米国のWHO脱退表明 国連機関側も信頼確保のための努力が必要 “ストーリー”に踊らされない冷静さを【後編】
まいどなニュース / 2025年2月5日 19時0分
前回は、米国がWHOを脱退した場合のリアルな影響について考えました。今回は、WHOへの批判と対応、国際協調のシステムそのものへの影響等について、考えてみたいと思います
〈ポイント〉
【前編】
・脱退表明の背景と現状
・米国が脱退した場合の影響
(1)資金面への影響
(2)活動への影響
(3)感染症対応への影響
・プロフェッショナルたちの合理的行動に期待
【後編】
・WHOへの批判
・国連機関にしか、できないことがある
・国連機関の政策は、全加盟国の協議で決まる
・「自国の利益」と「国際協調」のバランス
・ストーリーを作らない、踊らされない
WHOへの批判
トランプ大統領は、脱退表明の理由のひとつに、「WHOの新型コロナ対応の誤り」を挙げています。(前のトランプ政権は、新型コロナ初期対応で国内でも大きな批判を受け、その矛先を逸らすために、当時、WHOを攻撃する方向に向かったという見方もあります。)
たしかに例えば、WHOのテドロス事務局長(エチオピア出身)の発言が、“中国寄り”なのではないか、と疑念を抱かれるような場面もありました。(感染症が発生した当事国の政府は、批判を受けたくないために、情報を隠してしまうおそれがあるため、「発生国を過度に責めてはいけない」という留意点はあるわけですが、そうであったとしても、)国連機関が、厳格に公正中立な姿勢を保ち続けることは、その機関の信頼維持のためには、必須であったと思います。
感染拡大を防止するための様々な方針に関しては、もちろん、WHOだけではなく、米国や日本を含む各国の対応も、完璧ではありませんでした。ただ、パンデミックのような緊急事態で、特に新たな感染症という、その時点では正確なことは誰も分からない、という状況の中、「その時は最善と考えられたが、後から振り返れば違った」ということは多々生じ得ると思います。(なお、その時点で考えても、「いや、それは違うんじゃない??」と思うことも、結構ありました・・。)
だからこそ、国連機関も各国も、自身の判断と対応について、精緻な検証を行い、そこからの教訓を以後に活かす、ということが大切なのだと思います。
そしてどんな場合でも、WHOを含む国連機関が、その理念と責務を全うするためには、各国からの信頼の確保が必須であり、したがって、批判を真摯に受けとめて、要望される様々な改革に誠実に対応することが必要であることは、論を俟ちません。
国連機関にしか、できないことがある
わたくしも実際に議論に参加した、「新興感染症のウイルスサンプルとワクチン共有を巡る、先進国と途上国との激しい対立」ひとつ取っても、どの国も、自国民の生命や経済を守る、という重要な国益が対立する場面において、すべての国が納得するコンセンサスに到達するのは容易なことではありません。
そうした中で、全世界レベルでの調整を図り、着地点を見つけるのは、世界中の国が参加する国連機関という場以外、ありません。
また、ウイルスに国境は関係ありませんから、世界的規模の感染症の大流行に関しては、特定の国同士や地域の中だけで対応しても意味がなく、世界中の国や地域が、協力・連携することが必須であり、その取りまとめの場となるのも、国連機関です。
国連機関の政策は、全加盟国の協議で決まる
一部に誤解が見られますが、WHO等の国連機関は、基本的に「加盟国の協議で決定したことを、機関が実行する」という仕組みであり、WHOが一方的に何かを決めて、加盟国に押し付けているわけではありません。
例えば、「パンデミック宣言」を出すに際しては、共有ルールに基づき、世界の感染状況等を基に、代表国の専門家からなる緊急委員会で議論して、判断をします。
様々なルールやガイドライン、政策等は、加盟国が参加する委員会等で議論が重ねられ、そこでの合意をベースに、基本的に全加盟国が参加する総会での決議によって成立します。
さらに、総会や執行理事会、各種委員会といった公式な場だけではなく、様々なインナーの話し合いにより、加盟国は、自分たちの意思を、WHOの方針に反映させようとします。先進国は“ジュネーブグループ”というグループを作り、頻繁にメンバー国の担当官(ジュネーブにある各国の政府代表部に、各国際機関を担当する外交官がいます)で集まって、様々な議題について議論の上、意見を集約し、WHOの担当幹部と話し合いをしていました。
つまり、国連機関への批判・在り方を考える際には、自国も加盟国として、その機関の方針決定のプロセスに参加してきているということも、理解することが大切ではないかと思います。
「自国の利益」と「国際協調」のバランス
これまで述べてきたことを踏まえれば、「世界の人々の生命健康に直結する国連機関」からの脱退は、米国民にとっても世界にとっても、望ましいこととは言えず、さらに言えば、こうした姿勢を突き詰めると、国際協調の基本的枠組みである「国際連合」というシステムそのものが、成り立たなくおそれがあります。
国際連合は、第二次世界大戦の勃発を防げなかった国際連盟の様々な反省を踏まえ、戦後新たに設立され、国際平和と安全保障、経済・社会・文化などに関する国際協力の実現を目指しており、現在の国際組織の中では最も広範な権限と普遍性を有する組織です。
経済状況への不満などから、トランプ大統領の「自国第一主義」を熱烈に支持する米国民が多くいることは理解できますが、ただ、では仮に、地球上のすべての国・地域が「自国第一主義」を唱え、それを極限まで突き進めていくとすると、結果、世界は混沌とし、経済的・軍事的紛争が絶えなくなる、ということにもなってしまうおそれがあります。
そうした人類の長い争いの歴史を踏まえ、国際協調という理想を目指して、作り上げられたシステムが国連機関であり、各国とも「自国の利益追求」と「世界への貢献」の両方を、どのように実現していくかを改めて問われている、ということになるかと思います。
ストーリーを作らない、踊らされない
思い返すことがあるのですが、2009年の新型インフルエンザパンデミックの収束後、『WHOが“製薬業界との癒着”によって、わざと騒ぎを大きくした』という批判が起こりました。
私は、パンデミックの端緒となった、2009年4月のメキシコからの新型インフルH1N1の症例報告の時からずっと、WHOと一緒に対処をしておりましたが、皆、この新たな危機に立ち向かい、世界の人々の生命をなんとしても救わねばと、毎日必死でした。わたくしの知る限り、“金儲け”なんて考えて行動しているような人は、いませんでした。
この疑惑を受けて設置された独立検証委員会は、「WHOは入手可能な情報に基づいて適切な対応を取り、誇張ではなかった」との結論を出しましたが、一層の透明性とガバナンス確保への組織改革と、一定の予算と人員の削減が図られることになりました。そして、この予算・人員削減による緊急対応能力の低下が、その後の感染症流行(例:2014年のエボラ出血熱)に対するWHOの対応の遅れの一因ともなったとも言われます。
もちろん、どんな組織も人も、適切な批判については真摯に受けとめ、改善していくたゆまぬ努力が求められますが、ただ一方で、きちんとした根拠もなく、あるいは捻じ曲げて、「人間は欲深い生き物なんだから、こういうことってあり得るんじゃないかな!?こうだったらおもしろいよね~」といった方向で、「いかにもそれらしく作られた“聴衆受けするストーリー“」に踊らされない、ということが、どんな場面でも、肝要ではないだろうかと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。
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