無音を表す「シーン…」は手塚治虫が生み出した? マンガ界の「大発明」を振り返る
マグミクス / 2022年1月28日 20時10分
![無音を表す「シーン…」は手塚治虫が生み出した? マンガ界の「大発明」を振り返る](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/magmix/magmix_76749_0-small.jpg)
■「シーン」を発明した神様
今や日本文化の象徴ともいえる「マンガ」。東京2020オリンピック開会式の入場行進で、世界に向けてマンガの吹き出しが描かれたプラカードが掲げられていたのも、記憶に新しいところでしょう。日本で最も古いマンガは、平安時代末期から鎌倉時代初期に描かれた『鳥獣人物戯画』と言われていますが、それほどの昔から日本人はマンガ的な表現に親しんできたのです。
そんな日本マンガの歴史のなかでは、その後のマンガ界の進化を加速させるような、「表現の発明」が出現することがありました。今回は、マンガ表現の分岐点となっていたような画期的表現手法をご紹介します。
●「無いもの」を表現したマンガの神様
「マンガの神様」と称される手塚治虫先生は、日本のストーリーマンガの開祖と言われ、大胆なコマ割でスピード感や時間経過の表現の幅を広げるなど、マンガ界に数々の偉業を残しています。そして、「無いもの」を表現するというコロンブスの卵的な発明もしていました。
それは、無音を表す「シーン」という文字です。1951年から1952年にかけて「少年少女 漫画と讀物」に連載された、『新世界ルルー』という作品でのことでした。一千年後の人たちに向けた遺書を読んだ面々が、実際にはまだ20年しか経っていないことに、なんとも複雑な気持ちになって沈黙してしまう……という場面に「シーン」という文字が書かれているのです。
おそらく「しんと静まりかえる」の「しん」から来ているのでしょうが、「シーン」の文字で静けさが強調されるという、画期的な表現方法でした。これについては手塚先生自身が「音ひとつしない場面に「シーン」と書くのは、じつはなにをかくそうぼくが始めたものだ」と語っており、『新世界ルルー』以降、さまざまな漫画家たちもその手法を取り入れたことがうかがえます。
実際には聞こえない音を書くことで状況を説明するという発明は、今ではマンガ界にすっかり定着しました。ショックを受けたときの「ガーン」、恐怖を感じたときの「ゾクッ」などは、本来は存在しない音が聞こえてくる気がするほどです。荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険』では、「ゴゴゴゴゴ」「ドドドドド」と、文字で緊迫感や心の動揺といったさまざまな状態を表すなど、作品になくてはならない表現となっています。
■顔に縦線、怒りマーク……マンガ独特の「漫符」とは
●ヤバイときには「顔に縦線」
誰が始めたのかはわかりませんが、登場人物の顔に縦線を描いて、マイナスな心理状態を表現するテクニックも画期的な発明です。困ったり焦ったり怖かったりなど、とにかく「ヤバイ」ときには「顔に縦線」。さくらももこ先生の『ちびまる子ちゃん』でよく使われていたのが、印象的ですよね。
お母さんに怒られたとき、いたずらがバレそうでドキドキしているとき、友達のギャグが笑えなかったとき……あらゆる「ヤバイ」場面でまるちゃんの顔には縦線が描かれます。大なり小なり「なにかヤバイ状況なんだな」ということが、一瞬で見てとれる「顔に縦線」はマンガ界の共通言語です。
「顔に縦線」のように、誰もがその意図がわかる表現は、「漫符」と呼ばれます。「漫符」の呼称は『サルでも描けるまんが教室』(相原コージ・竹熊健太郎 共著)で初めて登場し、「感情や感覚を視覚化した、まんがならではの符号(記号)のこと」と説明されています。
音楽の共通言語が「音符」なら、マンガの共通言語は「漫符」というわけです。読者は、キャラの顔に十字型(Y字型の場合も)の曲線が描かれていれば「怒っているな」とわかり、頬に斜め線が数本描かれていたら「照れてるんだな」と思えるなど、日本のマンガには欠かせないテクニックです。多彩な「漫符」は、誰が始めたものかはわかりませんが、思うに日本マンガ黎明期の漫画家たちがさまざまに工夫をこらして生み出したのでしょう。そして、漫画家の共有財産として、世界に誇る日本のマンガを造り上げてきたのです。
●単行本の背表紙に一枚絵が
作品自体の表現ではありませんが、鳥山明先生の大ヒット作『ドラゴンボール』の単行本背表紙にも大発明がありました。全42巻をそろえて並べると、背表紙の絵がつながって一枚絵が完成する……という仕掛けがあったのです。
巻物のような長い絵として現れたのは、7つのドラゴンボールを持った神龍を、悟空や亀仙人、ピッコロ、ベジータなどの人気キャラが追いかけている様子。完成した絵を眺めるのも楽しいのですが、当時、発売ごとに買い足していたファンにとっては、次はどんな背表紙なのかと待ち焦がれる、わくわくイベントともなっていました。
この仕掛けを発明したのは、「週刊少年ジャンプ」で伝説の編集者と呼ばれた鳥嶋和彦さんです。鳥嶋さんによると、アイデアのもとは子どもの頃に集めていたキャラメルのおまけなんだとか。そのおまけは集めて絵を完成させるものだったそうで、「ならばマンガの背表紙も一枚絵にしてしまえば売り上げが伸ばせるんじゃないか」と考えたのだそうです。
一枚絵が完成するとなれば、1巻も抜かさずに買いたくなるだろうからと。さすがは伝説の編集者、売り上げを伸ばしつつファンを喜ばせるという、WIN-WINの作戦を立てたのです。
しかもこのアイデアは、忙しい漫画家にとってもありがたいものでした。一度完成絵を渡しておけば、単行本のたびに背表紙を書く必要がないのですから。
背表紙が一枚絵になる手法は他にも『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(41巻~46巻に相当)や、『ジョジョの奇妙な冒険』黄金の風編(49巻~63巻に相当)で行われ、それぞれファンを楽しませてくれました。最近は電子版の普及で背表紙の遊びはなかなか難しい時代かもしれませんが、コレクター心をくすぐるこんなアイデアには、ぜひともまた出会いたいものです。
(古屋啓子)
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