簡単そうでむずかしいこのことを行ったからこそ、山王戦でベスト以上の結果が出たのではないでしょうか。
そして、鬼でなくなったわけではないということは、山王との試合中にもわかります。ベンチに下げた桜木が悪態をついて言うことを聞かなかった時……
「聞こえんのか?」
……というセリフと同時に髪の毛が一瞬逆立ってます。この時、湘北ベンチは一瞬凍り付き、あの桜木も素直に言うことを聞いていました。もちろん、すぐに仏の安西先生へ戻っています。
このことからも、安西先生は何も心を入れ替えて聖人になったわけでなく、状況に応じて自分がどうしたらもっとも効果的かということを理解した、つまりコミュニケーション力を効果的に使用していることがわかります。だからこそ、湘北の選手たちもやる気が維持できるというわけです。
安西先生に名台詞が多いのは、このコミュニケーション力のおかげかもしれません。
「あきらめたらそこで試合終了」
三井と桜木に対して言った安西先生の名台詞のひとつですが、これは悟りきった聖人としてではなく、勝利に対するあくなき執念を吐露したようにも思えます。試合中に時折見せるガッツポーズなどを見ると、「老いてなお盛ん」な安西先生の姿が見て取れませんか?
年々、歳を重ねることで選手よりも監督たちの年齢に近づいておりますが、どうせ爺になるなら安西先生のように仏の顔で心にひとかけらの鬼を宿した好々爺になりたいと思うものです。
(加々美利治)
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