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【追悼】声優の八奈見乗児さん 誰もが使う「ポチる」はアドリブから生まれた?

マグミクス / 2021年12月16日 16時40分

【追悼】声優の八奈見乗児さん 誰もが使う「ポチる」はアドリブから生まれた?

■博士からコメディリリーフまで幅の広いバイプレイヤー

 声優として長年活躍してきた八奈見乗児さんの訃報が伝えられました。八奈見さんがお亡くなりになったのは2021年12月3日のこと、90歳だったそうです。生前、声優としてTVアニメ最初期からご活躍されたその功績を、演じてきたキャラたちを振り返ることで思い出していきましょう。

 八奈見さんの演じたキャラでもっとも古くて代表的なキャラは、やはり『巨人の星』(1968~1971年)の伴宙太だと思います。独特の野太い声を、モノマネでやっていた人も多くいました。実は八奈見さんは老け役が多かったことから、十代の声は無理だと一度は断ったところ、スタッフから「思ったように演じてください」と言われて引き受けたそうです。

 筆者としては、この少し前に演じた映画版『サイボーグ009』(1966年)のアイザック・ギルモア博士も思い出されます。1968年にTVで放送された白黒版も演じていました。八奈見さんといえば博士役が多いイメージですが、大きく分けてギルモア博士のような理知的な人物と、いかにもマッドサイエンティストといった風体の博士役に分けられます。後者の先駆けは、おそらく『ハッスルパンチ』(1965年)のガリガリ博士でしょう。

 この他、怪人ものとも言うべき変なキャラも独特のアドリブを加え、唯一無二ともいえる怪演を見せてくれました。『もーれつア太郎』(1969~1970年)のココロのボス、『デビルマン』(1972年)のポチ校長、『ミクロイドS』(1973年)のノラキュラ先生など、一度聴いたら忘れられない印象を与えてくれています。

 芸達者な部分はアドリブだけでなく、同一作品内で敵味方別のキャラを演じることも多くありました。『ゲッターロボG』(1975年)では車弁慶と百鬼大帝ブライ、『UFOロボ グレンダイザー』(1975年)では宇門源蔵博士と恐星大王ベガ、『惑星ロボ ダンガードA』(1977年)では佐渡酒造とヘチ副総統といった具合です。

 もちろん、こういった作品のほかにも『ゲゲゲの鬼太郎(第3作)』(1985~1988年)の一反もめん、『ドテラマン』(1986年)のインチ鬼大王こと鈴木繁、『のらくろクン』(1987年)ののら山くろ吉、『ビックリマン』(1987~1989年)のスーパーゼウス、『チンプイ』(1989年)のワンダユウなど、代表作を挙げてもキリがありません。それだけ八奈見さんが日本のTVアニメ黎明期から稀代のバイプレイヤーとして活躍してきたかということでしょう。

 もちろん洋画などでも活躍していましたし、『アクマイザー3』(1975年)のガブラは特撮ファンの間で忘れられない印象的なキャラとして人気がありました。反面、声優として顔出しNGだったので、TV番組に登場することはあまりありません。あくまでも声の仕事を本業として考えていたのでしょう。

■アドリブの達人が生み出した、後世に残る言葉

八奈見さんは、現代にも受け継がれる『ヤッターマン』ボヤッキーの名セリフを生み出している。画像はボヤッキーを主人公としたマンガ『ヤッターマン外伝ボケボケボヤッキー」第1巻 (小学館)

 八奈見さんが演じたキャラでもっとも有名なものといえば、タイムボカンシリーズの三悪人のひとり、という意見が大多数かもしれません。『タイムボカン』(1975~1976年)のグロッキー以降、シリーズで三悪人の頭脳担当キャラを演じてきた八奈見さん。その活躍は飛び飛びでしたが、最後の出演作となった『ヤッターマン(第2作)』(2008~2009年)まで30年以上も演じていました。

 悪役なのにどこか憎めないというキャラは、このシリーズの三悪人が元祖とも言われていて、今なお後続するアニメ作品にも影響を与え続けています。また、「女子高生のみなさ~ん」、「今週の〇〇」などの名セリフや、マンネリギャグが長期にわたってシリーズを支えてきました。

 そのなかでも、『ヤッターマン』(1977~1979年)のボヤッキーがよく使っていた「ポチッとな」が、一番有名かもしれません。

 その後、他のアニメ作品でも使われたことでも有名ですが、ネットスラングで「ポチる」という購入ボタンを押す行為にまで使われるようになりました。この「ポチっとな」は八奈見さんのアドリブで、ボヤッキー以外のキャラでは「プチュっとな」(グロッキー)、「デボっとな」(『ゼンダマン』(1979年)のトボッケー)など、キャラによって違っています。また、八奈見さんのアドリブの多さにシリーズ途中から、セリフの尺を多めにしていました。

 もうひとつ、八奈見さんが参加した作品の中で筆者が印象深いのは『ドラゴンボール』(1986~1989年)シリーズです。ブリーフ博士、国王、界王、バビディなどのキャラも印象深いのですが、サブタイトルが出る前のアバンでのナレーションが頭から離れません。みなさんも『ドラゴンボール』の語り部としてのイメージが強く残っていませんか?

 結果的に八奈見さんの遺作となった『ドラゴンボール超』(2015~2018年)で途中降板した時は心配しましたが、その後は体調も良くなっていたそうです。しかし、復帰することもなく静かに声優としてピリオドを打ったと聞きました。「老兵は死なず ただ消え去るのみ」そんな思いがあったのかもしれません。

 八奈見さんが亡くなられて悲しい気持ちはありますが、これからも残してくれた作品をまだまだ楽しんでいこうと思います。あらためまして、八奈見乗児さんの御冥福を心からお祈り申し上げます。

(加々美利治)

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