アニメ『みゆき』で描かれなかった原作の「結末」 声優に大ブーイングも?
マグミクス / 2022年3月31日 6時10分
■ふたりの「みゆき」の間で揺れ動く主人公
1983年3月31日、TVアニメ『みゆき』の放送が開始されました。原作はあだち充先生。スポーツをからめた人間模様が描かれることが多いあだち充作品のなかでは珍しく恋愛に焦点を絞ったラブコメ作品であり、主人公・若松真人が同級生の鹿島みゆきと血のつながらない妹である若松みゆきのふたりの間で揺れ動くさまが描かれました。
1970年代後半から80年代前半にかけて、かつては小さな子供向けとされていたTVアニメのなかに、ハイティーンをターゲットとした作品が増えつつありました。『みゆき』もその内のひとつです。
特に『みゆき』は恋愛を中心軸にすえた作品として、当時のアニメのなかでは異彩を放っています。1980年代前半には『超時空要塞マクロス』『ときめきトゥナイト』『キャッツ・アイ』など恋愛を重視した作品が複数登場しましたが、SF要素やファンタジー要素を含まず、なおかつ純粋に恋愛のみを追いかけた作品は、『みゆき』が最初期の作品となるようです。
監督(チーフディレクター)を務めたのは西久保瑞穂氏。タツノコプロで演出家として活躍し、押井守氏らと共に「タツノコ四天王」と呼ばれた人物です。西久保氏にとっては『みゆき』が初のシリーズ監督作品であり、鍛え抜かれた技量でまだアニメ業界全体として経験が少ない「恋愛の演出」を見事にこなし切りました。
本作は声優についても、ひと工夫が凝らされました。少年少女の恋愛を軸とするために、声優も若い年代の人物が配役されたのです。特にメインヒロインとなる若松みゆきにはまだ中学生の荻野目洋子さんが抜てきされ、清廉な声で初々しい演技を披露してくれました。しかし熱心な原作ファンからはブーイングが浴びせかけられていたそうで、後に荻野目さんはファンに対しお詫びしたいとのコメントを残しています。
インターネットがない時代、ファンが声優の演技に文句を付けるにはアニメ雑誌や新聞の読者欄への投稿など、相応の労力を必要とします。今となっては、『みゆき』が不満点に文句を付けたくなるほど注目度が高い作品だったことを示しているのは、皮肉と言えるかもしれません。
■『みゆき』を彩る名曲の数々
ふたりの「みゆき」と主人公・若松真人 著:あだち充『みゆき』第2巻(小学館)
さて、『みゆき』を思い返すとき、必ずと言っていいほど脳裏によみがえるのが美しい旋律に彩られたオープニングとエンディングの数々です。
特に最初のエンディングテーマである「想い出がいっぱい」は中森明菜さんの「DESIRE -情熱-」や『ウルトラマンメビウス』のオープニングテーマなど莫大な数の名曲を生み出した鈴木キサブロー氏が作曲し、作詞は山口百恵さんのヒット作を数多く手がけ、2006年には紫綬褒章を授与された阿木燿子氏が提供しており、本作にかける製作陣の意気込みがうかがえるメンバーがセレクトされていました。
そしてボーカルは中沢堅司氏と赤塩正樹氏による音楽デュオ「H2O」が務めており、明るく爽やかでありながら悲しみが織り込まれた透明感のある歌声は高い評価を受け、当時の歌番組でも「想い出がいっぱい」が登場するシーンがしばしば見受けられました。
今でこそテレビ番組でアニメソングが扱われるのは当たり前の光景となっていますが、1980年代以前のアニメソングは童謡として扱われており、一段低いポジションの楽曲とみなされていました。「想い出がいっぱい」は杏里の「CAT’S EYE」と並び、アニメソングの地位を高めた初期の楽曲として、大きな意味を持つ曲なのです。
また、オープニングテーマである「10%の雨予報(テンパーセントのあめよほう)」は本来の歌詞で「everyday」となっている部分が「みゆき」に変更されており、「アニメの内容に合わせて詞を変更する」という極めて珍しい試みが行われているのも特筆すべきポイントです。
23話から最終話まで使用されたエンディングテーマ「Good-byeシーズン」も青春の日々を送りながらも、貴重な時間は間もなく終わりを告げようとしていることを示唆する名曲として、非常に強い印象を残しています。
恋愛重視のスタイル、ポップミュージックの多用など、現代のアニメにつながる重要な役割を担ったTVアニメの『みゆき』でしたが、アニメの最終回が放送された時点でまだ原作は連載途中であり、結末が描かれることはありませんでした。完結編を劇場用新作アニメで制作する話もあったそうですが、残念ながら実現していません。この点が、本作の最も残念な部分となっています。おそらくは多くの子供たちがしばらくしてから原作の結末を知り、さまざまな感慨を抱いたのではないでしょうか。
筆者自身はアニメの終了後に姉から原作を借りて最終回を読んだとき、当時小学生の身ながら愕然としたことをよく覚えています。若松家のふたりが愛し合っていたことを知りながらも、自分の気持ちを止められなかった、選ばれなかった人たちが、幸せになったことを祈らずにはいられません。この結末をアニメで見てみたかった……。
(早川清一朗)
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