興収50億が目前『竜とそばかすの姫』 若者の共感を集めるのは「新時代のフェス像」?
マグミクス / 2021年8月19日 18時10分
■進化したネット世界を描く細田守監督
2021年7月16日より全国で公開されている細田守監督の劇場アニメ『竜とそばかすの姫』は、夏休み興行でいちばんの話題作となっています。首都圏は緊急事態宣言下にありますが、8月15日の時点で興収47億円を越える大ヒットに。細田監督の最大のヒット作『バケモノの子』(2015年)の興収58.5億円に迫る勢いです。
細田監督は東映アニメーション時代に『劇場版 デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000年)で注目を集め、独立してからは同じくインターネット空間を題材にした『サマーウォーズ』(2009年)をスマッシュヒットさせ、夏休み興行を任される人気監督となっています。
新作『竜とそばかすの姫』は、より進化したインターネットの世界が舞台です。ほぼ10年おきに、細田監督はインターネットの世界を扱っていることになります。顔が見えず、名前も変えることができるインターネットの世界は、誰もが自由に発言できる場ですが、面識のない人から手厳しく批評されることもあります。
スマホやパソコンが欠かせない時代となった現代を生きる若い世代は、『竜とそばかすの姫』のどこに魅力を感じているのでしょうか。
■「夏フェス」として盛り上がる仮想空間
本作のいちばんの見どころは、やはり「U」と呼ばれるインターネット上の仮想空間でしょう。ユーザーは「U」に登録すると、ユーザー自身が持つ「生体情報」と連動した「アズ」という名のアバターになることができます。現実世界では人生をやり直すことはできませんが、「U」の世界ではやり直すことが可能です。華やかな「U」の世界に魅了され、すでに50億人ものユーザーが登録しています。
主人公は、高知の片田舎で暮らす女子高生・すず(CV:中村佳穂)。幼い頃に母親を事故で失ってから内気な性格となり、人前で歌を歌うこともできません。自分に自信が持てずにいたすずですが、「U」の世界で理想の姿「Belle」となり、自作の歌を堂々と歌うことができるようになるのです。
人間なら誰もが持っている「変身願望」に加え、本業がミュージシャンである中村佳穂さんの抜群の歌唱力に引き込まれます。カラフルな「U」の世界とマッチしたメインテーマ「U」を「Belle」がパワフルに歌うシーン、物語後半に「はなればなれの君へ」を静かに熱唱するシーンは、どちらも印象的です。
メインテーマ「U」を手がけたのは、ロックバンド「King Gnu」としても活躍する常田大希さん(millennium parade)です。また、毒舌ぶりを発揮するすずの親友・ヒロちゃんを、「YOASOBI」のボーカル・幾田りらさんが演じているのもチェックポイントです。
コロナ禍によって、多くの学校では文化祭や運動会などのイベントが中止となりました。また、せっかくの夏休みも、行動の自粛が求められています。若者たちの鬱屈した心情とシンクロするように、「Belle」は内に秘めた想いを情熱的に歌い上げます。映画館が「夏フェス」に変わっていく瞬間です。プロアマ、国籍を問わない、リモート型の新しいフェス像となっています。
■表現手段を持つことで変化する主人公
『竜とそばかすの姫』と音楽は互いに切り離せない存在。オーディオ ストリーミングサービス 「Spotify」では、同作公式のプレイリストが配信中。音楽関係スタッフのボイスコメンタリーも聞くことができる
細田監督の作品は、自分の気持ちを他人に伝えるのが不得手な主人公が多いのが特徴です。すずも、これまでの細田作品の主人公たちと同様に、幼なじみのイケメン同級生・しのぶ(CV:成田凌)とはうまく会話ができず、男手ひとつで育ててくれた父親(CV:役所広司)とも距離を置いてしまっています。そんな自分のことが、すずは好きになれずにいます。
本作のすずは、これまでの細田作品の主人公たちと違う点が、ひとつあります。それは、すずには曲を作る才能があるということです。母親がまだ生きていた頃に、すずは音楽ソフトに触れ、曲づくりの面白さを知るようになります。現実世界ではもじもじしてばかりいるすずですが、「U」の世界では音楽的才能が花開くことになるのです。
自分が心で思っていることをきちんと言葉にするのは、容易なことではありません。揺れ動く思春期なら、なおさらでしょう。でも、すずは「U」の世界で歌姫となり、多くの人たちの共感を集めていきます。傷ついた心を持つ「竜」とも、出会うことになるのです。
すずは自作の曲を「U」の世界で発表することで、内面から変わっていくことになります。音楽という表現手段を手にしたことで、すずは自分に自信を持ち、大胆に行動する女の子へと変わっていきます。ひと夏の経験は、ひとりの少女を大人へと成長させていくのでした。
■細田監督自身の体験がベースに
物語のクライマックス。すずが「竜」の正体に気づき、助けに向かうシーンは賛否を呼んでいます。確かに、歌がうまく歌えるようになっても、現実的な問題を解決する役には立ちません。音楽そのものは、決して人間の窮地を救ってはくれません。
でも、すずは音楽という表現手段を手に入れたことで、自分のこれまでの「生」を肯定できるようになりました。「竜」が抱えているトラブルは、すぐには解決しないでしょう。それでも、音楽がすずの支えになっているように、すずは「竜」の支えになりたくて、懸命に手を差し伸べようとします。「竜」にも生きる喜びを知ってほしいと思ったのです。
すずの決断が正しいか間違っているかは別にして、すずが自発的に行動に移す姿を細田監督は描きたかったように感じます。すずにとっては、曲づくりが人生を変えるきっかけとなりました。すずのこの変化は、細田監督がアニメーション制作の面白さに目覚めた体験をベースにしているように思います。
金沢美術工芸大学を卒業した細田監督は東映アニメーションに入社しますが、プロの仕事の過酷さを痛感し、心が折れそうになったそうです。そんなとき、ディズニーアニメ『美女と野獣』(1991年)を観て、野獣がヒロインと出会うことで内面から変わっていく物語に感動したのです。人は出会いによって変わっていくのだと。
音楽だけでなく、表現方法にはアニメ、絵画、ダンス、お笑い、演劇など、いろいろとあります。自己表現の場を持つことで、新しい世界が広がっていきます。インターネット上の「いいね」やフォロワー数が多いか少ないかは、あまり関係ないように思います。勇気を出して、すずは最初の一歩を踏み出しました。すずが踏み出した一歩に、観客はシンパシーを感じているのではないでしょうか。
(C)2021 スタジオ地図
(長野辰次)
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