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顔つきの変化は「太ったせい」じゃなかった 難病「アクロメガリー」と向き合い続けた女性が考える“いい顔”とは 53歳で美容師に…悩む人たちにエール

まいどなニュース / 2025年1月19日 18時32分

山中登志子さん

昨今はルッキズムが社会問題になるなど、「顔」に関する話題が取り沙汰されている。そんな時代だからこそ、考えたい。果たして、自分にとって「いい顔」とは一体どんな顔なのだろうか。

山中登志子さんは「アクロメガリー」(先端巨大症)という病気と生きる中で変わっていく自身の顔に悩み、葛藤。

辿り着いたのは、造形美にとらわれない“顔の受け止め方”だった。

高2の頃に顔や足がむくみ始めて…

アクロメガリーは脳の「下垂体」に腫瘍ができ、成長ホルモンが過剰分泌される指定難病。額や鼻、唇、下顎が大きくなって顔つきが変わっていったり、手足など体の先端が肥大したりする。

発症率は年間100万人あたり3~4人といわれており、症状の個人差は大きい。頭痛や視力障害、糖尿病、指先のしびれ、生理周期の乱れなどといった症状も現れる場合がある。

山中さんは高2の頃、顔や手足が大きくなり、顔つきが変わったと感じた。太ったせいだ。そう思い、ダイエットに励んだが、顔つきの変化は止まらない。同級生は、山中さんの変化に心ない視線や言葉を向けた。

だが、山中さんは強い。海外の人と文通するなど意識を学校外に向け、卒業までの日をカウントダウンしながら高校生活を乗り越えたのだ。

しかし、同級生は一生の記念になるはずの卒業アルバムにも山中さんをからかう言葉を書き、心を傷つけた。

「アルバムには『私は〇〇〇よ…』という伏せ字(※真ん中のみ小さな丸)が書かれていました」

また、アルバムでは仲のいい男子2人が見つめ合う写真に「愛」とも書かれていたそう。色々な想像ができる自分に対しての伏せ字や同級生に向けられた同性愛を揶揄するような表現に心が痛んだ。

「若さゆえ、他者に負のエネルギーを向けてしまうことはある。でも、担任教師はアルバム委員の暴走を止めることができたはずです」

山中さんいわく、その教師は体育祭での仮装競技の時、生徒たちから見せ物小屋で姿を晒している映画「エレファント・マン」の主人公に仮装させられたが、「暑かったじゃないか」の一言で済ませ、注意をすることはなかったそう。

「その時、『こういう倫理観はおかしい』と生徒たちを諭す機会があったら、卒業アルバムも違った形だったのではないかと思います」

「アクロメガリー」との向き合い方に悩んだ日々

病名が分かったのは、大学3年の頃。大学の健康診断で腎臓病と糖尿病の疑いがあると言われ、大きな病院へ。医師から精密検査を勧められ、アクロメガリーであると判明。糖尿病は、アクロメガリーの合併症だった。

脳腫瘍の摘出手術を受けたが、肥大した顔は元には戻らない。容姿にコンプレックスを持った山中さんは就職活動を諦め、たまたま入社できた出版社で編集者として働いた。

だが、問題から一時的に逃げても結局は逃げきれないことに気づき、顔の受け止め方が変わる。ある時、美大生の裸婦デッサンモデルになって自分を客観視できたことも心の整理をするきっかけになった。

しかし、前向きに歩み出した矢先、糖尿病が悪化し、腫瘍が再発。医師は血管に絡みついた腫瘍を見て「手を出せる脳外科医はいない」と言った。

そこで、高額な成長ホルモン抑制剤と、インシュリン注射を1日7本打ち続けたそう。保険適応でも毎月数万円の負担となり、高額医療費制度によって治療費の一部は払い戻されたものの、金銭的にも精神的にも苦しかった。

だが、山中さんは希望を捨てず、手術ができる専門医を探し出した。その後、2回の手術を受け、腫瘍はほぼ切除できたという。

この苦しい闘病生活の中で痛感したのは“諦めないこと”と“病気と闘いすぎないこと”の大切さだった。

「気にしたら、ずっと気になってしまう。だから、病気のことを少し忘れるくらいの力加減で向き合うくらいが私には合うなと」

5年前から山中さんは、心室の筋肉が収縮しづらくなり、心臓の内腔が拡張する指定難病「拡張型心筋症」も患っているが、この考え方に心を支えられている。

当事者の金銭的な負担を減らすために啓もう活動をスタート

メディアで初めて病気を語ったのは40歳を迎えた、2006年のこと。脳下垂体の異常による下垂体疾患の患者団体「下垂体患者の会」の発足に携わった際、当事者が感じている経済的負担の深刻さを伝え、アクロメガリーなどを指定難病の対象にして公的な医療費助成が受けられるようにしたいと思い、取材を受け始めた。

「バラエティー番組で病気が取り上げられた時、掲示板に書かれた『そんなにひどい顔じゃない』という言葉は、ずっと心に残っています。バラエティーだからこそ、リアルな本音が聞けたような気がした」

山中さんらの奮闘もあり、アクロメガリーは患者会の設立から4年ほどで難病指定された。

メディアへの露出は、予期せぬことももたらす。高校時代の同級生から「ごめんなさい」との謝罪メールが届いたのだ。

「その彼から何かされたことは正直、あまり記憶にありませんでした。ただ、その時、気づいた。謝ることは、いつでもできるんだなと」

山中さんはその気づきを、自身の謝罪に繋げた。まず、負荷をかけすぎた元部下へ謝罪。高校時代、顔つきの変化を知られたくなくて「二度と会いたくない」と拒絶した憧れの先輩にも「失礼な態度を取った」と30数年越しに謝った。先輩とは今でも時折、連絡を取り合う仲だ。

人は容姿端麗な人に惹きつけられやすく、周りとは違う見た目の人に対して様々な気持ちを抱くこともある。だが、心に芽生えた負の感情をまずは自分の中で受け止めて、想像力を持ってほしいと山中さんは願う。

目指しているのは自分が好きでいられる「いい顔」

今、山中さんが目指しているのは「綺麗な顔」ではなく、「いい顔」だ。

「顔は、心の在り方や置かれている場所によっても変わる。病気が原因ではない変化も私の顔にはある。人と比較せず、自分の顔をもっと“いい顔”にしてあげたい」

自分の顔を好きになるには、どうしたらいいかと考え抜いた末、山中さんは53歳で美容師の資格を取得。現在は、安心して染められる白髪染めのヘナ(植物塗料)の魅力を広めている。

「いいものを伝えて綺麗になってもらえば雰囲気が変わって、顔つきも変わる。病気になっていなかったら美容師にはなっていなかったし、すごく傲慢でイヤな女だったかもしれません」

逃げてきた人生だったし、諦めの人生だった。でも、山あり谷ありなのはみな同じ。ラッキーもアンラッキーもチャンスにしていきたい。これまでをそう振り返り、山中さんは顔のことで悩む人たちに「自分の顔を好きになれる人生を一緒に歩んでいこう」とエールを贈る。

人は変わることが難しく、誰かを傷つけることもある。だが、一方で何歳でも変われて他者を癒すこともできる生き物だ。山中さんが辿り着いたこの気づきは自分を見つめ直したくなった時、心に深く響く。

(まいどなニュース特約・古川 諭香)

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