国内で屈指の知名度を誇る声優・大塚明夫 「極めて厳しい仕事」をことあるごとに語る

■独特の渋い声質　屈指の知名度を誇る声優

　11月24日は、声優・大塚明夫さんの誕生日です。おめでとうございます！　独特の低く渋い声質で知られており、役者として日本国内では屈指の知名度を誇る人物です。ゲーム「メタルギアソリッド」シリーズの主人公ソリッド・スネークなど数多くの印象的な役を演じており、『ルパン三世PART6』では小林清志さんから次元大介役を引き継ぎ話題となりました。

　筆者が「大塚明夫」という声優を強く意識したのは『機動戦士ガンダム 0083』のアナベル・ガトー役でした。「ソロモンの悪夢」の異名を持つエースパイロットで、一年戦争を生き抜いた歴戦の勇士ですら名前を聞いただけで恐怖する存在。義を重んじる性格で武人としての風格を漂わせ、初期は主人公コウ・ウラキにとって絶望的な敵として。後半は宿敵として圧倒的な存在感を放っていました。思えば、ガトーが心酔するエギーユ・デラーズの声を吹き込んだのは小林清志さん。裏切ったシーマ・ガラハウに捕らえられて人質にされた際、コロニー落とし作戦完遂のためにガトーに向けて放った「行け！　わしの屍を踏み越えて！」というセリフは、もちろん小林さんがご存命なのは承知していますが、今となっては大塚さんが次元大介役を引き継いだことを思わず連想してしまうシーンとなりました。

　ただ、大塚さんとしてはやはり小林さんが50年にわたって演じ続けてきた役を受け継ぐのは抵抗があったそうです。しかし小林さんの声ではない次元は嫌だが他の人にやられるくらいなら自分が引き受けるとオファーを承諾したことを明かしています。実際に収録した自身の声を聞き「違う」と感じ葛藤するなか、小林さんの勇退文章を読み、本当はまだやりたかったことを知り苦しみながらも、アドバイスも受け取り、身が引き締まったと共に光明が見えたとも語っています。もしかしたら熱心なファンから叩かれるかもしれない覚悟をしていたそうですが、大塚さんが引き継ぐことが発表されたとき、むしろファンからは「大塚さんなら安心できる」と声があがりました。それだけ、大塚さんの実力と実績は、多くの人に認められているのです。

■声優の厳しさを伝えてくれる方

『ルパン三世 PART6』次元大介役　原作：モンキー・パンチ (C)TMS・NTV

　今や押しも押されもせぬ超一流の声優である大塚さんですが、幼少時は父親の大塚周夫さんとの関係には苦しんでいたそうです。役者として忙しく活動していた周夫さんはあまり家にも帰らず、また『ゲゲゲの鬼太郎』の一期・二期でねずみ男を演じていたため大塚さんが「小ねずみ男」とからかわれたこともあり、役者という仕事にマイナスのイメージを持っていたと明かしています。余談ではありますが、周夫さんの役者仲間であった野沢雅子さんは、赤ん坊の頃の大塚さんのおしめを変えたことがあると語っています。

　そんな大塚さんですが、やがて周夫さんと同じ役者の道を歩み出します。しかし生活は苦しく、周夫さんの紹介で声優の仕事へと足を踏み入れます。とはいえ最初から十分な稼ぎを得られるわけではなく、声の仕事がない日は朝8時から夕方の5時まで、夏の炎天下や冬の寒風に吹かれながら、土木工事のアルバイトをしていたことを著書『声優魂』に記しています。

　また、長く最前線で活躍し続けている大塚さんは、声優が極めて厳しい仕事であることを、ことあるごとに語っています。

　声優には毎月の給料はなく、自動的に仕事が舞い込んでくるわけでもない。新しく声優の世界に足を踏み入れた人は、すでに実力と実績を兼ね備えた人気声優と仕事を奪い合うことになる。そして何より、声優は自分で仕事を作れないという、現場の人間にしか分からない事実を突きつけてもくれました。

　声優は声と演技で登場人物に命を吹き込む存在です。しかし台本は脚本家などが書くものです。誰かが作ったストーリーに仕上げをする、つまり誰かがストーリーを作ってくれなければ仕事はありません。吹き替えも、ナレーションも、アナウンスも、誰かが書いた文字を読み上げる仕事です。誰かの仕事の先に声優が立っており、誰かに選んでもらわなければ成り立たない仕事であるのは確かです。

　しかし声優の声はたくさんの人に感動と力を与えてくれる、すばらしいものです。大塚さんのような方が厳しく若手に模範を示してくれている限り、声優人気は続くでしょう。大塚さんはこれからも先頭に立ち、私たちに素晴らしい声を聞かせてくれるとともに、若い声優志望者に背中を見せ続けてくれると信じています。

（早川清一朗）