1484人死亡「対馬丸事件」80年 母が残した記録や歌を本に
毎日新聞 / 2024年6月23日 8時30分
太平洋戦争中に沖縄から本土に向けた学童疎開船が、米軍の攻撃を受けて沈没した「対馬丸事件」から今年で80年。対馬丸の生存者で学童の引率教員だった新崎美津子さん(享年90)の長女で栃木市在住の上野和子さん(77)が、母の思いをまとめた「蕾のままに散りゆけり」(悠人書院)を出版した。晩年まで戦争体験を口にしなかった母。遺品には当時の生々しい事件の記録や思いを詠んだ短歌が残されていた。上野さんは母の経験を埋もれさせてはいけないと、母の足跡をたどり、沖縄戦について取材を重ね、10年をかけてまとめあげた。
国は1944年7月、沖縄戦に備え、子どもや女性らを本土や台湾へ疎開することを決定。対馬丸は同年8月22日、疎開先の長崎に向かう途中、鹿児島県沖で米軍の潜水艦に攻撃されて沈没し、学童を含む1484人が亡くなった。美津子さんは当時24歳。国民学校の教諭として、疎開船に学童たちと乗り込み、被害に遭った。
美津子さんが対馬丸について初めて話したのは2006年、86歳の時。戦後移り住んだ栃木県で戦争体験を話す講演会だった。講演で上野さんも初めて母の壮絶な体験を聞き、衝撃を受けた。
教え子を失った母は自責の念から、自分が生きていることにも苦しみ、長年つらい思いを抱えてきた事が伝わってきた。母が11年に亡くなってから対馬丸事件について書かれた手記を見つけた。
船が沈没し、海に投げ出された美津子さんは、荒波の中で4日間漂流した。サメの群れとの遭遇、照りつける太陽、凍えるような夜の寒さなど、過酷な様子が何度も推敲されて書かれていた。子供たちへの思いを込めた歌もたくさん残されていた。
上野さんは「つらい思いを抱え続けながら必死に生き抜いた母の人生は大きな意味があった」と、対馬丸事件について世の中に知ってもらおうと決意した。何度も沖縄を訪れては、戦争の足跡をたどり、文芸誌に約10年にわたって寄稿してきた。また、15年からは語り部として活動も続けている。
沖縄県人を20万人を救ったと言われる宇都宮市出身の荒井退造についても、対馬丸事件の遺族として長年抱えてきた複雑な思いがあった。事件は、荒井が疎開を進める中で起きたためだ。しかし今回の本をまとめる中で、荒井の取材を重ね気持ちに決着がついたという。
「人命が大事という荒井の葛藤を理解することができた。遺族として、栃木県民として両方の立場で語ることができるのは自分にしかできない」と上野さん。
「子供等は 蕾(つぼみ)のままに 散りゆけり 嗚呼(ああ)満開の 桜に思う」
本のタイトルは母の歌から名付けた。「子供たちが生きていたことを忘れないでほしい」という美津子さんの切なる思いを伝えたかった。
「どんなときでも絶対に戦争はしてはいけない」。上野さんは母の強い思いを多くの人に知ってもらいたいと呼びかけている。
書籍は1800円(税別)。落合書店などで販売しているほか一般書店で取り寄せで購入できる。【松沢真美】
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