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TSMC進出のあおりで閉店した八百屋復活 常連客の存在大きく

毎日新聞 / 2024年6月13日 15時26分

新店舗で商品を手に取る森田賢一社長=熊本市東区の「フレッシュパーク」で2024年6月3日午後5時、中村敦茂撮影

 半導体の世界最大手「台湾積体電路製造」(TSMC)の進出のあおりで借地料が高騰し、2023年9月末で閉店に追い込まれた熊本県菊陽町の八百屋が、熊本市内に移転して再出発した。「心が折れた」と一時は廃業も考えた社長に再起を決断させたのは、店の存続を望む常連客の声と厚意だった。

 「いらっしゃいませ」。6月初旬、森田賢一社長(53)が手際よくトマトを袋詰めしながら、次々訪れる客に声をかけていた。熊本市東区の「フレッシュパーク」の新店舗。店内に取れたての野菜や果物がずらりと並ぶ。菊陽町のパートの女性(34)は「ここは安くて新鮮。物価高なので再開はうれしい。3歳の息子にいっぱい食べさせてあげられる」と買い込んでいた。

 店はもともと、3キロほど離れた菊陽町中心部の県道沿いで、01年から20年以上営業を続けていた。地元の市場で仕入れた品を手ごろな価格でそろえ、妻の友花(ゆうか)さんがなじみの客においしい食べ方を紹介するなどして地域に根付いていた。だが、21年秋に発表されたTSMCの町内進出で暗転した。

 工場周辺は宅地開発の需要が急増し、活発な土地取引で地価は上昇。23年春、森田さんが店を構えていた土地を購入した新たな所有者は、借地料として元の3倍以上の値段を示した。

 「誰だって無理でしょう」。年齢的に再起を図る考えも持てず、森田さんは9月末での閉店を決意した。「これからは会社勤めをして暮らそうか」。そう考えていた。

 それでも8月ごろに店に閉店を知らせる張り紙を出すと、「やめないで」「どこかで続けて」と常連客から惜しむ声が相次いだ。「うちの土地でよければ」などと土地や物件を紹介してくれる人もいた。「数え切れないほどたくさんの声をいただいた。自分の店がこれほど必要とされているとは」。心が動いた。

 声を掛けた一人が、熊本県内などで公衆浴場「つる乃湯」を営む橋本敏生社長(73)だった。自身や従業員もフレッシュパークの常連客で、「うちに来たら」と提案した。つる乃湯も地域のために、いいお湯を低料金で提供する営業スタイルを取っており、橋本さんは「職種は違うが通じるものがあった」と振り返る。

 閉店から2カ月ほどたった12月、森田さんは「つる乃湯熊本インター店」の駐車場の一角にテントを建てて仮設で営業を開始。24年4月下旬には約100平方メートルの新店舗が完成し、正式に営業を再開した。

 もとの店舗(660平方メートル)の6分の1以下の広さで「以前ほどの品ぞろえができず、心苦しい面がある」と森田さん。多い時には20人近くいた従業員もいなくなり、夫婦中心で切り盛りする。

 TSMCの誘致は国が第1、第2工場を合わせ1兆円超の補助を投じる国家プロジェクト。24年3月公表の公示地価(1月1日現在)でも、菊陽町は商業地で前年比の変動率が最大でプラス30・8%、住宅地が同13・3%と上昇。隣接する大津町でも商業地で同33・2%で全国1位の上昇率となるなど影響が続いている。

 その波に追われた形の森田さん。「それなのに、何の補償もない」。国策に翻弄(ほんろう)された不満は消えたわけではない。それでも地道に店を続けることで、地域からの励ましに応えようと前を向く。「よくしてもらった皆さんに恩返ししたい」【中村敦茂】

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