【大河ドラマ「光る君へ」コラム】三条天皇の眼病 病因は様々な霊だった 見えない霊を平安貴族はどうイメージしたのか
まいどなニュース / 2024年12月17日 19時30分
大河ドラマ「光る君へ」では、中宮彰子の出産をめぐるシーンに続いて印象に残った場面として、三条天皇(演・木村達成)の病気についてみていきましょう。
疫病の流行や天皇・貴族の病気など病とその治療について何度か描かれていました。三条天皇は目や耳の病気となり、ドラマでは、文書を逆さまにして読む場面が印象的でした。中宮の藤原妍子(藤原道長の次女、演・倉沢杏菜さん)が内親王を出産したものの、皇子でなかったため、父道長(演。柄本佑)は失望します。長和四年(1015)には、内裏で火災が起こり、道長は天皇に譲位を迫ります。執拗な譲位の要求によって、三条天皇の病はますます重篤になっていきました。
この頃の三条天皇の病の様子が藤原実資(演・秋山竜次)の日記『小右記』に残されています。
長和四年(1015)五月二日条では、昨夜、七壇御修法(七仏薬師法)が始まったことが記されています。比叡山の天台座主をはじめ、天台宗の高僧たちが宮中に護摩壇を築き祈祷を行いました。三条天皇は、次のようにおっしゃったとあります。
昨日の申剋、御湯殿を供すに、其の後、御心地、極めて悩み御する間、御前に候ずる女、気色、相誤り、組入を仰ぎ見て云はく、「御読経・御修法の霊験有り。」
昨日の午後3時~午後5時ごろに、御湯殿に入った後、具合が悪かったようです。このとき、伺候していた女房の気色が変わり、組み入れ天井を仰いで、「御読経・御修法の霊験有り」と言いました。その後、三条天皇の心は元どおり回復したのです。また、女房も元どおりとなったといいます。
壇々御修法の律師、御加持の間、御前に候ずる女(民部掌侍)、両手、振動す。已に邪気に似る。昨、御目、頗る宜しかるも、今日、猶ほ例のごとく不快。
また、僧侶が加持祈祷をしている間、民部掌侍の両手が震え、「邪気」に似た様子でした。「邪気」は以前にお話ししたように「もののけ」の漢語表記でした。験者の憑祈禱によって、憑坐の女房に何らかの霊(眼病の原因)が憑依し、その時は、三条天皇の具合がよかったのです。しかしながら、2日は不快でした。そして、四日には、その霊の正体が明らかとなります。
「主上の御目、冷泉院の御邪気、為す所」と云々。「女房に託し、顕露す。申す所の事、多し」と云々。「人に移す間、御目、明るし」と云々。『小右記』長和四年(1015)五月四日条
三条天皇の目の病因は、「冷泉院の御邪気」であったのです。このことは、憑坐の女房の口を通して明らかとなりました。また、七日には、別の霊の記事もあります。
律師心誉、女房を加持す。賀静・元方等の霊、露はれて云はく、「主上の御目の事、賀静の為す所なり。御前に居るに、翼を開く時には御目を御覧ぜざるなり。但し御運、尽き給はず。仍りて御体に着さず。只、御所の辺りに候ず」と。『小右記』長和四年(1015)五月七日条
園城寺(三井寺)の僧心誉が女房(憑坐)を加持したところ、賀静や藤原元方ら複数の霊が顕われ、三条天皇の目の病は賀静の仕業だといいます。賀静は、天台座主の地位を25歳年下の良源と争い敗れた敗者で、良源を保護していた藤原氏に怨みを抱いていたとされます。この記事で興味深いことは、賀静の霊が視覚的な表現で語られているところです。霊が天皇の前にいて、翼を開いたときは目が見えないとり、天皇の体に着かず、御所のあたりにいると記されています。眼に見えない霊を平安時代の貴族がどのようにイメージしていたかがわかる貴重な記録です。
さらに、『小右記』長和四年(一〇一五)五月二十二日条には、陁観(高階成忠)の霊が顕われます。彼は、中宮定子の母方の祖父であり、長徳元年(995年)の藤原道長(柄本佑さん)と藤原伊周(演・三浦翔平さん)の争いの時に、陰陽師を使って、道長を呪詛した人物です。民部掌侍(女房、憑坐)に乗り移り、民部の子どもに暴力をふるうため、三条天皇が子供を抱きかかえます。それでも「霊物」は忿怒して、その子どもを踏みつけ、蔵人が取り離しました。憑祈祷の現場のすさまじさが伝わってきます。五月二十七日にも、天皇の目の具合が悪くなったため、心誉に加持祈祷させたところ、聖天(仏教を守護する天部の善神)が顕われ、三条天皇が聖天供の法要を皇太子の時には行っていたもの、即位してから供養をしていないため、「之に因りて祟りを成し、致し奉る所なり」と語りました。
このように三条天皇の眼病平癒にあたっては、天台宗の験者による加持祈祷が行われ、「邪気」「冷泉院の邪気」「賀静」「藤原元方」「陁観(高階成忠)」に加え、「聖天」という仏教の神までもが原因として特定されているのです。病気の原因が特定されると、祈祷や座主の地位を追贈するなどという対処を行いますが、三条天皇の目の病はなかなか快癒しませんでした。一つの原因を取り除いても解決できないときは、他の原因を特定していくことになります。これは、日本の神々への信仰に通ずるところがあります(地震や洪水など災害の原因を神の怒りと考え、祭祀で鎮めますが、数年後にまた災害が起こった際、別の神の祭祀が行われます)が、平安貴族社会の特色は、憑坐の口を通して、霊が語っているところです。霊の語りは、中世以降に物語や芸能というメディアで社会に広がっていきます。怪異・怪談文化の源流の一つがここにあるといえるでしょう。
(園田学園女子大学学長・大江 篤)
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