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「金ロー」で『風立ちぬ』放映 夢を共有する宮崎駿と庵野秀明の関係性に注目!

マグミクス / 2021年8月26日 19時10分

「金ロー」で『風立ちぬ』放映 夢を共有する宮崎駿と庵野秀明の関係性に注目!

■大きな「矛盾」を抱えた宮崎駿監督

 松任谷由実さんが荒井由実時代に歌った「ひこうき雲」がエンディングに流れる劇場アニメ『風立ちぬ』(2013年)は、興収120.2億円を記録した宮崎駿監督の大ヒット作です。零戦の設計者として知られる堀越二郎の生涯と、堀辰雄の小説『風立ちぬ』『菜穂子』などをモチーフにしていますが、アニメーション制作に尋常ならぬ情熱を注ぐ宮崎駿監督自身の自伝色の強い作品にもなっています。

 主人公・二郎は美しい飛行機を作ることを夢見ますが、軍国化が進む社会情勢によって、その夢は戦闘機の開発として実現することになります。自分の夢を叶えるために多くの命が失われることに、二郎は苦悩します。

 宮崎駿監督も反戦を唱える一方、戦闘機や戦車といったミリタリーものに惹かれてしまうという「矛盾」を抱えています。ひとりのアニメーション監督が抱える「矛盾」をテーマにし、メジャー作品として大ヒットさせてしまうところが、宮崎駿監督、そしてスタジオジブリのすごさだと言えるでしょう。

 宮崎駿監督の分身である二郎を、大人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督が演じたことも大きな話題となりました。2021年8月27日(金)の21:00から23:34まで、「金曜ロードショー」(日本テレビ系)の枠でノーカット放映される『風立ちぬ』の見どころを紹介します。

■難航した二郎役のキャスティング

 スタジオジブリに集まった手練れのアニメーターたちが、宮崎駿監督のもと、全総力を結集させた大作アニメとして『風立ちぬ』は完成しました。少年時代の二郎が見る夢の世界で、イタリアの航空技術者・カプローニが開発した大型飛行艇が空を舞うシーンは、いかにも宮崎駿ワールドらしいファンタジックさにあふれています。

 青年になった二郎が、ヒロイン・菜穂子と出会う関東大震災シーンの迫力には息を呑みます。地響きが街を襲い、群衆が逃げ惑うパニックシーンの描写と演出は、スタジオジブリの底力を感じさせます。

 その一方、難航したのが青年期の二郎を誰に演じさせるかという問題でした。スタジオジブリでは過去に『となりのトトロ』(1988年)ではコピーライターの糸井重里氏、『耳をすませば』(1995年)ではノンフィクション作家の立花隆氏を声優として起用していますが、今回は主役です。鈴木敏夫プロデューサーから、「庵野秀明」の名前が候補に挙がります。

 声優としてのキャリアはほぼなかった庵野監督ですが、鈴木プロデューサーらに呼び出され、二郎の台詞を読み上げると、これが役のイメージとぴったりでした。マイクテストの結果、二郎役は庵野監督に決定。ドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル 宮崎駿の仕事』(NHK総合)は、宮崎駿監督が「オレはすごくうれしいよ」「オレ、(二郎の上司の)黒川さんをやりたくなっちゃったよ」と、スタッフに満面の笑みで語っている様子を伝えています。

■お菓子の「シベリア」に象徴される二郎の欠点

二郎と菜穂子は物語後半で夫婦となるが、結核を患う菜穂子の体は弱っていく

 庵野監督が演じることが決まり、宮崎駿監督は大喜びしましたが、『風立ちぬ』で描かれる二郎は人間的にかなり欠陥のあるキャラクターです。裕福な家に生まれ、優秀な成績で帝国大学を卒業し、大企業の航空機開発部門に就職した二郎は、まさに超エリートです。ですが、残念なことに二郎は、他人の気持ちを思いやるということができません。

 象徴的なのが、二郎が昭和初期に流行していたお菓子「シベリア」を、お腹を空かせている子供たちにあげようとするシーンです。二郎は純粋な善意から買ったばかりの「シベリア」を「これを食べなさい」と初対面の子供たちに手渡そうとするのですが、年長の少女は受け取ることを拒否します。背広を着たエリート階級の男性からの施しは、少女の自尊心を傷つける行為でした。本当の貧しさを知らない二郎は、そのことが理解できないのです。

 二郎は自分の尺度でしか物事を考えることができません。休暇で高原を訪れた二郎は、震災で会ったきりだった菜穂子と再会し、婚約、そして結婚に至ります。菜穂子と一緒に暮らすようになっても、二郎は変わりません。菜穂子は結核を患っていますが、飛行機開発を第一に考える二郎は、菜穂子が寝ている部屋で、遅くまで仕事をし、タバコも吸います。

 菜穂子の健康を考えれば、サナトリムで養生させ、二郎が仕事を休んで看病すべきところでしょう。しかし、菜穂子も自分の体が弱っていく姿を二郎には見せようとしません。

 美しい夢だけを一途に追い続けた二郎、そして自分の美しい姿だけを記憶してもらおうとした菜穂子。最後に名曲「ひこうき雲」が流れることで、とても美しい夫婦の愛情物語だと思ってしまいがちですが、現実世界ではありえない夫婦像です。自身の家族に対し、父親らしいことができなかった宮崎駿監督なりの「贖罪」の意識が感じられます。

■本当は恐ろしいスタジオジブリ作品

 美しい夢を具象化してみせるカプローニに二郎は憧れ続け、夢の世界で彼の引退飛行にも立ち会います。カプローニと二郎の関係性は、宮崎駿監督と庵野監督のそれとよく似ています。宮崎駿監督のブレイク作『風の谷のナウシカ』(1984年)の巨神兵復活シーンを若き日の庵野監督が手掛けて以降、2人は同じ夢を共有し合っているかのようです。

 実は庵野監督は『風立ちぬ』のアフレコ参加時、体調が優れませんでした。庵野監督が代表を務めるアニメスタジオ「カラー」が制作した短編アニメ「よい子のれきしアニメ 大きなカブ(株)」を観ると、『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)を完成させた後の庵野監督は、精神的にボロボロの状態だったようです。それでも宮崎駿監督が引退覚悟で作る新作アニメには、庵野監督としては心惹かれるものがあったのでしょう。

 夢を追いかけるという行為は、とてもロマンチックですが、現実世界が見えなくなり、いつ引き返せばいいか分からなくなるという恐怖も伴います。また、自分の人生を棒に振るだけでなく、周囲にまで迷惑を及ぼす可能性があります。まさに命がけです。それでも人間は、夢を追いかけたくなってしまう生き物です。

 宮崎駿監督の『風立ちぬ』は、若い世代に「夢を追いかける覚悟はあるか?」と問いかけている作品ではないでしょうか。『風立ちぬ』は美しく、とても恐ろしいアニメーションです。

(C) 2013 Studio Ghibli・NDHDMTK

(長野辰次)

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