“皆殺し”でなかった富野監督『ザブングル』の演出。「はっはっは、アニメだからね!」
マグミクス / 2021年6月12日 17時10分
![“皆殺し”でなかった富野監督『ザブングル』の演出。「はっはっは、アニメだからね!」](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_55898_0-small.jpg)
■アニメ職人からアニメ作家へと変身
「皆殺しの富野」
人気アニメ監督・富野由悠季氏に名付けられた異名です。『無敵超人ザンボット3』『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日系)や『伝説巨神イデオン』(テレビ東京系)など、富野監督の代表作はメインキャラクターたちが次々と死んでいくことから、富野監督はそう呼ばれるようになりました。
人気キャラクターたちの壮絶な死は視聴者に衝撃を与えましたが、戦場の非情さをリアルに追求した富野作品は、TVアニメを大人も鑑賞できる深みのあるものへと押し上げていきました。
1972年にTV放映された監督デビュー作『海のトリトン』(TBS系)から、本名の「富野喜幸」として監督名がクレジットされてきましたが、『機動戦士ガンダム』劇場版三部作(1981年~1982年)の大ヒットを経て、1982年2月から放映スタートした『戦闘メカ ザブングル』(テレビ朝日系)では「富野由悠季」と表記が変わります。アニメ職人・富野喜幸から、アニメ作家・富野由悠季へと変身を遂げたと言えるのではないでしょうか。
前作『イデオン』でシリアスさを極めた富野作品ですが、『ザブングル』は雰囲気がガラッと変わりました。全50話がTV放映された『ザブングル』は、富野監督が思い切った編集を施した『ザブングルグラフティ』(1983年)として劇場公開されています。2021年6月13日(日)の夜7時からBS12で放映される、『ザブングルグラフティ』の見どころを紹介します。
■『未来少年コナン』を思わせる、陽気なコメディ
丸っこい顔で、行動力旺盛なジロン・アモス(CV:大滝進矢)は、およそSFアニメの主人公らしからぬ非イケメン系のキャラクターです。舞台となるのは「惑星ゾラ」と呼ばれている地球。どんな悪事を働いても、3日過ぎれば免罪になるという、西部劇のような荒々しい世界を生き抜くタフな少年です。
両親を殺されたジロンは、3日間以上経っても敵討ちを果たそうとします。盗賊団を率いる少女ラグ・ウラロ(CV:島津冴子)たちと手を組み、最新のウォーカーマシン「ザブングル」を盗み出すことを試みます。超わがままなお嬢さま、エルチ・カーゴ(CV:横尾まり)との出逢いも待っています。
ジロンの復讐心が物語を動かしていきますが、やがて闘いは惑星ゾラを支配する富裕層「イノセント」と支配される庶民階級「シビリアン」の階級闘争へと発展。物語設定はなかなかハードな一方、宮崎駿監督の人気TVアニメ『未来少年コナン』(NHK総合)を思わせる、陽気なアクションコメディとして演出されていました。エルチやラグたち女性キャラクターが、生き生きとしていたのも印象的です。
キャラクターデザインは、『イデオン』でも富野監督とタッグを組んだ湖川友謙氏。メカデザインは『ガンダム』でおなじみの大河原邦男氏に加え、オリジナルビデオアニメ『機動警察パトレイバー』(1988年~1989年)で注目を集めることになる出渕裕氏も参加していました。
人気作曲家・馬飼野康二氏によるテーマ曲「疾風ザブングル」が、今も耳に焼き付いている人も多いのではないでしょうか。従来のロボットアニメのパターンを払拭する前向きな意欲が、作品全体から感じられます。
■TVシリーズとは異なるサプライズ演出も
作中で活躍したウォーカーマシン「ザブングル」。画像は「HI-METAL Rザブングル 塗装済み可動フィギュア」(BANDAI SPIRITS)
劇場公開された『ザブングルグラフティ』は、高橋良輔監督の『ドキュメント 太陽の牙ダグラム』(1983年)と同時併映だったことから、上映時間はわずか84分でした。
全50話あるストーリーを84分にまとめるのは、富野監督の手腕でもさすがに無理。それゆえに『ザブングルグラフティ』は、TVシリーズの名場面・珍場面を中心にした構成となっています。高校野球延長のために関西ではオンエアされなかった第27話の登場キャラクターに、「幻のトロン・ミラン(関西地区で…)」とテロップでツッコミを入れるなど、富野監督が開き直って編集作業を楽しんでいる様子が伝わってきます。
また、劇場版のラストシーンは、TVシリーズの最終回にはなかったサプライズ演出も用意されていました。「皆殺しの富野」とは異なる明るい顔を、富野監督は『ザブングルグラフティ』では見せています。
■過酷な世界で陽気に生きる主人公
富野監督は1941年生まれ、4歳の時に終戦を迎えました。学生運動が盛んだった1960年代に日大芸術学部を卒業し、黎明期にあったTVアニメ界でサバイバルしてきました。アニメーターではなく演出家である富野監督は、スピード勝負でコンテを切り続け、野心的なアニメ作品を残していくことになります。毎週毎週締め切りに追われるTVアニメ界にありながら、第一線で活躍し続けるのは並大抵の苦労ではなかったはずです。
ジロン・アモスが生きている世界は、『ガンダム』や『イデオン』など他の富野作品と同様に、ハードな闘いの連続です。それでもジロンは、陽気な主人公として物語を牽引していきました。「道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ」とはプロレスラー・アントニオ猪木さんの格言ですが、ジロンにもそんな言葉が似合います。
ジロンが生きている惑星ゾラは、タフさが求められる世界です。誰が敵になり、味方になるかも分かりません。それでも愛する女性、信頼できる仲間たちに囲まれたジロンは、最高に幸せなアニメヒーローだったのではないでしょうか。強さと優しさを併せ持ったジロンたちによって、乾いた大地は潤いを感じさせるものへと変わっていきます。
「はっはっは、アニメだからね!」などの楽屋オチギャグも含めて、やりたい放題感のある『ザブングル』は、同時に底抜けな明るさ、キャラクターたちの生命力も感じさせます。とても愛すべき、富野由悠季監督作となっています。
(長野辰次)
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