『うる星やつら』のファンも、TV局も怒った押井守の奇作回 意味不明なループでカルト人気に
マグミクス / 2022年3月3日 6時10分
2022年、アニメ『うる星やつら』(原作・高橋留美子)が36年ぶりに完全新作で復活、フジテレビ「ノイタミナ枠」などで放送される予定です。いつから始まるのか、情報が待ち遠しいですね。
最初のアニメは1981~86年に放送され、後の巨匠・押井守さんが第129話(第106回放送分)までチーフDを努めていたことでも有名です。そして、原作にはない押井さんのオリジナル作はたびたび賛否を呼びましたが、なかでも「最大の奇作」といわれるのが第101話「みじめ! 愛とさすらいの母!?」です。主人公はあたるの母。実は設定上、名前がついていません。そんな名もなき脇役が主役だったのです。
●不条理で終わりのない夢のループ
それでは、第101話「みじめ! 愛とさすらいの母!?」を振り返ります。ドラマ『世にも奇妙な物語』のような、ミステリーゾーンに迷い込んだダークな雰囲気です。
「朝から晩までの家事を務め ハードな1日を終える……。こんな毎日の繰り返しで息子を育てあげ 静かな老後を送るのだろう。不満はないが、ふと懐かしいようなあてどない思いが胸をかすめる……」と、あたるの母の独り語りで始まります。
ある日、バトルロイヤル状態のバーゲンセール会場で母は失神。画面は真っ暗になります。すると……「♪鶴と亀がす~べった~後ろの正面だぁれ」と、歌が聴こえ、薄明かりのなか、謎の少女が話しかけてきます。
「あなただぁれ?」。
その後、母は医務室らしきベッドで目覚めます。医者から異常はないと告げられ帰宅しますが、自宅には夫の遺影が。そして、母は自分も老婆であることに気づいて愕然とするのです!……するとまた目が覚めます。再び帰宅すると、家にはもうひとり自分がいて仰天!……夢がループしています。
また目覚めると、今度は精神分析医がいます。母は患者で、ふたつの夢はその医師が催眠誘導で見させたもの。医師はその夢のなかに、母の秘められた願望があると指摘します。その願望とは、「『自分とあたるさえいればいい』という母親の永遠の願いに他ならん」というのです。しかし母は不敵な笑みを浮かべ反論、「今こうしてあなたと私が向き合っているこの世界が、まだ私の夢の続きでないとどうして言えるの!」「私の夢ならば徹底的に普段満たされぬ欲望を満たしてやるわ!」。そして、母は空を飛びまわり、やりたい放題に欲望を叶えていきます。
……母はまたベッドで目が覚めます。医師から異常なしと説明を受け、外に出ると街は戦車が走り、戦闘機が飛ぶ戦場になっていました。そして、異星人が操る巨大ロボットを見た母は「私の趣味じゃないな~(つまりこれは誰かの夢か?)」と思うのです。その後、爆撃で夫がふっ飛ぶところを見て、また目が覚めます。
今度は母は、廃墟にいました。戦争の続きです。「夢を見ました、長い、長い夢、いろんな夢を見る夢」、母がそんな説明をしていると、異星人が総攻撃を仕掛けてきます。母も銃を持ち、みんなとともに出撃するのですが、街が大爆発の光に包まれ静かになります。
その後「♪か~ごめかごめ」の歌が流れ、謎の少女を中心に笑みを浮かべたキャラたちが輪になっています(※ラストは本当に「?」です)。またしても「後ろの正面だぁれ」という言葉で、少女が振り向くと、その刹那母と入れ替わります。そして、輪の中心に座る母と少女は微笑み合うのでした。すると花火が上がり、宙に浮かぶ巨船からあたるとラムが手を振っています。「かごめかごめ」が再び流れ、母と少女は手をつなぎ輪に参加。ゆっくりと暗転しエンド……となります。
■後の名作映画誕生のきっかけに
学園祭前日がループしやがて浦島太郎状態で過ごす面々。これは夢か現実か? 押井守最高傑作の声も高い、映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』ポスタービジュアル (C)高橋留美子/小学館
●クレームの嵐をうけて映画の道が開いた
ここまで、あらすじを説明してきました。これは個人の解釈ですが、あたるの母を題材に大変で変化のない専業主婦の日常を描き、抑えている欲望に対してそれこそ「夢を叶えて」と励ましている、そんなメッセージ性があったのではないかと感じます。ただ、タイトルの「みじめ」は、どこがみじめなのかよくわかりません。
当時、放送後に視聴者から「わけがわからない」、「もっとラムを出せ」といった苦情が殺到。TV局側からも大激怒されます。しかし裏を返せば、反響が凄かった回とも受け取れます。さらに、押井監督は「このエピソードから映画が作れるかもしれない」そう感じたそうです。
そして生まれたのが、いまや名作と謳われる『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)です。この映画を観たあと、「みじめ! 愛とさすらいの母!?」を観ると、セリフの端々に映画の匂いを感じます。例えば、最後に登場する医師と母の会話を、一部書き起こしてみましょう。
医師「人間というのは、現実においてしばしば非現実感を味わったり、意識の混乱やらとっちらかしを起こしますし、ま、概ね夢というやつは奇妙にリアルだったりしますからね。どんなに現実感あふれる世界でも、それが誰かの長い長い夢の一部である可能性は、否定できないでしょう」
母「誰かの、ですか」
医師「そう、自分の夢とは限りません。自分自身で考え行動しているつもりでも、そうするように夢を見ている誰かが考えているとすれば、何の根拠にもなり得ません。ひとつ忠告しておきますが、この世界が夢である可能性と同じだけ、現実である可能性もあるわけです。よく考えてください」
……この、わかる人しかわからない心理学的なセリフまわし。押井監督はいわゆる「胡蝶の夢」のような虚構と現実を感じる作品をいくつか手掛けていますが、きっかけはこの「みじめ! さすらいの母!?」だったように思います。「夢がループする奇作が転じ、思い通りの映画を作る夢を叶える」とは、夢にも思わなかったかもしれませんね。
(石原久稔)
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