原作と違うから賛否両論? でも傑作な『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』BSで放映
マグミクス / 2022年3月6日 8時10分
■ 20周年を迎えてなお大人気『鋼の錬金術師』
2021年に原作連載開始から20周年を迎えた、荒川弘先生のマンガ『鋼の錬金術師(以下ハガレン)』。今なお根強い人気を誇る少年マンガの名作で、これまでに二度TVアニメ化され、2本の劇場アニメ、さらに実写映画も作られています。
そんな『ハガレン』の劇場アニメ第一作『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者(以下シャンバラ)』が3月6日、BS12 トゥエルビの「日曜アニメ劇場」で放送されます。本作は、2003年から2004年にかけて放送されたTVアニメシリーズのその後を描いた作品で、原作とは異なる展開となっています。
『ハガレン』の最初のTVアニメ化企画は、原作がまだ完結していない段階でスタートしたためにマンガ版とは異なる結末を描くことがあらかじめ決められていました。2009~2010年には、改めて原作に準拠した内容で『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』が放送されました。これも『ハガレン』の絶大な人気ゆえのことでしょう。
『ハガレン』は、錬金術が発達した世界を舞台にした、ファンタジーアドベンチャー。死んだ母親の命を錬成しようとして、身体を奪われたふたりの兄弟、エドワード・エルリックとアルフォンス・エルリックが、身体を取り戻す手がかりを探す旅を描いた作品です。スチームパンク的な世界を舞台に、魔法のように物の形を自在に変形させる錬金術を駆使したバトルと、シビアな命のやり取り、複雑な背景を抱えたキャラクターの群像劇などが魅力です。
そんな『ハガレン』のなかで『シャンバラ』はどんな位置づけで、どのような魅力を持った作品なのか解説していきます。
■エドがWW1敗戦後のドイツに転移!?
『ハガレン』原作は、アメストリスという架空の国が主な舞台です。2003年のTVアニメもこの設定を踏襲していますが、オリジナル展開となる後半では、私たちの住む現実世界が平行世界として存在することが明らかになります。
そして、なんと主人公のエドが弟のアルを救うために、1921年の現実世界、ドイツのミュンヘンに転生してしまう展開を迎えてTVシリーズは幕を閉じるのです。
『シャンバラ』はその2年後、1923年のドイツと平行世界のアメストリスの2つの世界を舞台に展開していきます。エドが飛ばされた現実の世界は、錬金術の代わりに科学技術が発達した世界です。元の世界に戻るために、エドはドイツでアルそっくりのアルフォンス・ハイデリヒとともに、ロケット工学を学んでいます。
本作の舞台となる1923年のドイツは、第一次世界対戦の敗戦から数年後、インフレで民衆の生活は苦しく、その不満から排外主義的な機運が高まり始めている頃です。ファシズム台頭直前の特殊な雰囲気を作品に反映させており、民族差別的な言動をする人物が日常的なシーンに登場します。興味深いのは、そういう描写を特別なものとして描かずに、それが当時の普通の感覚だとさらりと描いているところ。戦争に向かう国の狂気とはこういう空気だったのかも……と思わされます。
そんな排外的な機運の犠牲となるキャラクターとして、ロマの女性ノーアが登場します。国を持たないロマ族は、よそからやってきてドイツを汚す存在だと罵られており、そんなノーアをエドはかくまうのです。国を持たないノーアは、かつて旅に出る時に実家を焼き、帰る家を持たないエドの姿にも重なります。
また、本作には実在した人物や団体も数多く登場します。例えば、物語のカギを握るトゥーレ協会という秘密結社は、ナチスの母体となった組織です。さらには、アドルフ・ヒトラーも(セリフこそないものの)登場するなど、かなり現実に食い込んだ描写をしています。
■原作の本質をとらえた改変と強烈なメッセージ
原作マンガ「鋼の錬金術師:完全版1」(スクウェア・エニックス)
このように現実とフィクションをリンクさせることによって、観客に何を伝えようとしたのでしょうか。
水島精二監督は、本作で「誰も世界とは無関係でいられない」というメッセージを伝えたかったと語っています。本来の『ハガレン』は架空の世界を舞台にしていますが、そこからキャラクターが現実の世界に来てしまうという物語展開そのもので、このメッセージを伝えているのです。
しかし、原作の人気が高ければ高いほど、内容を変更した時には大きな議論が起こるもの。本作は、原作とは異なるオリジナルストーリーですが、やはり原作ファンの間で激しい賛否両論が起こりました。
それでも、一本の映画作品として完成度は高く、その証として、日本のメディア芸術100選(2000年代)アニメーション部門第5位に入るなど、多くの賞を受賞しています。
現実の世界とつなげてしまうという大胆な改変、さらにTVシリーズのオリジナル展開も含めて各キャラクターの関係性や役割が大きく変化していますが、同作は『ハガレン』という作品の本質をきっちり抑えています。
その本質とは、「錬金術は等価交換」だということ。何かを得るためには別の何かを犠牲にしなくてはならないというシビアな世界の理(ことわり)を描いたのが『ハガレン』の魅力で、それは現実世界を生きる私たちも実感することでしょう。
そして、原作にも過酷な戦争描写や貧困、民族差別など、作者が現実世界を参照したと思われる要素を含んでいました。そういう世界観だからこそ、現実とも違和感なくリンクできたのでしょうし、水島監督の伝えたかった「誰もが世界と無関係でいられない」というメッセージも、あらかじめ原作に宿っていたと言えるでしょう。
エドが架空の世界から現実世界に飛び出してしまったかのように、この作品を観る人もアニメを突き抜けて、もっと広い世界の厳しさを突き付けられるような、そんなすごいものを観たという感覚にさせてくれる作品なのです。
(杉本穂高)
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