『ガラスの仮面』だけじゃない、美内すずえホラーの世界。70年代少女は震え上がった?
マグミクス / 2021年5月2日 18時10分
■実は、少女ホラーのエキスパート? 美内すずえ先生
漫画家の美内すずえ先生と言えば、誰もがまず思い浮かべるのは『ガラスの仮面』でしょう。1976年の連載開始以来、45年たった今も感動の成長物語が続いている超大作で、アニメ化やドラマ化されて人気に拍車がかかりました。2020年1月には作中劇である「紅天女」がオペラ上演されるなど、現在は休載中にもかかわらず愛され続けている作品です。
しかし、美内マンガの魅力は『ガラスの仮面』だけではありません。70年代初期に熱心なマンガ読者だった昭和少女たちにとっては、“美しくも怖いオカルトホラー”こそが、美内すずえ先生の真骨頂と言っても過言ではないはずです。読んだ日には夜中にひとりでトイレにいけなくなることがわかっているのに、それでも読む手がとまらない……少女たちを震え上がらせた美内ホラーの凄みとは、どんなところにあったのでしょうか?
●リアリティのある恐怖
美内すずえ先生自身、子供の頃から数多くの不思議な体験をしてきたそうです。卒業旅行先の旅館のトイレで透明な女性を見たり、浴室で髪を洗っているときに人の気配がしたのに脱衣所には誰もいなかったり……。そんな体験から、身近なものこそ一番怖いという“怖がらせるツボ”を知っており、多くの作品で主人公は学校に通う女の子で、学園生活もたびたび舞台にしていました。
なかでも、『白い影法師』(1975年)の恐ろしさはトラウマ級と言われるほどでした。当時流行っていたコックリさんなども盛り込まれていたため、読者の少女たちは主人公に忍び寄る恐怖を、自分の身に迫ってくるもののように感じたのです。トラウマ中のトラウマと言われる「机カット」は、あまりの怖さにページを糊づけして開けなくしたファンもいたのだとか。同作で描かれる「恐怖」の数々は……ぜひ、ご自分の目でお確かめください。
■少女を震え上がらせる絶妙なアイテム
「このマンガがすごい!comics 13月の悲劇 美内すずえセレクション白の書」(宝島社)
●伝説のおどろおどろしさ
主人公が生きる現代と伝説をリンクさせ、おどろおどろしい世界に仕立てるのも美内ホラーの魅力です。「村の掟」「呪われた一族」「鬼姫伝説」などの言葉が出てくるだけですでに、少女たちの前には異世界への扉が開かれます。『黒百合の系図』(1977)では、主人公の少女・安希子が不審死を遂げた母について調べていくと、次々と謎めいた過去が浮かびあがり……ついには自分が、ある特別な一族の最後の生き残りだと発覚します。
普通の女の子だったはずの安希子が、いつの間にか伝説のなかに入り込んでしまうという巧みな物語の運びで、読者も知らぬ間に同じ恐怖を味わわされるのです。
●恐怖とロマンをかき立てるアイテム
美内ホラーの世界に登場するアイテムもまた、絶妙に恐怖や異世界を感じさせてくれました。『妖鬼妃伝』(1981)には十二単などの古装束の人形が出てきますが、かわいらしいというより不気味で恐ろしく、この作品を読んでからは「自分の雛人形さえ怖かった」という人もいたものです。
『13月の悲劇』(1971)など、海外を舞台とした作品では、寄宿舎、洋館、石造りの地下室、修道女の黒いドレスなど、読者の日常生活にはないアイテムが満載で、恐怖とともに遠い世界へのロマンもかきたてられました。とはいえ、主人公はやはり同年代の少女なため、恐怖は身近に感じられるのです。
そして『パンドラの秘密』(1972)で印象深かったアイテムは、主人公の少女エイメ・リーンが常に首に巻いている黒いリボンでした。母親から「決して人前で外してはいけない。この下のものを人に見られたらお前は破滅する」と言い聞かされていた黒いリボン。その下にはいったいどんな秘密があるのか……読者はその謎とまがまがしい予感に引っ張られて、やがて驚愕の真実にたどり着くのです。(同作品は復刊を待ち望まれるもいまだ未復刊ですが、電子書籍版では読むことができます)
『ガラスの仮面』とは世界観の異なる美内ホラーですが、実は主人公の少女たちは『ガラスの仮面』の北島マヤと似ているところがあるかもしれません。みんな、おびえるだけでなく、恐怖の根源と戦うべく自ら行動する少女たちなのです。
かつて読んだ方はもう一度、未読の方はぜひこの機会に、美内ホラーの世界に触れてみませんか?
(古屋啓子)
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