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「これは私の物語」 女性弁護士が熱く語る「虎に翼」と憲法14条

毎日新聞 / 2024年6月25日 8時0分

虎に翼より=NHK提供

 日本初の女性弁護士が誕生したのは1940年。その84年後の今年、日本弁護士連合会に初の女性会長が誕生しました。そんな法曹界で今、盛り上がるのが「『虎』語り」。「『虎に翼』は憲法12、13、14条の“超訳”です!」と熱く語る香川県の弁護士、佐藤倫子さん(48)に聞きました。前編は、佐藤さんが「これは私の物語」と思わずにいられなかった理由から。【オピニオン編集部・小国綾子】

女性法曹を増やしたい!

 ――法曹界で「虎に翼」を見ている人、多いですか?

 ◆それはもう! 弁護士仲間のSNS(ネット交流サービス)で日々盛り上がっています。私自身、NHK朝のテレビ小説を見るのは「あまちゃん」(2013年)以来です。

 私は日弁連男女共同参画推進本部で「女性法曹を増やしたい!」と活動してきました。16年からは「来たれ、リーガル女子!」という女子中高生向けの企画も続けています。

 だから私、「正子先生が朝ドラのモデルになればいいなあ」と前から思っていたんです。「虎に翼」の主人公、寅子のモデルとなった三淵嘉子さんとともに、40年、日本初の女性弁護士となったのが中田正子さん(1910~2002年)。ドラマの中では、久保田先輩のモデルです。

 久保田先輩については、夫の実家のある鳥取県に疎開したところまでが描かれていますが、中田さんはその後、鳥取弁護士会で初の女性会長も務め、生涯活躍されました。だから私、心ひそかに「正子先生がドラマのモデルになったら、女性の弁護士が増えるかも!」と期待していたんです。

 ――そうしたら、三淵さんがモデルの「虎に翼」が始まったわけですね。

 ◆ドラマの制作発表の時から「正子先生じゃないけど、三淵さんでやってくれるんだ! しかも大好きな伊藤沙莉(いとう・さいり)さんが主演!」と楽しみにしていました。

「見合いの口が……」と

 ――「虎に翼」のどこにひかれますか?

 ◆もう、最初の1週間で心をわしづかみにされました。1回目の冒頭の川辺のシーンでいきなり憲法14条が登場するでしょう?

 <すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又(また)は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない>

 私、もうここで泣きましたもん。

 しかも「虎に翼」の最初の1週間は、私自身の経験と重なるエピソードばかりでした。

 まず、寅子が明律大学女子部に進学しようとして、女学校の担任教師に「お嫁に行けなくなる」と言われるじゃないですか。私は高校でそんなことは言われなかったけど、中央大学法学部に入ったばかりの時に似たようなことを言われたんですよ。

 ――えっ、誰から?

 ◆1年生向けの司法演習のゼミで。現役の弁護士が指導してくれるこのゼミの懇親会、つまり飲み会で、この男性弁護士に言われたんです。「君らは法学部なんかに入って、見合いの口がなくなったなあ……」と。18歳の時のことです。

「これは私の話だ!」

 ――94年に? 昭和じゃなく平成の話ですよね。高齢の弁護士さんだったのですか。

 ◆いえ、彼は当時まだ30代だったはずです。法学部に入ったばかりの私には衝撃の体験でした。「虎に翼」を見て、この時の記憶が生々しくよみがえりました。

 でも、それだけじゃないんですよ。私には、寅子にとっての穂高先生のように、法曹界にいざなってくれた恩師もいました。

 やはり18歳の時のこと。別のゼミの先生で有名な法学者の方から「君の親御さんは法律家かい?」と聞かれたんです。「いえいえ、うちは両親とも大学も出てません」と答えたら、「そうかい。でも、君は法律家に向いてるよ」と言ってもらいました。

 当時、司法試験の合格率は3%以下。でも、その先生の一言で、18歳の私は信じられた。「あ、私、弁護士になっていいんだ! なれるんだ!」って。自分がまだ何者でもない1年生の時、「向いてる」と言ってもらえた。だから司法浪人し、25歳で合格するまで、頑張れたんです。

 「虎に翼」の最初の1週間に詰め込まれた寅子の二つのエピソード、つまり周囲から「嫁のもらい手がなくなる」と言われる話と、「明律大女子部はあなたのような優秀な女性のためにある」と穂高先生に励まされる話と。両方のエピソードに自分の体験を重ね、「これは私の話だ!」と思いました。

 ――ご両親は佐藤さんが弁護士になることを応援してくれましたか?

 ◆ええ。でも案じていたとは思います。寅子のお母さんが娘の進学に反対するシーンがあるでしょう? 台所で「もしも受からなかったらどうするの?」と。あの場面に、私は母のことを思いました。

 私が合格したのは25歳の時だったんですが、母がぼそっと言ったんです。「30歳まで受からなかったらどうしようと思ってたの……」って。母はずっと案じて見守っていてくれたんですね。今回、あらためて母に思いをはせ、胸がいっぱいになりました。

試験と女性差別の今昔

 ――佐藤さんは、医学部入試における女性差別(注*1)対策弁護団のメンバーです。それが今回、佐藤さんに話を聞こうと思った理由の一つでもあります。

注*1<医学部入試における女性差別>

 2018年夏、東京医科大で女性合格者を減らすために入試の得点操作が行われていたことが発覚。その後、文部科学省が医学部がある全国の大学に緊急調査を実施したところ、東京医科大を含め順天堂大や日本大など9大学で女子差別や年齢差別などの不適切な入試が確認された。得点操作を否定していた聖マリアンナ医科大についても、第三者委員会や裁判で不正があったことが確認された。

 ◆「虎に翼」に出てくる、弁護士になるための高等試験のシーンで、私は医学部入試の女性差別を思いました。まず久保田先輩のこと。彼女は論文試験に女性で一人だけ合格し、口述試験で落とされたでしょう? 論文試験は「女だから」という理由だけで不合格にできないけれど、口述試験の結果は、試験官らのアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に左右されたはず。

 米国のオーケストラ楽団で、演奏者の姿を見ずに音だけで判断するオーディションを実施したら、女性の採用者が4割を超えた、という話がありましたよね。あれと同じ。

 面接はブラックボックスです。久保田先輩が初の女性として臨んだ口述試験の試験官は、誰一人「女性を合格させた」という経験のない人たちなんです。「女性を本当に弁護士にしていいのか」という発想で久保田先輩を見たんじゃないでしょうか。

 久保田先輩が最初の挑戦で論文試験に合格しながら、口述試験で落とされたのはなぜか。検証のしようはないけれど、やはり女性だったから、だと私は思います。

 そもそも女性に選挙権がなく、結婚した妻は「無能力者」とされ、働くには夫の許可が必要で、財産は夫に管理されているなど、男尊女卑がデフォルトだった社会で、女性が初めて高等試験を突破するのがどれほど大変だったろう、と。

 その時代から80年近くたって発覚したのが、医学部入試における女性差別でした。こちらはアンコンシャスバイアスどころか、組織的な点数操作でしたけれど。

自分を責める女性たち

 ――あの事件は本当にショックでした。女子学生の点数を一律減点していたなんて。あの時、大学側は「女性は出産や育児で長時間勤務ができないから」と理由を述べましたよね。女性が子どもを産まないと国会議員に「生産性がない」と責められ、子どもを産んだら産んだで労働生産性が低いと疎まれる社会って何?と思いました。

 ◆私もです。地面が割れたような思いでした。私も含め、弁護士や医者を目指す女性って「勉強だけは裏切らない」と信じて学んできている。「虎に翼」で久保田先輩が自分の不合格について、寅子ら後輩の女子学生たちに謝るシーンがあったじゃないですか。落ちたのは自分が悪い、ほかの女性に申し訳ない……って。

 私は、弁護団で担当した東京医科大から不合格にされた女子学生のことを思いました。彼女はセンター試験利用の受験生でした。SNSで自分よりもセンター試験の自己採点が低い男子学生らしい人が合格していると知り、彼女は「マークミスをしてしまった!」と自分を責めたそうです。

 女性であるがゆえに不合格にされたのに、「自分が至らなかった」と自分を責めたり傷ついたり……。久保田先輩の時代から80年近く、そんなことがまかり通ってきたんです。

 次の年、寅子や久保田先輩ら3人の女性がとうとう合格します。だけど今度は、寅子の同級生、山田よねが、論文試験で合格したのに口述試験で落とされました。口述試験の内容は「完璧だった」はずなのに。

 試験官の考える「あるべき女性受験生の姿」から、よねは外れていた。だから落とされたんだ、と私は受け止めました。

ピンクの髪を黒く染めて

 ――よねさんは、試験官から「弁護士になっても、そのトンチキな格好は続けるのかね」と男装について質問を受け、「トンチキなのはどっちだ。あんたらの偏見を、こっちに押しつけるな!」と言い返します。そして不合格に……。

 ◆あの場面で、私は激しく自問しました。もしも私が寅子だったら、よねにどんな言葉を掛けられたろう?と。よねは「自分を曲げずにいつか合格してみせる」と言う。でも私は思わず、「合格するためには手段を選んでる場合じゃないよ!」と言いそうになり、そして、そんな自分を傲慢だと感じました。

 ――傲慢、ですか?

 ◆実は私、3回目の司法試験で論文試験に合格し、残るは口述試験だけ、となった当時、髪の毛をピンク色に染めていたんです。でも口述試験の前に、髪をヘナで黒く染め直しました。口述試験は10人に1人くらいしか落ちません。つまり、皆と同じ振る舞いをしていかに切り抜けるかの試験なんです。目立たずに、皆と紛れようと考えました。

 私にとって「ピンク色の髪」はその程度のものだった。でも、よねは違う。彼女にとって男装し、女性に押しつけられた社会規範にあらがうことは、大切なアイデンティティーなんです。だからこそ絶対に譲れなかった。それが痛いほど分かるから悔しい。

 よねが女性用のスーツを着て、にこにこしていればきっと合格したろうと思います。

 (このインタビューは6月11日に行いました。作品の写真提供=NHK。後編につづく)

人物略歴

さとう・みちこ

 中央大法学部卒業。2002年司法研修所修了(55期)。花北ひまわり基金法律事務所所長(岩手県花巻市)などを経て、13年、弁護士の夫と「田岡・佐藤法律事務所」を香川県丸亀市に開設。2児の母。日弁連男女共同参画推進本部事務局次長。結婚の自由をすべての人に訴訟関西弁護団、医学部入試における女性差別対策弁護団など。共著に「司法の現場で働きたい!――弁護士・裁判官・検察官」(岩波ジュニア新書)。

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