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宮崎吾朗監督はスタジオジブリの転換点にいた…『アーヤと魔女』で注目すべき「新たな風」

マグミクス / 2021年5月9日 16時20分

宮崎吾朗監督はスタジオジブリの転換点にいた…『アーヤと魔女』で注目すべき「新たな風」

■ピンチヒッターだった初監督作品『ゲド戦記』

 2021年4月29日に公開予定だった宮崎吾朗監督による劇場アニメ『アーヤと魔女』は上映が延期となってしまいましたが、ファンの注目度はますます高まっています。本作は2020年12月にNHKでTV放送されていますが、海外で制作された『レッドタートル ある島の物語』を除けば、2014年の『思い出のマーニー』以来7年ぶりのスタジオジブリの新作長編、それも初のフル3DCGアニメーションということで話題となりました。

 孤児院で育った少女アーヤが、魔女と大男に引き取られ、奇妙な家で暮らす姿をユーモアたっぷりに描いた本作の原作は『ハウルの動く城』の原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの同名小説です。お亡くなりになる前に、以前途中まで書いて引きだしにしまっていた原稿を、ほんの少しだけ書き足した遺作にあたるものだそうです。

 それを読んだ宮崎駿監督(以下、宮崎監督)が当初は自身の新作に……と企画しましたが、すでに『君たちはどう生きるか』が進行中だったため、プロデューサーの鈴木敏夫氏との相談を経て、宮崎吾朗監督(以下、吾朗監督)に任せることにしたそうです。

『アーヤと魔女』は吾朗監督の4作目の監督作品になりますが、吾朗監督が『アーヤ』以前に手掛けたふたつの長編作品『ゲド戦記』『コクリコ坂から』は、どちらも、スタジオジブリが重大な局面にあった時期の作品でした。今回は、『ゲド戦記』から『アーヤと魔女』に至るまでの吾朗監督とスタジオジブリの歩みについて考えていきたいと思います。

 初監督作品『ゲド戦記』は、2005年にスタジオジブリがそれまで親会社だった徳間書店から分離独立して、鈴木敏夫プロデューサーが代表取締役に就任、新体制になった直後の作品です。新作の発表が求められるなか、当初監督を務めるはずだった人物が企画から離れてしまい、急きょオブザーバーとして参加していた吾朗氏が監督に抜擢されました。

 それまでアニメーション制作の経験がなかったため、周囲から親の七光りとみなされましたが、宮崎監督は吾朗監督の起用に大反対で、制作から3年ほど口もきかない絶縁状態にあったそうです。そのため宮崎監督から助言を受けることもできず、とんちんかんな指示を出して大ベテランのスタッフに正座させられて、3時間お説教を受けたこともあったと、後に語っています。

 それでも、スタッフの叱咤激励や手助けを受けながら、吾朗監督は作品を無事完成させ、2006年の邦画興行収入第1位、興収76.5億円の大ヒットとなりました。

■企画中心主義への転換を図った『コクリコ坂』

『コクリコ坂から』DVD(ウォルト・ディズニー・ジャパン)

 一方、続く2011年の『コクリコ坂から』は、『崖の上のポニョ』の制作を終えた宮崎監督が打ち出した、スタジオジブリ新たな五か年計画の一環でした。

 計画の内容は、2010年と2011年に若手監督の新作を、その2年後に宮崎監督自身の作品を発表する……というもので、米林宏昌監督作品『借りぐらしのアリエッティ』と『コクリコ坂から』、そして『風立ちぬ』がそれらにあたります。

 同計画について鈴木プロデューサーは、これまで宮崎監督と高畑勲監督ら企画から制作まで主導する“監督中心主義”を敷いてきたスタジオジブリで、プロデューサーや若手監督が軸となって制作する“企画中心主義”を実践するためのものだったと後に語っています。

 過去にも『耳をすませば』『猫の恩返し』など、宮崎監督たちが立案した企画を若手監督に任せることはありましたが、それをより計画的に行うことで、新たな人材育成を図ろうという試みでした。

 実はこの頃、吾朗監督は後にテレビシリーズを手掛けることになる『山賊のむすめローニャ』の企画を進めていました。しかし吾朗監督に子供が生まれたことを契機に和解した宮崎監督が、今度は制作について「こうしたほうがいい」など、過剰に干渉してきます。度重なる介入によって混乱した吾朗監督は『ローニャ』の企画を凍結して、『コクリコ坂から』に参加しました。

 結果的に『コクリコ坂から』は2011年の邦画興行収入第1位、興収44.6億円のヒットとなり、作品としても前作『ゲド戦記』を超える高い評価を受けましたが、企画当初から参加していた『ゲド戦記』や自身の企画である『山賊のむすめローニャ』と違って、制作の指針がなかなか掴めず、苦しんだそうです。

 吾朗監督は後に『コクリコ坂から』について「(雇われ監督みたいな)そういう気分はどこかにありました。僕はもうこれをやらなきゃいけないという感じだったので、『ゲド戦記」の時よりも実はメンタル的にきつかったですね」と語っています(※丸カッコ内は筆者が加筆)。

『コクリコ坂から』を終えて不完全燃焼じみた感情にとらわれていた吾朗監督は、鈴木敏夫プロデューサーの助言もあり、スタジオジブリを離れた形でのアニメーション制作を決意します。

  そうして川上量生プロデューサーとともにポリゴン・ピクチュアズで制作したのが、NHKで放送されたテレビアニメシリーズ『山賊のむすめローニャ』です。この作品は主に3DCGを「セルルック」と呼ばれる手描き調に加工する手法で作られており、スタジオジブリではできなかった表現の作品です。

 この作品でCGの可能性に目覚めた吾朗監督は「ローニャが終わってからは、機会があればシリーズだろうが映画だろうが、何でもいいからやりたい」と思えるほど復活していました。

■ジブリ再起動の幕開けを飾る問題作『アーヤと魔女』

『山賊の娘ローニャ』Blu-ray第1巻(ポニーキャニオン)

『山賊のむすめローニャ』は2014年10月から2015年3月まで放送されましたが、同時期にスタジオジブリも大きな転換期を迎えていました。2014年8月に制作部門の休止が発表され、同年末をもって制作部門の社員全員が退社することになったのです。1989年にアニメーターの社員化、常勤化を打ち出し、待遇と地位の向上をはかってきたスタジオジブリにとっては苦渋の決断であったことでしょう。

 その後2017年、スタジオジブリから宮崎監督の新作『君たちはどう生きるか』の制作開始に伴う制作部門の活動再開と、新人アニメーターの募集が発表されました。冒頭で挙げた宮崎監督が鈴木プロデューサーに『アーヤと魔女』の企画を相談したのが同年と言われています。

 吾朗監督が宮崎監督から『アーヤと魔女』の企画を任された時、すでにスタジオジブリで馴染みのあるアニメーターたちの多くは『君たちはどう生きるか』に動員されていました。窮地とも思える状況ですが、吾朗監督はそれを逆手に取るかのように、スタジオジブリでは初となるフル3DCGの制作に踏み切ります。

 この理由について吾朗監督は前作『ローニャ』の経験から「手描きのアニメーションだと描ける人が限られる。絵が上手くてさらにキャラクターを動かせる人はそんなにたくさんいませんから。ただCGだったら、いろんな人の手を経てブラッシュアップしていくことができます」と語っています。

 同時に、「フル3DCGでやれば(上の世代の)介入の余地は相当狭まるはずだという目論見はありました」とも(※丸カッコ内は筆者が加筆)。

 もちろん、CGアニメにもアニメーターの才覚は反映されますが、タッチや動きが数値化できない分、手描きのアニメのほうが個人の才覚に左右される部分は大きいといえます。前者の発言は、そうしたスタジオジブリ作品の醍醐味でもある、宮崎監督を筆頭とする手練れのアニメーターたちによる手描きの作画に、CGで対抗しようかとしているようです。

 そして後者の発言とあわせると、これまで限られた才能ある先人たちに左右されてきたスタジオジブリの将来を、新しい技術によってより多くの人材が参加できるものに改革しようとの決意とも取れるのです。

 TV放送をご覧になった方や、原作をお読みの方はご存じの通り、『アーヤと魔女』は、したたか少女アーヤが周囲の大人たちの気持ちをうまく操り、元気に生きていく物語ですが、鈴木敏夫プロデューサーは、アーヤの頭が回る点が本作の魅力になると同時に、観客に「意地悪」と取られないか心配していたそうです。

 確かにアーヤの強かさや過激さ、大胆さは、これまでのスタジオジブリ作品のヒロインとしては異色のものです。それが全編を通して観ると「不思議なことにイヤなところが可愛く見えた」、そして「アーヤは宮崎吾朗そのもの」だとも。

 住み慣れた孤児院を離れて、魔女の家で助手として働きながら、徐々に自分の立場を確保していくアーニャの姿は、どこか『ゲド戦記』『コクリコ坂から』を経て、スタジオジブリから一度離れた先で3DCGという魔法を手に入れた吾朗監督が、宮崎監督や鈴木プロデューサーの圧をうまく取り成しながら、自分の映画を完成させていく姿に重なるものがあります。

 特に、原作はおろか脚本にさえなかったのに、吾朗監督が絵コンテでアーヤのお母さんのロックバンドにまつわるエピソードを追加したのは、色々な意味で象徴的です。これまでスタジオジブリの作品では、ほとんど取り上げられることのなかったロックを、それも3DCGで描く。そこにはロックがイメージさせる自由への欲求や抑圧への抵抗と、ビジュアル的にも音楽的にも新たな挑戦を臨む姿勢が感じられました。

 スタジオジブリにとっても、吾朗監督にとっても再起動を飾る作品となった『アーヤと魔女』ですが、スタジオジブリに新たな熱い風を吹かせることができるのでしょうか。ぜひあなたも映画館で確かめてみてください。

※参考・引用文献
・『ロマンアルバム アーヤと魔女』(徳間書店刊)
・『どこから来たのか どこへ行くのかゴロウは?』聞き手 上野千鶴子 写真と言葉 Kanyada(徳間書店)
・『風に吹かれて』鈴木敏夫(中央公論新社)
・スタジオジブリの歴史(スタジオジブリ公式サイト)

(倉田雅弘)

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