『シン・エヴァ』制作に密着した「庵野秀明スペシャル」が再放送。仕事観、父の存在語る
マグミクス / 2021年5月1日 14時20分
■『シン・エヴァ』制作内情を追った密着ドキュメント
「この男に安易に手を出すべきではなかった」
そんなナレーションで始まったNHK番組『プロフェッショナル 仕事の流儀 庵野秀明スペシャル』が、2021年5月1日(土)の夜11時50分から深夜1時5分まで再放送されます。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が興収80億円を突破する大ヒットとなっている庵野秀明監督に、番組史上最長となる4年間にわたってNHKが密着取材したドキュメンタリー番組です。
3月22日に初放送された『庵野秀明スペシャル』は反響が大きく、4月29日にロングバージョン『さよなら全てのエヴァンゲリオン 庵野秀明の1214日』がNHK BS1で放映されたのに続き、『庵野秀明スペシャル』もNHK総合でアンコール放映されることになりました。
1995年にTV放送が始まったSFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』 (テレビ東京系)から、シリーズ完結編となった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の完成に至るまでの庵野監督の足跡を追っており、すでに『シン・エヴァ』を観た人も、まだ観てない人も、楽しめる内容となっています。再放送を前に、同番組の見どころを振り返ります。
※本記事では、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』内容に触れる箇所があります。
■大きな支えとなった安野モヨコさんの存在
視聴者がまず目撃するのは、庵野監督が『シン・エヴァ』に関わるスタッフだけでなく、自分自身も徹底的に追い詰めていく姿です。社会現象と呼ばれるほどの大ヒットシリーズとなった「エヴァ」ですが、カメラに映る庵野監督は成功者としての余裕や自信をまるで感じさせません。スタッフだけでなく、NHKの取材クルーにも落ち着いた口調で取材のやり方に容赦なくダメ出しします。
庵野監督は自分が面白いと感じられないものは、いっさい認めません。公開までのスケジュールが迫っていても、凡庸なコンテや脚本はあっさり棄てて、ゼロからやり直そうとします。
「作品至上主義」。自分の命と作品を天秤にかけるのなら、作品のほうが重くなる、と庵野監督は言い切ります。アニメスタジオ経営者となり、60歳を迎えた庵野監督ですが、瞳の奥には静かな狂気が今も宿っています。
2002年に庵野監督と結婚した、漫画家の安野モヨコさんが登場し、庵野監督と出会った当時を振り返ります。「仕事ばっかりで、この人 死ぬんじゃないかと思った」そうです。肉や魚は食べないという庵野監督の偏食エピソードに加え、「庵野をどうやれば殺せるか」というネット上のスレッドを見た庵野監督は2度自殺することを考えた……というシリアスな逸話も紹介されました。庵野監督と同じように、創作を仕事としている安野さんという良き理解者が大きな支えになっていることが分かります。
現在も公開中の『シン・エヴァ』では、主人公である碇シンジや綾波レイのそっくりさんが第三村で過ごす日常生活が、非常に丁寧に描かれていました。時代の最先端を行くクリエイターにとっても、日常生活の過ごし方はとても大切であるようです。
■庵野監督の口から語られた「父親」にまつわる記憶
「プロフェッショナル 仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」紹介ページ (C)NHK
今回の密着ドキュメントでいちばんの見どころとなったのは、番組後半の山口県宇部市を訪ねるパートではないでしょうか。『シン・エヴァ』のラストシーンに登場する宇部市は、庵野監督の生まれ故郷です。庵野監督のかわいらしい幼少期の写真とともに、庵野監督の家族について言及されます。BS1スペシャル『さよなら全てのエヴァンゲリオン』では、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーからの示唆で、NHK取材班は宇部市に向かったことが触れられていました。
「いつも何かが欠けていた」。庵野監督は宇部市で過ごした幼少期、家族と一緒に遠出した思い出がないそうです。それには父・卓哉さんが大きく関わっていました。卓哉さんは事故に巻き込まれ、左足を失ったそうです。そのため、家族で遠出したことがなく、庵野監督には世間を憎んでいた卓哉さんの記憶が残ることになったのです。
やがて少年時代の庵野監督はTVに夢中になり、元祖巨大ロボットアニメ『鉄人28号』(フジテレビ系)にハマります。鉄人28号の腕などが壊れて取れてしまった状態に、庵野監督は魅力を感じたそうです。庵野監督が生み出した「エヴァ」の登場キャラクターたちは見た目は普通でも、心のどこかが欠落しています。欠けているからこそ、代わりのものを求めて懸命に補おうとする。庵野作品の原風景が、「人類補完計画」の原点が、少年時代の宇部市にあったことが明かされていきます。
「親を肯定したかった」とも庵野監督は語っています。このエピソードを知って、もう一度『シン・エヴァ』を見直すと、「人類補完計画」を完遂しようとする碇ゲンドウと、それに抗うシンジとの父子のやりとりもまた違ったものに感じられるのではないでしょうか。
■初放送後には、視聴者から賛否の声が……
4月11日に新宿バルト9で行なわれた「『シン・エヴァンゲリオン』 大ヒット御礼舞台挨拶」で、庵野監督は同番組について「僕は観てない。僕が映っているものは観ない」「(取材カメラは)いいところに来てない。もっといいシーンがあったのに」と笑いながら語っています。とはいえ、TVのドキュメンタリー番組で、ひとりの人物を4年にわたって密着取材するのは非常に稀なことです。庵野監督の創作におけるストイックさは、充分に伝わったのではないでしょうか。
3月22日の初放送後は、庵野監督や『シン・エヴァ』に全力を注いだスタッフ&キャストへの称賛の声が多かったものの、制作スケジュールをひっくり返すような庵野監督の仕事ぶりに否定的な感想もネット上にはありました。
庵野監督の「作品至上主義」という考え方には、ついていけないと感じた人もいるかもしれません。ブラックな職場になりかねない危険性もあります。でも、庵野監督と仕事をすることで、スタッフやキャストは自分が思っている以上の能力を発揮していくという一面もあるように感じました。それが庵野監督ならではの、仕事の流儀でもあるようです。
不可能かと思えた「エヴァ」シリーズの完結を見事にやり遂げた庵野監督ですが、企画・脚本・製作を手掛けた『シン・ウルトラマン』の劇場公開、『シン・仮面ライダー』の制作などのリメイク企画が控えています。『風の谷のナウシカ』(1984年)の続編の行方も気になるところです。自分が本当に面白いと感じるものを愚直に追い求める庵野監督が、オーバーワークで体を壊さないことを願うばかりです。
(長野辰次)
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