「103万の壁」もっと正確な説明と理解が必要 残る論点は減税と社会保険 自公のみの政策決定に風穴【豊田真由子が解説】
まいどなニュース / 2024年12月17日 18時25分
いわゆる「103万円の壁」が大きな話題になっています。この話は実はかなり複雑で、メディア等でも、必ずしも、正確な理解に基づく精緻な議論が、行われていないように思います。本件は、恒久的な減税が行われるという話でもあり、パート・アルバイトのご本人やご家族だけでなく、国民の皆様全体に影響がある話です。
私は、2024年12月1日放送の番組で、「103万円の壁」について、「約127~150万円の間の引き上げ幅がよいのではないか」と申し上げました(計算根拠は後述)。
その後12月11日に、自民・公明と国民民主の合意で「178万円を目指して、来年から引き上げる」と発表されたとき、世の中では「178万円実現か!?」と言われましたが、私は「いや、きっとそんな簡単にはいかないよ・・・」と思っていたところ、案の定、12月13日に、自公から「123万円」という提示がなされました。(なお、国民から“騙し討ち”のように見えてしまうやり方は、誰にとってもよくないと思います。)
「税の壁」及び「社会保険の壁」、そして今後の展開等について、できるだけ正確かつ分かりやすいご説明となるよう、数回に分けて、考えてみたいと思います。
【ポイント】
・「壁」はいろいろある。
・「税」と「社会保険」の話は、あわせて議論しないと、意味が無い。
・学生は「103万円」、主婦は「150万円」
・「物価」を指標にするのがよいのでは?
・「経済の好転による賃金の上昇」も目指してほしい。
・学生が過剰に働かなくてもよい環境作りを。
「壁」はいろいろある
「103万の壁」と言われますが、いわゆる「壁」はたくさんあり、意味も違います。「税の壁」だけを見直しても、結局「社会保険の壁」で手取りが大きく減ってしまうため、「年収の壁」の問題を考える際は、両者をあわせて見直さないと、意味がありません。
100万円(住民税課税最低限)、103万円(所得税課税最低限/特定扶養控除)、150万円(配偶者特別控除)は、「税」の話で、106万円(従業員51人以上企業の健康保険・厚生年金保険への加入義務)、130万円(同51人未満の企業の国民健康保険、国民年金保険への加入義務)は、「社会保険」の話です。
なお、上記のうち、社会保険の「106万円の壁」については、今回の議論とは別に、以前から検討が行われてきており、次期通常国会に法案が提出され、企業規模や年収要件が撤廃される予定です。また、「130万円の壁」は、これを超えると、「本人に国民年金・国民健康保険の保険料負担が新たに生じる一方で、将来の給付は増えない」という深刻な問題で、政治・行政になんらかの対応が求められるところです。
今回はまず、税の「103万円の壁」について考えてみたいと思います。
学生は「103万円」、主婦は「150万円」
ここでは「壁」という意味を、「パート・アルバイトの方ご本人と、その方を扶養する方の手取りについて、『世帯』で見たときに影響が出る」ということとして考えます。
まず、アルバイトをする学生については「勤労学生控除」という制度があり、年収が103万円を超えても130万円までは、学生本人に所得税はかかりませんが、子どもの年収が103万円を超えると、親が「特定扶養控除」を受けられなくなり、親の税負担が増える、という問題があります。
一方、パートの主婦・主夫(便宜上、以下「主婦」と書きます)の方については、「103万円」ではなく、「150万円」が1つの節目になります。主婦の方の収入が150万円を超えても、「配偶者特別控除額」が緩やかに低下するように設計されているので、世帯収入が減ることはなく、厳密には「壁」ではありません。2018年から「配偶者特別控除」の額が引き上げられたので、あくまでも、パート主婦の方の世帯にとっての節目は「150万円」になります。そして、103万円を超えても、所得税負担は「103万円を超えた分の5%」ですので、「95%分」は手取りの増加となり、その意味では、(「社会保険の壁」のような)パートの方ご本人の「手取り減」も起きません。
この点、誤解されている方が多くいらっしゃると思いますので、パートの主婦の方は、「103万円での働き控え」をする必要が無い、ということをもっと周知するべきではないかと思います。
現在の検討状況は?
まず、上記のアルバイト学生の親の「特定扶養控除」については、自公と国民民主の協議を経て、12月12日、政府・与党が、子どもの年収上限を現行の「103万円」から「150万円」に引き上げる方向で調整に入ったとされています。2025年から適用とし、段階的に控除が縮小することで、要件を超えた場合も世帯の手取りが急減しない仕組みも検討するとのことです。
したがって、この「特定扶養控除」の改正が実現した場合、残っている問題は、「所得税のかからないラインである103万円をどうするか」ということになり、かつ、その場合の主な目的は、「所得のあるすべての方への減税」ということになります。(「勤労学生控除」と「特別配偶者控除」があるため、「特定扶養控除」が引き上げられれば、学生にとっても主婦の方にとっても、103万円はすでに「壁」ではなくなっているから。)
103万円の引き上げ幅は?
<「賃金」を指標にした場合>
国民民主党の「103万円→178万円」の主張の根拠は、「最低賃金」の上昇率(全国加重平均で1995年の611円から2024年に1055円でおよそ1.73倍)と同等にすると178万円、ということになります。
これを「最低賃金」ではなく、「パート労働者平均給与」でみると、約1.1倍で113万円となり、また、「給与所得者全体の平均給与」でみると、約1.0倍で103万円となります(毎月勤労統計調査・民間給与実態統計調査)。
それにしても、ずっと給料が上がらないという状況は、我が国の「失われた30年」、経済の停滞の問題が、いかに深刻であるかが分かります。
<「物価」を指標にした場合>
1947年に創設された「基礎控除」は、憲法25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)を国民に保障する手段として、「最低限の生活費には課税しない」という理念がその根底の一つにあります。物価や賃金、社会・経済状況の変化に応じて断続的に引き上げられてきましたが、1995年が最後で、物価がほとんど上がらないこの30年間は、基礎控除額(48万円)と給与所得控除の最低保障額(55万円)の合計が「103万円」のまま据え置かれている、という状況にあります。
「物価上昇」にあわせてこの額を引き上げる見直しは当然に必要であるといえ、また、こうした経緯にかんがみれば、指標としては物価を用いることが有用といえるのではないかと思います。
1995年からの30年間の物価上昇率で考えてみると、以下のようになります。
・消費者物価上昇率:103万円×1.1=113万円
・生活必需品(家賃・エネルギー・食料等)の物価上昇率:103万円×1.24=128万円
・食料品の物価上昇率:103万円×1.36=140万円
そして参考までに、生活保護費は、20~40代の一人世帯の方で、年約127円~151万円(地域によって異なる)となっています。
<では、どうする?>
12月13日に、自民・公明が提示した「123万円」は、食料や光熱費、家賃など生活に身近な物価が、1995年以降、約2割上がったことを根拠にしていると説明されました。所得税の基礎控除と給与所得控除の最低保障額をそれぞれ10万円ずつ引き上げ、税制改正関連法の成立後に、遡って2025年1月から適用し、年末調整で対応する考え、とのことですが、国民民主案との溝は大きく、協議が続けられています。
12月1日の番組で、わたくしが「127~150万円」と申し上げたのは、上述の計算等を踏まえて、「政策論としては、生活必需品の物価上昇率に合わせた128万円辺りが妥当かな」と考えたものの、一方で、物価高に苦しむ国民感情や現下の政治状況(少数与党ゆえ、キャスティングボードを握る国民民主党への配慮が不可欠)等にかんがみれば、「128万円」では低すぎるだろうなと思ったため、もっと高い額とするために、生活保護費等も参考にして、こうした数字も出してみた、ということになります。
「広く行われる恒久減税の規模をどれくらいにするか」という話になるので、公平性や財源の確保、減税の実際の効果といった問題についても考える必要がある、ということになりますが、いずれにしても、長きに渡り、自公だけで政策が決められてきていた、という日本の閉塞的な政治状況に大きな風穴が空いたことは、非常に意義があると思います。
「経済の好転による賃金の上昇」も目指す
「103万円の壁」問題は、「手取りを増やす」という話でスタートしたものですが、「働き控え」を減らすことで人手不足対策になる、減税により恒久的に増えた手取りが消費に回り、経済に好影響をもたらす可能性、といった視点も指摘されます。
そして、今の「税や社会保険の壁」の議論は、「手取りを増やす」ということが、「労働時間を増やしても、税や社会保険料を取られないようにすることで、(世帯としての)手取りが下がらないようにする」という意味で語られていますが、本来「手取りの上昇」は、「経済が活性化して、企業の業績が好調となり、賃金が上昇する」といったことによって実現されることがより望ましく、政治・行政や社会、企業・個人は、そのためになにをなさねばならないかを考える、ということも、忘れてはならないと思います。
学生が過剰に働かなくてもよい環境作りを
学生時代は、勉学やスポーツ、研究などに励み、ご自身の可能性を広げる大切な時期です。(もちろん、働くことも大切な社会経験ではあります。)
学生の方が「アルバイトをしないと、学費が払えない、生活が苦しい、それで家族を支えている」というような状況であることは、本当に苦しくお大変なことであり、それに対しては、「(課税最低額を引き上げるから)もっと働いてください」といった政策誘導ではなく、学費の免除や、給付型の奨学金の支給、そして、家族も含めての官民挙げての生活への支援など、多方面にわたるサポートによって、社会全体で、若者を支え励ますことに、もっと力を注ぐべきではないかということも、申し述べたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――
次回は、同じくらい重要な「社会保険の壁」について、考えてみたいと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。
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