『空の大怪獣ラドン』、「午前十時の映画祭」で上映へ 精巧ミニチュアに「滅びの美学」も
マグミクス / 2022年3月18日 12時10分
■東宝怪獣映画初のカラー作品『空の大怪獣 ラドン』
「空飛ぶ戦艦か! 火口より生まれ 地球を蹂躙(じゅうりん)する紅蓮の怪鳥ラドン」
東宝製作の怪獣映画初のカラー作品となった『空の大怪獣 ラドン』(1956年)は、公開時にそんな熱いキャッチコピーがポスターに躍っていました。
世界中で大反響を呼んだ『ゴジラ』(1954年)、その続編『ゴジラの逆襲』(1955年)に続き、『空の大怪獣 ラドン』も大ヒット。ラドンはその後、『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964年)や、ハリウッドで製作された『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)でも、大いに活躍することになります。
2022年4月から始まる「午前十時の映画祭12」のラインナップに、多くの名作洋画と並んで、4Kデジタルリマスター版『空の大怪獣 ラドン』が選ばれています。「午前十時の映画祭11」では『モスラ』(1961年)が初公開時の「序曲」つきの上映だったことが、ファンを歓喜させました。今回もスクリーンいっぱいに繰り広げられるラドンの暴れっぷりに、注目が集まりそうです。
東宝特撮映画のなかでも完成度の高さで知られる『空の大怪獣 ラドン』の魅力を振り返ります。
■悪夢のような怪鳥ラドンの誕生シーン
当時の日本ではまだ珍しいカラーフィルムで撮影された『空の大怪獣 ラドン』は、お正月映画として公開されました。東宝が大変な力を入れていたことが分かります。『ゴジラ』を大ヒットさせた本多猪四郎監督、円谷英二特技監督らヒットメーカーを起用していますが、『空の大怪獣 ラドン』の評価が高い理由は、ストーリーの面白さにあると言っていいでしょう。
舞台となるのは九州・阿蘇地方にある炭鉱町。この町で坑夫たちが次々と惨殺される怪事件が発生します。若い炭鉱技師の河村(佐原健二)は事件の謎を追いますが、殺人鬼の正体は人間ではありませんでした。金属音のような奇妙な鳴き声とともに古代トンボの幼虫・メガヌロンが暗闇から現れ、河村たちに襲いかかります。炭鉱町はたちまちパニックに陥ります。
驚くのは物語中盤からの展開です。坑道の奥深くには、メガヌロンの群れが生息していました。体長が3メートル近くある不気味なメガヌロンですが、巨大な卵から孵化したばかりの怪鳥ラドンの雛がついばみ、メガヌロンを捕食しているではありませんか。メガヌロンがまるで小さなアリのように感じらます。このシーン、映画館で初めて観た人は腰を抜かさんばかりの衝撃だったのではないでしょうか。
脚本は『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』を手掛けた村田武雄氏と、のちに特撮映画史に残る名作『ガス人間第一号』(1960年)や『マタンゴ』(1963年)を生み出す木村武氏との共作です。本多猪四郎監督の演出、円谷英二特技監督のこだわりとの相乗効果で、ラドン誕生シーンは悪夢のような強烈なインパクトを観る者に与えます。
■「特撮美術のレジェンド」による精巧なミニチュアワーク
東京都現代美術館で3月19日から開催予定の、「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」
物語前半はパニックホラーとして、炭鉱町を襲った恐怖をじわじわと描いていますが、怪鳥ラドンが登場する中盤以降は、音速で空を飛ぶラドンと同様にスピーディに展開していくことになります。
阿蘇山から飛び立ったラドンは、長崎までひとっ飛びし、翼から生じる衝撃波によって1955年に完成したばかりの西海橋を一瞬にして崩壊させてしまいます。さらにラドンは九州最大の都市・福岡市を壊滅させるのでした。
福岡市の中心街・天神にあるデパート「岩田屋」の屋上にラドンは舞い降ります。陸上自衛隊が一斉射撃しますが、ラドンが翼を広げる度に西鉄電車は吹き飛び、中洲の歓楽街まで大被害を被ります。西鉄ライオンズの活躍で大いに賑わっていた福岡市は、たちまち火の海と化していきます。
ネオンから看板まで精巧に福岡市の街並みをミニチュア化したのは、のちに「特撮美術のレジェンド」となる井上泰幸氏でした。美術担当の渡辺明氏と当時はまだ美術助手だった井上氏は、福岡まで巻尺とカメラを持ってロケハンし、「岩田屋」や「西鉄福岡駅」など市内の主要な建物をリアルに再現しています。井上氏が福岡出身だったこともあり、地元の友人らの協力もあって、ミニチュアはより精巧なものになったようです。
2022年3月19日(土)から、東京都現代美術館にて「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」が開催されます。井上氏の残したスケッチやデザイン画などの資料の展示に加え、『空の大怪獣 ラドン』の撮影セットが会場に再現されるそうです。昭和な雰囲気を漂わせる福岡市街のミニチュアは、「井上泰幸展」の大きな見どころになりそうです。
■「もののあはれ」を感じさせるフィナーレ
物語のフィナーレも印象に残ります。アジア一帯を震撼させたラドンは、帰巣本能から阿蘇山へと帰ります。古生物学者である柏木博士(平田昭彦)の発案で、阿蘇山の噴火を利用したラドン撃退作戦が実行に移されます。自衛隊のミサイル攻撃によって阿蘇山は噴火を早め、溶岩が吹き出す火口へとラドンは戻ろうとします。火口に落ちたラドンを救おうと、もう1匹のラドンもその後を追うのでした。
2匹のラドンは兄弟だったのでしょうか。仲のよい夫婦のようにも思えます。自分たちの巣を守ろうとして焼け死ぬラドンたちの最期を、河村と彼に思いを寄せるキヨ(白川由美)は見届けることになります。愛し合う恋人たちは、どんな気持ちで燃え尽きるラドンたちを見つめていたのでしょうか。
人間は「万物の霊長」を自認していますが、『空の大怪獣 ラドン』を観ると、人類は生態系の一角に過ぎないように思えてきます。また、人間だけでなく、異形の怪獣たちにも仲間を思う気持ちがあり、生まれ故郷を大切にしていることが伝わってきます。
戦争で片足を失っていた井上氏ら美術スタッフが精魂込めて完成させたミニチュアの街は、1回の撮影ですべて破壊され、また無敵の強さを誇った大怪獣も、あっけない最期を迎えます。『空の大怪獣 ラドン』には、日本文化ならではの「もののあはれ」「滅びの美学」が感じられます。
※「午前十時の映画祭12」は、2022年4月1日(金)より全国の映画館で午前中の時間に上映予定。『空の大怪獣ラドン 4Kデジタルリマスター版』は12月の上映予定ですが、詳細は映画祭公式サイトなどをご確認下さい。
※「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」は、東京都現代美術館で3月19日(土)から6月19日(土)まで開催予定です。
(長野辰次)
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