不登校の少年が出会った、負傷したプロ野球選手 絶望がつないだ絆に涙
マグミクス / 2022年5月16日 16時10分
■つらい挫折からの決意
「ある出来事」がきっかけで不登校になってしまった少年・理雄。ある日、入院中の祖父の病室で、ケガで入院してきたプロ野球選手・松嶋に出会います。親や先生から勧められた転校が嫌でしたが、「どうせ無理だ」とあきらめてしまった理雄は自分の想いを直接言うことができずにいました……。
中村環さん(@nakamura_tamaki)による創作マンガ『ラッキーボーイ』がTwitter上で公開されました。多くの読者が涙して活力をもらった、と話す感動的なストーリーでTwitter投稿は3000以上のリツイート、いいね数が1.4万を超えた作品です。
躍動感ある絵と、多くの心をつかんだストーリーが背中を押してくれます。読者からは「感動した」「めっちゃいい話!」「ドラマみたいな読後感」という声があがりました。『ラッキーボーイ』の作者・中村環さんにお話を聞きました。
ーー中村環さんがマンガを描き始めたきっかけを教えて下さい。
保育園の頃から、将来の夢は漫画家だった覚えがあります。でも、子供の頃マンガのようなものを描いた覚えはありましたが、一作も完成させることはできたことはなく、いつも数ページ目で諦めてばかりでした。ハッキリと「マンガを描きたい」と意思を持ってペンを握ったのは、長野県佐久市で開催された、『北斗の拳』の原作者である武論尊先生の「武論尊100時間漫画塾」がきっかけです。
開塾当時、私は社会人2、3年目の頃で、東京でデザイン会社に勤めていましたが精神と体調を大きく崩して長野県の実家に戻り、療養していました。心と体が思うように動かせず、働けなかったため、せめて何か習いたいという気持ちと、子供の頃一度、「自分には努力ができない」と諦めてしまったマンガを描くということが、少し我慢強くなった今ならできるのではないかという気持ちで、入塾課題のための作品に手を付けました。
努力が報われず、自棄になった理雄(中村環さん提供)
ーー感動的なストーリーが魅力的な『ラッキーボーイ』ですが、この物語は、どのように生まれたのでしょうか? お話を思いついたきっかけなどはありましたか?
きっかけは子供の頃から時々あった挫折感だと思います。私は子供の頃から、勉強や習い事やスポーツ、どれも大成したためしがありませんでした。いつもなぜか努力をする前に諦めてしまって、ただ一応所属しているだけ、という状態で学生生活を過ごしてきたように思います。努力を継続できる人がまるで違う生き物のように見えていました。
1番大きかった挫折は、社会人1年目でした。ちょっと体育会系の雰囲気がある会社に勤めていたのですが、会社の同期たちが皆すごく努力家で、月に何十冊も本を読んで勉強したり、休日にセミナーに行ったりと、とにかく行動量がすごくて、それができなかった私は、ああ、「また」だと自分自身に絶望しました。
「一流を目指す」「世界を目指す」ことに熱意を燃やすことを尊ぶ雰囲気が社内にあり、目指すことは私もしたかったのですが、「どうせ私なんかができるわけない」「やればできる、なんて、うさんくさい」と思ってしまって努力するということが、どうしてもできませんでした。
療養中に改めて自分の人生を振り返って考えました。行動しなければ、何も成し得ないのは頭では分かっていますが、行動できないのはなぜなんだろう? と思ったとき、会社のある先輩から「中村は不安を感じやすい性格なのでは」と指摘されたことを思い出しました。「努力ができない」という現象にはいくつか原因があると思いますが、そのひとつに不安感が挙げられるのではと気付きました。その気付きを共有したら、同じことで悩んでいる人の助けになるんじゃないかと思って、マンガにすることを決めました。
また、私は根っからの文化系の性格なのですが、昔から体育会系にずっと憧れがありました。なんでそんなに努力できるんだろう、なんで根拠がないのに未来を信じられるんだろうと不思議に思っていて、「未来を信じて行動する」という体育会系の人が無意識にやっていることを不安感の強い文化系の私が納得して動けるように解釈したらどういったものになるのかというのも試してみたかったというのがあります。
■読者に教わった「気付き」とは?
逃げ出そうとする理雄を引き留める松嶋(中村環さん提供)
ーー読者からは「活力をもらえる!」との声が多くあがっていた『ラッキーボーイ』。この作品を描くうえで、工夫した点を教えてください。
当時の自分の持てる全力を尽くして描いてはいるのですが、あまり意図して工夫して描いたわけではなくて何が読者さんの心に響くことになったのか、自分でも詳しくはわかりません(笑)。
でも強いて上げるならば、例えば大谷翔平選手がホームランを打ったというニュースをTVで見て活力をもらえるのってなぜなんだろうと考えると、大谷選手と自分に、何か共通のものを見出しているからかなと。主人公の理雄や、憧れの存在である松嶋と、読者が「自分と同じだ」と思ってもらうことが大切だと思いました。なので、同じだと思ってもらえるようなリアリティを持たせたいなと思い、エピソードひとつひとつにページ数をとって心情を丁寧に取り上げようと心がけました。あとは、野球選手のほかに私がヒーローだと思っている人たちがいて、それは漫画家を目指すマンガ友達なのですが、その人たちと接するなかで私が実際に感じていたことを描いたからなのではないかと思っています。
作中の理雄と松嶋も特段深い仲かと言えばそうではありません。病室ですれ違っただけの人です。勇気を与えあう存在は、必ずしも仲の深い相手だけではありません。実は、理雄の「学校も行けないし野球もやめてしまう」絶望的な世界線に、別世界の住人だと思いたかったはずの、あこがれの野球選手が落ちてきてしまったと感じたことが理雄にとっての絶望を強める要素になっています。
ただ、同じ病室に存在したという事実が、松嶋の「一軍に戻り、ホームランを打てる世界線」とクロスして、理緒と松嶋の世界線が地続きであるということが理雄を勇気づけたし、松嶋も理雄の「理雄がうまくいったからきっとうまくいく」世界線とクロスすることで、勇気づけられるというのをやりたかったです。私のマンガ表現はまだまだ未熟で、それが表現できているかというと全っ然っうまくできなかったので、そこは反省して次回はもっと分かりやすく伝えられるように頑張りたいです。
ーー作中では「ゲン担ぎ」が重要なキーワードになっています。中村環さん自身の「ゲン担ぎ」はありますか?
靴ひもを左から結ぶとかそういうのはあまりやりませんが、自分の調子が良かった瞬間をもう一度再現するということはよくあります。例えばスマホを家に置いて早歩きで散歩をしたときにアイデアが浮かんだことがあったら、もう一度やってみるとか。
ーーたくさんの感想が寄せられていますが、特にうれしかった感想の声、印象に残った読者の声について、教えて下さい。
どれもすごくうれしかったです! わざわざ貴重な時間を使って伝えようと思ってくださったことがまずうれしいです。特に印象に残ったという点であれば、伝わったことや自分なりの解釈を教えてくださったのがすごく勉強になりました。例えば、「ゲン担ぎは効果がある・ないではなく、心のチューニングに使うものだと思っている」ことや、「誰だって見えない将来は不安だけど、自分なりのお守りを見つけたら大丈夫かも」、「言語化するのにも行動を起こすにも不安はあるけど、大丈夫だと自分が信じてあげることが大切」というご感想です。
作品を制作していたとき、伝えたいメッセージはあったものの、それは複数のものがぐちゃっとからみ合った毛糸玉みたいなやつで、当時の自分の力では因数分解できず、テーマをマンガ賞の締め切りまでに絞り切れなくて、だったら全部描こう、と整理がつく前に作品を仕上げてしまったという苦い経緯がありました。なので、ご感想を読んで、そうか、私はこれを描きたかったんだ、という気付きになりました。読者の皆さまには本当に感謝です。
ーーTwitterで数多くの創作マンガを公開されている中村環さんですが、今後の創作活動などでチャレンジしてみたいことはありますか?
3つやりたいことがあります。ひとつめは、今回の『ラッキーボーイ』のような渾身の一作をまた描いて、それをマンガ雑誌に投稿してマンガ賞で自分がどこまでいけるかを試してみたいです。
ふたつめはTwitterで、ライトであたたかみのあるショートマンガを描きたいです。会社員時代にお金も時間もなくて体調も悪くて、でも助けを求められるような友達もいない孤独なときに、お金をかけずに手に入る癒やしに救われたので、自分のような人のために、クスッとできて、癒やしになるような……そんなお話を描きたいです。
3つめはマンガを描き続けることです。私はモチベーションに波があってすぐさぼってしまったり、つい人や仕事を優先し、自分のやりたいはずのマンガを後回しにしたりしがちなので、描き続けるということをひどく難しいと感じています。なので、継続的に作品を描き続けるための対策をしていきたいです。
(マグミクス編集部)
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