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『エースをねらえ!』お蝶夫人の名言4選。孤高のテニス女王が愛を受け入れるまで…

マグミクス / 2021年7月30日 7時30分

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■美しく気高い、お蝶夫人が感じる孤独とは…?

 各種競技で熱戦が続く東京2020オリンピック。メダルラッシュの日本勢ですが、これまでのオリンピックで、日本にもたらされた初のメダルは何の競技だったかご存知ですか?

 答えは、テニス!

 1920年、ベルギーのアントワープ大会で、熊谷一弥さんが銀メダルを獲得しました。熊谷さんは柏尾誠一郎さんとのダブルスでも銀メダルを獲得しています。

 その後、1970年代に起こったテニスブームの一翼を担ったのが、名作マンガ『エースをねらえ!』です。

『エースをねらえ!』は、テニスを始めたばかりのごく普通の高校生・岡ひろみが、彼女の才能を見いだした宗方仁コーチの厳しい特訓に耐え、成長していく名作マンガです。1973年に連載が始まり、アニメ化、ドラマ化もされました。

 ひろみがテニスを始めたきっかけは、超高校級プレイヤー・竜崎麗香のプレイに憧れたからです。竜崎麗香は、テニスが上手いだけでなく、美しく聡明で、家は裕福で、ゆれる縦ロールがトレードマークのお嬢様です。

「あざやかな 蝶の舞いにもにた 華麗な そのプレイ」「蝶のように美しく 蝶のように軽々と」というプレイスタイルから、彼女は「お蝶夫人」と呼ばれていました。

 お蝶夫人は、素直なひろみを妹のようにかわいがっていましたが、コーチの独断でひろみが大会の選手に選ばれると、選手を辞退するように勧めたり、絶縁宣言にも等しい厳しい言葉を投げかけたりして、ひろみを追い詰めます。

 そして、コーチに特訓を受けるひろみにイラついたり、好意を抱いている男子テニス部員の藤堂貴之がひろみと仲良くするのを見て嫉妬したりもしましたが、けっしてひろみを心から憎むことはできないのでした。

 そして、コーチの指導のもとメキメキと力をつけていくひろみを見て、お蝶夫人は、憧れの先輩としてだけでなく、越えるべき壁として、ひろみの前に立ちはだかることを決意します。

「おってきなさい ひろみ あたくしは 永遠に あたなのまえを はしる」と。

 それは、悲壮な決意でもありました。ひろみは宗方コーチと藤堂に支えられ、成長していきます。一方のお蝶夫人は、たったひとりでその道を進むのです。「あたくしこそは… 孤独だわ!!」そんなお蝶夫人の孤独な胸の内を知る人はいませんでした。

 今回は、お蝶夫人の女王ならではの孤独と、その後、愛を受け入れるまでの彼女の変化を表す名言を4つご紹介します。

●「あなたのエラーは あたくしがカバーします! 精いっぱいのプレイをなさい」

 宗方コーチの命令でダブルスを組み、試合に出ることになったお蝶夫人とひろみ。ふたりの実力の差は歴然で、ひろみは嫌がらせや陰口の的となり、お蝶夫人もひろみのプレイにいら立ちを隠せませんでした。

 しかし、試合で口さがない部員から「敵よりも たよりない味方のほうが おそろしいっていうけど ほんとね!」という声があがった時、お蝶夫人の心に火が付いたのです。

「だれです あたくしのパートナーを動揺させるようなことをいうのは!!」と部員たちをしかりつけると、ひろみにも、「まけることをこわがるのは およしなさい たとえ負けても あたくしはあなたに責任をおしつけたりはしない」と励まし、「あなたのエラーは あたくしがカバーします! 精いっぱいのプレイをなさい」と、自らを追い込みます。

 自分に絶対的な自信があり、女王として誇り高いテニスを目指すお蝶夫人だからこそのセリフです。女王はけっして逃げず、そして、人のせいにしない。ひとりで凛と立つお蝶夫人の姿は、女王らしく、気高く美しいのです。

●「きなさい 死にものぐるいで」

 これは、全日本ジュニア強化選手の選抜大会で、お蝶夫人とひろみがぶつかる試合の前に、愛する後輩であるひろみに言った言葉です。

 高校卒業をひかえたお蝶夫人は、ひろみとの試合に挑むにあたり、庭球協会理事である父に、その胸のうちを語っています。「たたかった意味があるように たたかいたいと思うのです」と、自分の技術のすべてをひろみに伝えるつもりでコートに立つのでした。

 指導者である宗方が自分でなく、ひろみを選んだことも、ひそかに思いを寄せていた藤堂がひろみと惹かれ合っていることも、そしてなにより妹のようにかわいがったひろみが自分の手から離れていったことも、すべてを乗り越えてお蝶夫人はコートに立ちます。そして、あえて多彩なプレイを見せて、ひろみに圧勝することで、彼女に自分のすべてを伝えたのでした。

 試合を前に、お蝶夫人は、美しく穏やかでまっすぐな瞳をひろみに向け、うすく微笑んでいるようにすら見えます。そこから感じ取れるのは、ひろみへの深い愛情と、しみいるような優しさ、そして自らを律してきた人の孤高の魂です。

 しかし、月日とともに、お蝶夫人の心境にも変化が訪れます。

■自分を知り、受け入れることができた愛と友情

●「あたくしはだめでした」

 宗方コーチ亡き後、ひろみを指導していた桂大悟は、彼女が立ち直ったと確信するまで断酒をしていました。ひろみやお蝶夫人もそれに気づいており、彼がお酒を飲む日こそが、ひろみが本当に立ち直ったと認められる時だと思い、その日を心待ちにしていたのです。

 友人でもある太田コーチの子供が歩いたお祝いの席で、ひろみはぐい飲みを傾ける大悟を見て、断酒を解いたのだと喜びました。しかし、ぐい飲みの中に入っていたのは水……。自分がまだ立ち直ったと認められていないことにショックを受けていたひろみをお蝶夫人は訪ね、外を歩きながら自分の子供の頃の話をしました。

 それは、将来を嘱望され、日本のテニス界を引っ張って行くと思われていた宗方仁と桂大悟が同時に引退した時のことでした。がっくり肩を落としていた父親を励ましたい一心で、幼いお蝶夫人は、『あたくしがいます おとうさま! あたくしが強くなります!』と言ったのです。

 そしてお蝶夫人は、「それがまちがいだった」と振り返ります。

「いつも自我が表面に出る者は頂点には登り切れない 天才は無心なのです」とひろみに説明し、「あたくしはだめでした」と続けるのです。憧れ、目標にしてきたお蝶夫人の言葉に驚くひろみに、「あなたはいついかなる時でも ただひたすらな努力をしてほしい!」と伝えます。

 お蝶夫人にとってのひろみは、妹のようにかわいい存在からライバルへと変わり、自分を追い越していったひろみには、再び姉が妹をかわいがるように無償の愛を与え、支えることを自分の使命としていました。お蝶夫人は、自分の限界を知り、そのうえで、テニスにかかわることで、彼女は孤独を脱し、前進することができたのかもしれません。

●「海が支えでした」

 男子テニス部キャプテンの尾崎勇は、お蝶夫人に思いを寄せていましたが、その思いはなかなかお蝶夫人には届きませんでした。友人の千葉鷹志はお蝶夫人を「あのプライド あの気性 10代の男にどうこうできるあいてじゃない 見ているだけが せいいっぱいの人だよ」と評していました。

 高校を卒業して半年ほどたった頃、ある集まりから帰るお蝶夫人を送ろうという申し出を「ひとりになりたいのです」と断ったお蝶夫人ですが、その後の「ぼくがいても あなたはひとりです」という言葉に思うところがあったのか、海へのドライブを求めます。

 海に向かって目を閉じ、「あれもたえがたい これもたえがたいと思うだけで この世に たえられないことなどないのかもしれません」とつぶやくお蝶夫人を見て、尾崎は「そのとおりです だれも なにも あなたを傷つけたりはできません」と、自分の思いを再び胸の奥にしまおうとするのでした。

 しかし、この尾崎の考えこそ、お蝶夫人に誰も頼らせず、孤高の女王であり続けさせるものだったのかもしれません。その後、お蝶夫人は尾崎の手を借りて岩から降り、その思いがけない触れ合いに尾崎は打ち震えました。

 そして、その2年後。ひろみとの試合を前に肉離れを起こし入院したお蝶夫人のもとに駆け付けた尾崎は、「あなたの強さが悲しいのです!」と言い、それへのお蝶夫人の答えが「海が支えでした」でした。心身ともにひろみを支え、壁としての役目を終えた孤独な女王が、愛を受け入れた瞬間です。

* * *

 物語序盤では、親の力や財力をかさに、思い通りに牛耳ろうとする、いじわるキャラに見えたお蝶夫人ですが、実際には、思慮深く優しく、そして凛とした素敵な女性でした。『エースをねらえ』は、大人になって読み返すと琴線に触れる言葉がたくさん詰まっているのです。

(山田晃子)

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